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紀美の不安な気持ち

夕暮れの放課後、宏明と紀美は図書館でレポートを書いていた。前の古典文学についてではなく、別の内容のレポートだ。

翌日の二限目の授業に提出するレポートで、ぎりぎりまでやっていなかった二人は、まさしく今、急いで書いている最中だ。

ちょうど二人共バイトがなかったため、二人でやろうということになった。

午後四時半の四限目の授業が終わってから、既に一時間半近くが経とうとしている。二人は何も話さず、黙々とレポートを書いている。こんなことになるのなら、もう少し早くレポートを書いておけば良かったと後悔している二人。

それから、二十分後、二人はやっとレポートを書き終えて、図書館を出た。

「あ―、やっと終わった―」

宏明は伸びをしながら言った。

「宏君、ご飯食べて帰ろうよ」

「そうだな。何食べる?」

「なんでもいいよ」

紀美は宏明の腕に自分の腕を絡め、幸せそうな表情をしながら歩く。

「あのっ…サイン下さいっ!!」

前から一人の女子生徒が、宏明にサインを求めてくる。

「あぁ、いいよ」

気軽にサインに応じる宏明。

痴漢騒ぎ以来、宏明にサインを求めてくる女子生徒が多数いるのだ。何度か紀美の前でも女子生徒が来るが、宏明は気にも止めずにサインをしている。

そんな姿を見て、紀美はヤキモチを妬くこともあるが、口には出さずにいるのだ。

宏明はサインを書き終えると、色紙を女子生徒に渡す。

「ありがとうございます」

色紙を手にニッコリ笑顔で、礼を言う女子生徒は、二人の前から去る時、紀美を睨んで行ってしまった。

――睨まれちゃった…。

走っていく女子生徒の後ろ姿を見つめ思う紀美。

「さっ、行こう。オレ、腹減ったな―」

宏明は紀美の手を取って歩き出した。



それから三日が経った。レポートはなんとか提出が出来た宏明と紀美は、内心ホッとしていた。

三日前にサインをくれと言って来た女子生徒は、教室の移動中の廊下で会うと睨まれる紀美は、なんともいえない気持ちになっていた。

――あの娘、宏君のこと好きだよ。私と付き合ってるから嫉妬してるんだよね。あの娘の気持ち、わかる気がする。私も宏君と付き合ってていつも不安だもん。宏君、モテるから…。

