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痴漢騒ぎの真相

翌日の五限目が終わった午後六時半、教室の一室で痴漢騒ぎの真相を話すことにした宏明。宏明達四人と今回事件を解決するにあたって協力してくれた被害者の六人と理事長と学科長と事務員二人の計十四人が集まった。

事件のことを考えているのか、宏明は目をつぶりイスに深くもたれかかっている。

教室内は誰一人として口を開く者はいない。

そんな状況が何分か経った頃、理事長が口を開いた。

「文学部国文科の二葉君といったね? そろそろ痴漢の犯人を教えてもらいたいんだが…。私も暇じゃないんでね。早くしてもらわないと困るんだ」

まるで痴漢騒ぎは自分には関係ないんだ、痴漢に遭った女子学生が悪い、服装で襲ってくれといっているようなものだ、と言わんばかりの口調で、宏明に催促した。

宏明は理事長の言葉で、目を開き、緊張しながら前へ出た。

「この痴漢騒ぎが起こったのは、今から二ヶ月少し前の十月入ってすぐのこと。最初の被害者が四回生の女子学生が教われたのは、みなさん覚えてますよね?」

比較的やわらかい口調の宏明の質問に、うなずく一同。

「一番最初の被害者は、教室の移動中に襲われ、誰もいない場所へと連れていかれて犯された、とのことでした。その他の被害者もそう語っていました。ここで注目してもらいたいのが、被害者が連れていかれた場所です。滝田さんを除く五人が連れていかれた場所は、二ヶ所あったんです」

「二ヶ所…? 被害者によって襲われた場所が違うってわけか?」

学科長が目が丸くして驚いた。「そういうことです。その二ヶ所は、教授らしき部屋と校舎の草むらの中です。滝田さんはどちらでしたか?」

「草むらのほうです」

照美は小さな声で答えた。

「そうですか。なぜ、犯人はこの二つに場所を変えたのでしょうか? それは犯人の時間差だからなのです」

「時間差って…?」

「簡単に言うと、犯人の時間があるかないかということです。校舎の草むらで襲われた被害者は時間が短くて、教授らしき部屋で襲われた被害者は時間が長い。校舎の草むらのほうが、時間としては五分程度なんです」宏明は全体を見るように言った。

「なんでわざわざ襲う場所を二ヶ所も用意したのよ? もし、襲うなら時間がある時にすればいいのに…。何も時間がない時にまで襲う必要なんてないじゃない。それに被害者を襲うなんてヒドイ」

京子はだんだん憤った口調になる。

「確かに京子の言ったことに一理ある。だけど、犯人はどうしても時間がない時にでも襲いたかった。自分の欲望を満たすのは勿論、女性を襲うことによって、自分を保っていた、というところです」

「自分を保っていた、ということは、女性を襲わないとストレスになっていた、自分らしい行動が出来ないってわけか?」

事務員の一人が唖然とした表情、宏明に聞いた。

「そういうことです。時間がなくてもなんとしてでも女性を襲いたいという、女性への性癖が犯人にはあったんだと思います」

宏明はしっかりとした口調だったが、内心、みんなの前で犯人の名前を告げていいものかどうか迷っていた。

しかし、迷っていても仕方がない。宏明自身が痴漢の犯人を探すと言った時点で、犯人がわかれば犯人の名前を明かすという条件だったし、第一に自分が最初に言い出したことであるため、後戻りは出来ない。

「女性への性癖をもって、犯人は日常生活を送っていたってわけか。でもなんで二ヶ月前からなの? 今まで痴漢の兆候があったんだと思うけど、本格的な被害者って二ヶ月前だったじゃない?」

宏明の言ったことに疑問を持つ紀美。

「詳しいことは犯人に語ってもらうとするけど、今までの欲望が二ヶ月前に爆発したってところだと思います」

「それが被害者を増やしたってわけか。二葉君、痴漢の発端を起こした犯人ってのを教えてくれないか?」

学科長がみを乗り出す。

「この痴漢騒ぎに終止符を打ちましょうか。犯人は理事長、あなたですよ」

宏明は意外にも冷静に理事長を見つめて言った。

それに反して、目を丸くして理事長を見る紀美達。

「り、理事長?! 本当ですか?!」

学科長はあたふたした様子で、理事長の肩を触る。

「二葉君、何言ってるんだね? 冗談を言うんじゃない」

理事長はばかけたことを言って…というふうな表情を、宏明に向けた。

「冗談じゃありません。まずあなたは睡眠薬か何かを染み込ませたハンカチを被害者に嗅がせ、あなたの部屋あるいは校舎の草むらに連れて行き、行為に及んだ。部屋の場合、用が済むと自分の部屋の近くに追い出した。顔を見られたらのために、黒い帽子を深くかぶり、サングラスにマスクという出で立ちで、女性を襲った」

