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兄弟の絆

クリスマスも終わり、年の瀬が押し迫った十二月三十日、宏明はバイトが終わり、帰宅したのが午後十一時半になった。この日は、今年最後のバイトで、バイト先の仲間と初詣に行く約束を簡単にしてきた。

バイクを家の車置き場に置き、家の中に入ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

宏明は何事かと思い、そっとリビングに入ると、両親がケンカをしている。

「あなたはいつも仕事ばかり。少しは家のことも手伝ってよ。私だって、仕事してから家のことをしているんだから…。あなたが少し手伝ってくれるだけで、私は楽になれるの」

母はいつにも増して機嫌が悪い上に、叫びにも似た声を出している。

「そう言ったって、オレだって忙しいんだぞ。手伝いたいと思っていても、残業続きで疲れているんだ」

父は困ったなという表情でいる。

「そうよね。家庭よりも仕事のほうが大事なのよね。それに、手伝おうって気持ちがあれば、仕事で疲れてても手伝ってくれるはずよ。結局、口ばっかりじゃない」

そう言うと、母はプイッと顔を横に向けた。

「あのなぁ…」

父はいい加減にしろよという態度だ。

宏明は二人に気付かれないように、一番上の兄の部屋へと向かった。なんとなく、自分の部屋に戻る気にはなれなかった。

「あ、宏明、バイト終わったんだ?」

一番上の兄、友明が部屋に入ってきた宏明に聞く。

「あ、うん…」

さっきの両親のケンカシ―ンを見たせいか、元気よく返事出来ない宏明。

友明の部屋には、二番目の兄、和明もいた。

「なんか、元気ないじゃん?」

和明は意味ありげに宏明に近付いて聞いてくる。

「うん、さっき、リビングで親父とお袋がケンカしてた」

「あぁ…宏明が買ってくる少し前からだ。二人のケンカなんて、今に始まったことじゃね―よ。オレらが小学生の頃からケンカしてたし、見慣れてる。ちょっとしたキッカケでケンカばっかりじゃんか」

友明は呆れた表情をする。

和明も同感したようだ。

「まぁ、そりゃそうだけど…。あ―あ、なんとかなんね―かな? あの二人…。オレからすると見てられね―よ。早く離婚してしまえば、楽だと思うけどな」

宏明は深刻な顔つきで言った。

「オレらだって思うことは一緒だ。オレらのために、離婚しないんだろうけど、いつかはダメになると思う。あの二人の仲良い姿を見たのは、数えるくらいだしな」

友明は今までの両親のことを思い出していた。

「他の家族とこの子供だったら良かったのに…。友達の子供になりたいって思ってしまう」

「どこの家も同じだって。オレらの友達だって“二葉んちの子供になりたい”って思ってた奴もいたと思うぜ」

和明は宏明に自分の家だけではないと教える。

それくらい宏明にだってわかっている。

子供の頃から、自分の両親を見ているため、友達の両親が羨ましく思えてくるのだ。

ずっと、自分の両親が不仲すぎる、夫婦ゲンカが多すぎる、と感じていた二葉三兄弟。

「いっそのこと、オレらこの家を出るか?」

和明はボソッと言う。

「それ、いいかもな。マンションでも借りて、三人で生活ってのも悪くないな」

友明も和明の意見にのる。

「オレと兄貴は働いてるし、宏明だってバイトしてるから、なんとか生活出来るだろ?」

「一度、やってみるか? 実はオレ、この家出たいって思ってたんだよな」

友明は伸びをして言う。

「オレもなんだ」

「お、そうなんだ。宏明はどうだ?」

「いいかも…。親父とお袋の二人にしても大丈夫だろ?」

宏明も親元を離れてみたいと思っていたのだ。

いつまでも親と一緒に住めるわけではない。いつかは親元から離れないといけない日がやって来る。それが今なのかもしれない、と感じていた宏明。

「今すぐに…っていうのは無理だけど、来年の春ぐらいには、三人で生活していきたいよな。ま、このことはオレが二人に言っておく」

友明はこの話は長男の自分がするべきだというふうな口調で言った。

「悪いことばかりじゃないけどな。旅行に連れて行ってくれたし、ちゃんと学校にも通わせてもらったしな。子供三人を育てるのは、簡単なことではないもん」

和明は感謝の念を含めて言った。

「そうだな。一人でも大変なのに、よくここまで育ててくれたよ。そう思うと、ありがたいと思わないとな。特にオレなんか大学まで行ってるし…」

宏明は友明のベッドに寝転がる。

「オレだって専門学校だぜ?」

「和兄さんは二年じゃん? オレは四年だもん」

「大学も専門も大変だ。やっぱ、オレも進学すれば良かったかな…」

唯一、高卒の友明はため息まじりで言う。

友明は長男ということで、進学もしないで就職の道を選んだ。もちろん、夢のために進学して少しでも知識を増やしたかったのだが、二人の弟のことを考えると、金銭的にもキツいことを知っていたため、泣く泣く進学は諦めたのだ。