カフェでホットココアを前にため息を何度もつく紀美。

「ノンちゃん」

「え、うん」

京子の声で慌てて反応する紀美。

「どうしちゃったのよ? 二、三日前から変だよ?」

「なんでもないの。ホントよ」

「ふ―ん…考え事するの好きだねぇ、ノンちゃんは…」

一応、納得した京子は、紀美の顔をまじまじと見た。

「な、何?! 私の顔に何かついてる?」

「ううん。ノンちゃんて年齢の割には幼い顔してるよね」

「童顔って言いたいんでしょ?」

「まぁ、そういうこと。ヒロは童顔好きなのかねぇ…」

京子は腕組みし、深くイスにもたれかかる。

確かに言われてみればそうだ。大学内には大人っぽい、年齢より上に見える女子生徒はたくさんいる。

今までそんなことは気にしなかった紀美は、京子の一言で首を傾げる。

「さぁ…タイプは人それぞれだから…」

「そうよね。ヒロって意外とロリコンかもよ」

京子はニヤリと笑って言う。

「絶対にそんなことないよ―。京ちゃん、ヒド―イッッ!!」

「冗談よ!」

京子はおもしろおかしく笑う。

そんな様子を三日間にサインを求めてきた女子生徒が見つめていた。その視線に気付いた紀美に、目を反らす女子生徒。

「京ちゃん、あの娘、なんて名前か知ってる?」

紀美は友達と話すサインを求めてきた女子生徒のことを話す。

「知ってるよ。かよちゃんでしょ?」

「かよ…ちゃん…?」

「うん、川上かよちゃん。二回生で書道のサ―クルで一緒なの。かよちゃんがどうかした?」

「ちょっと、ね…」

首を横に振る紀美。

「何よ―? 教えてよ。友達じゃな―い」

京子は頬をふくらませる。

意を決した紀美は、三日間からの出来事を話した。

「へぇ…かよちゃんがねぇ…」

話を聞き終えた京子は、そっとかよを見た。

京子が教えてくれたかよという女子生徒は、モデル並に背が高く、巻き髪で服装も大人っぽい、いわゆるお姉系と呼ばれる部類だ。

「美人だね」

ボソッと呟く紀美。

「きっと、ヒロのこと好きなんだと思うよ。かよちゃんがヒロに告るにしても、ノンちゃんは堂々としてればいいんじゃない? ノンちゃんはヒロの彼女なんだし…」

落ち込んだ様子の紀美に、前向きになるようにアドバイスする京子。

「そうだよね…」

「かよちゃんは意地悪なこと言う娘じゃないと思うけど、もし何か言われても気にしちゃダメよ」

「うん、ありがとう、京ちゃん」

今にも泣き出してしまいそうな紀美は、精一杯の笑顔をした。



「ねぇ、別れてくれない?」

そっけない言い方のかよ。

そんなかよに戸惑う紀美。

翌日の昼休み、紀美はかよに呼び出されたのだ。

「あ、あの…別れるって…」

どう言っていいのかわからない紀美。

昨日、京子に何を言われても気にするなと言われたばかりだが、実際そういう場面になると、気にするなというほうが無理だ。

「私、二葉さんのこと好きなのよね。いつまでも片想いでいるのは嫌だから別れて」

はっきりと紀美に向かって言うかよ。

何も言い返せないでいる紀美。

――急にそんなこと言われても…。

「あなたが別れるつもりないなら、二葉さんに直接言ってもいいのよ。いつかは告るつもりだし…」

「私、別れるつもりないです。それに宏君だって…」

やっとの思いで言葉が出た紀美は、声が震えている。

「じゃあ、告るわ。あなたのことフルのも時間の問題…」

そう途中まで言いかけたかよの言葉をさえぎるように、

「紀美にそういうこと言わないでもらえるかな」

二人の近くから宏明の声が聞こえてきた。

紀美があたりをキョロキョロしていると、少し離れた場所で宏明が壁にもたれていた。

「宏君っ!」

紀美は宏明にすがるような目で宏明のほうを見た。

かよはバツが悪そうにしている。

「オレ、そういうの嫌いなんだよな。だから、今後一切、紀美に別れてくれとか言わないで欲しい。それに、無理矢理、オレと付き合おうなんてことも考えないで欲しい。強引に付き合おうってしたら、男に嫌われるぞ」

宏明はキツい口調でかよに言った。

「わかったわよ! 諦めてあげるわよ! それでいいんでしょ?!」

かよはムッとした口調で言うと、プリプリしながら去って行った。

「ありがとう、宏君。急にあんなこと言われてビックリしちゃって…」

紀美は心臓が高鳴っているのが、自分でもよくわかる。

「ごめんな。オレのことで別れろとか言われて、紀美に嫌な思いさせてしまって…」

宏明は頭をかきながら言う。

「いいの。宏君が謝ることないんだって。でも、なんでここが…?」

「一緒にご飯食べようと思って、紀美がいなくて探してたら、あの娘と一緒にいる紀美を見つけたってわけだ」

「そっか。ホントにありがとう。宏君が来てくれなかったら、あの娘にメチャクチャに言われてたもん」

紀美は目に涙を浮かべる。

「いや、いいんだ。実は昨日、このことで京子からメールが来たんだ。だから気にしてたんだ。オレのことで何か言われたら、すぐに言ってくれたら良かったのに…。一人で悩んで…バカだな」

そう言うと、宏明は紀美を抱擁した。

「あ、あの…宏君…学校だよ…? 恥ずかしいよ…」

紀美は顔を赤くして言う。

「あ―、スマン。そうだったな。学校だって忘れてた。今から学食に行こう。早く行かないと昼休み終わってしまう」

宏明は紀美の頭をくしゃくしゃになでた。


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