しかし、進学しなくても夢は叶った。知識は研修でなんとかなったし、今までの経験も生かしてやってきた。

進学のことで多少の後悔はあるが、これで良かったのだと自分を納得させてきた。

「今から通えば?」

和明は冗談まじりで言った。

「もう少し若ければ通うつもりやけど、年齢が年齢だしな」

「今から通えば二十代後半か。まだまだ若いと思うけどな」

「もし、進学するなら専門かな。今の職からすると、専門が妥当だろうな。これから先の人生、始めて遅いってことはないけど、オレはこのままでいいかって感じだ」

友明は笑顔で言った。



翌日の午前中、宏明は部屋の片付けをし、午後からはゆっくりする予定でいた。

自分の部屋は予想以上に汚れていて、呆然と立ち尽くす宏明。普段は気にならないのだが、改めて片付けてみると、大学で使用していたプリントやテスト勉強をやっていたルーズリ―フなどが、机から沢山出てくる。

いらない物は捨てているはずなのに、どこからこんなに沢山あるのだろうと不思議に思ってしまう。

――こんなの一日で終わるか? あ―あ、ゴミって知らない間にたまってしまうもんだな。

途方に暮れながら、ゴミ袋にゴミを捨てていく。

その中に、吉田先生が宏明のたもに書いてくれたメモが、宏明の目に止まった。そのメモには、“頑張るんだぞ!”と一言書かれているのに、宏明は胸を痛めた。

――吉田先生が亡くなって十日程になるんだな。あっという間だった。短い間だったけど、吉田先生だって教師の夢は叶ったんだし、オレも頑張らないとな。いつまでも落ち込んでてもダメなんだよな。

吉田先生からのメッセージを微笑みながら思う。

吉田先生が亡くなったあの日とは、心境が全く違うものになっている。今なら吉田先生とのことは、笑って思い出としてやっていける。目標としていく人がいないなんてことはない。今まで通り、吉田先生を目標としていけばいいんだ。

メモを眺めつつ、いつものようにヤル気を取り戻していく。

国語の教師になりたい、という気持ちは、間違いなく宏明の中で存在している。

現在、三回生の宏明は、来年には就活が始まってしまう。

教育実習にも行かなくてはいけないし、もし、国語の教師になれなかったために、他の職に就くことも視野に入れて考えなくてはいけない。

とにかく、来年、四回生になると、今まで以上に目まぐるしく毎日が過ぎていくに違いないのは確かである。

――気合い入れていかないとな。来年は今まで以上に忙しくなるし…。

宏明は吉田先生が書いてくれたメッセージのメモを、愛用のクリアファイルに入れた。



昼食を入れて、午後二時半過ぎ、やっと部屋が片付いた宏明は、マグカップにコ―ヒ―に注いで、部屋でゆっくり過ごすことにした。

今日は今年最後の日だというのに、二葉家は普段と変わらないでいる。父と二人の兄は、買い出しに行っていて、母と二人きりだ。

最近、母はストレスがたまっているのか、イライラしていることが多くて、なんとなく避けてしまっている。それは、宏明だけで、他の家族はそんなふうに思っていないようだ。これはいつも感じている親の愛が感じられずにいるのも関係しているのかもしれない。

一度、高校の時に母とケンカしたことがあった。その時に言われた言葉が、宏明の胸の中にずっと残っている。

…どうやったらアンタみたいな子が育つのかわからない。友明と和明と同じ様に育てているのに…。

こんなことを言われたらどうしていいのかわからない。

少しくらい個性を認めてくれてもいいのに、どうしてこんなに世間体を気にするのか。兄弟はいつまでも同じじゃいけないのか。それに、自分は兄と何が違うのか。それらをずっと疑問に思っていた。

ケンカの弾みで言っただけで、本心ではないかもしれないが、宏明にとって胸に突き刺さったし、兄弟がいつまでも同じだなんてとんでもない。

一人一人違うから個性が引き立つのであり、やりたいこともそれぞれ違うのである。全員同じで、同じ様にしなくちゃいけない。これじゃあ、まるでロボットである。

それに、兄二人と比較されても宏明は宏明でしかないのである。

常に三男の宏明は、比較ばかりされてきた。正直、ウンザリしているが、どこもそうなのかもしれないと納得させて、今までやってきた。

それに控え、父は二葉三兄弟を平等に接してきたが、どこか兄二人と違っていた。どこかとははっきり言えないが、なんとなくで兄二人と自分は何かが違うんだと感じていた。

「宏明、入るぞ」

父が宏明同様、マグカップにコ―ヒ―を入れてやってきた。

「もう帰ってきたのか」

「ついさっきな。年末だからどこも人が多くて大変だったよ」父はマグカップを宏明の机に置き、伸びをしてから答えた。

「年末はどこも忙しいもんだよ。オレもついさっき、部屋の片付けが終わったとこだ」

「どうりで…。なんか綺麗になってるなと思ってたんだ」

父は部屋を見回す。

「そういえば、三人で暮らしたいとか言ってるみたいだか…。友明から今朝聞いたよ」

「あぁ、そのことか…」

父の口から昨夜の話が出た瞬間、“もう話したのか”と思った宏明。

「今朝ってことは、朝食の時?」

「あぁ…。宏明はまだ起きていなかったからな」

コ―ヒ―をすすりながら答える。

休みの日の二葉家の朝食時間は午前八時だが、この時宏明はまだ起きてはいなかった。宏明が起きた時間は、八時半過ぎだったため、友明の話は聞いていない。

「はっきりと理由は聞いてないが、別に三人で暮らさなくてもいいんじゃないのか? 一度は一人暮らしをやってもいいと思う。でも、何も三人で暮らさなくてもいいんじゃないのか?」

「それもそうだけど、一人暮らしだとなんだかなぁ…って感じなんだよな」

頭をかく宏明。

「上二人は働いているから十分やっていけるけど、お前はまだ学生じゃないか」

父は宏明が兄と一緒に暮らすのは反対しているようだ。

「そんなこと言ったって、下宿してる奴もいるさ」

「それは地方から来ているわけであって、地元に住んでいるお前とは理由が違う」

「オレだって一度は親元を離れて暮らしてみたい。別に友達と暮らすってわけじゃない。まずは兄貴達と暮らしてみて、それから一人暮らしをしたいんだ」

宏明の決心は強い。

両親は宏明が何かしようとすると、すぐに反対するのだ。

何度か泣く泣く諦めたこともあったが、今回ばかりは何があっても諦めることはしない。

諦めたら後悔してしまいそうなのだ。

「そうか。いつもなら言うこと聞くのに、今回はそうでもないんだな。それだけ宏明も大人になったってことだな」

父は遠い目をしながら言った。

「このことはお袋はなんて言っているんだ?」

「反対はしていない。アイツは若いうちからなんでもやっておけばいいっていうタイプだからな」

「お袋はチャキチャキしてるからねぇ…」

宏明はしみじみ言う。

父のいうとおり、母は若い頃からなんでもチャレンジしている。留学、スポーツ、演劇…自分のやりたいことや興味を持ったことをやっている。

そういうところは、母に似ているな、とふと思う宏明。

「三人が暮らしたいって思ってるんだったら、出来るとこまでやってみろ」

「うん。やらなきゃわかんないしな」

「ま、友明がしっかりしているから大丈夫だろ」

父は長男の友明のことを一番信頼している。

――長男は大変だ。しっかりしないとダメだし…。でも、別に長男がっというのも変だけど、何も長男がしっかりしないといけないっていう考え方はどうなんだろうな。

宏明はぼんやり思う。

父の考え方は古いのだ。

祖父の影響もあるのだろうけど、自分の子供に古い考えを押し付けるのはどうなのだろうと思う。

男は仕事だけすればいい。父はそう思っているから家のことは何もしない。だから、母がウンザリして、ケンカになる。

少し母の気持ちや母が文句を言いたくなるわかる気がした。

「何かあったら言ってくれ」

そう言うと、父は宏明の肩を叩いた。


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