「襲ったのって授業の移動中だろ? なんで人目につきやすい廊下なんだよ?」

「それはオレもなんでかわからなかった。放課後じゃなくて人の多い授業の移動中なんだろうって…。でも理由がわかったんです。理事長は自分の好みを物色し、教室の移動中に襲った、というところです」

宏明の言葉に、息を飲んだ全員は理事長のほうを見た。

「放課後だとサ―クルなどで人が少なくなり、自分の好みの女子も少なくなる。授業のある昼間だと女子が多くてタイプを物色出来るってわけだ」

「なるほど。それで理事長と廊下で会ったりしてたんだ」

被害者である智美が、納得したような表情で言った。

「そういえば、たまに理事長と廊下で会うことあった!」

京子も首を縦に振り言った。

理事長は大学内の生活ぶりを見るために、二週間に一度見回っていたのだ。始めのうちは宏明も一回生が入学したから慣れるかどうかで見ているものだと思っていたのだが、次第に違うと感じ始めていた。

「証拠はあるのかね? 証拠がないと私が犯人だと言えないんじゃないのか?」

理事長は険しい表情を宏明に向けた。

「今あなたがつけている香水です」

「香水…? それがどうしたっていうんだ?」

「滝田さんがシトラスミントっぽい匂いのする香水が鼻についたって言っていたんです。実際、オレもあなたと二回程すれ違った時に、シトラスミントの匂いが鼻についたんです」

宏明は神妙な面持ちで答える。「シトラスミントの香水なんて他にもつけているだろう。それだけで犯人扱いされたら困るな」

理事長は今まで話した宏明の推理をバカにしたような態度をとる。

そんな理事長の態度を、宏明以外の全員は、苛立ちを覚えていた。

宏明のほうはというと、黙りこくったまま何も話さないでいる。

「確たる証拠がないなら、私はもう家に帰らせてもらうよ。無駄な時間を過ごしてしまった」そう言うと、理事長は立ち上がった。

「ちょっと、宏君、どうするのよ?」

近くに座っていた紀美は、宏明に声をかける。

不安そうな紀美に、心配するな、大丈夫だという宏明は、

「理事長、その靴に泥がついていますよね? どこでついたんですか?」

理事長の靴についた泥を指摘した。

「ああ…これか。さぁな。きっとどこかでついてしまったんだろう」

立ち止まり自分の靴についた泥を見つめながら答えた理事長。「その泥は校舎の草むらで女性を襲った時についたんです。校舎の草が生えている根元は、湿り気が多くて靴に泥がつきやすい。あなたはせっかくいい革靴を履いているのに、泥が落ちていない。疚しいことをしているのになぜですか?」

そう言いながら、宏明は理事長に近付いた。

理事長は宏明から目を反らす。「理事長、本当のことを話して下さい」

照美が静かな口調で言った。

「あなたの靴についている泥と校舎の草むらの土を調べたらわかるんですよ?」

被害者全員の思いをひしひしと感じていた宏明は、必死に罪を認めさせようとしている。

依然、何も語らない理事長に、智美が口を開いた。

「せっかくこの大学で勉強しようって思って入学したのに、あなたはみんなの思いや夢を潰す気ですか? やったならやったと正直に言ったらどうなんですか?」

「な、何を言ってるんだね?! 私がやったのは…」

理事長は自分の言ったことに不自然なことに気付き、ハッとなった。

「理事長がやったんですね…」茂は理事長にポツリと言う。

「…そう私だよ…」

「なんでですか?」

「そうですよ。理由を教えて下さい」

事務員二人が交互に信じられないという口調になる。

「私は十五年前に理事に就任した。しかし、意外にも理事という職は、大変でストレスが溜まるもんなんだ。二葉君が言うとおり、自分の欲求を満たすために女性を襲ってしまった。被害者の女性には本当に申し訳ないことをしてしまったと思っている。謝っても許してもらえるとは思っていないが、このとおりだ」

理事長は被害者女性に土下座んして謝る。

「女性に恐い思いをさせておいて土下座だけ? 本当にありえないし信じらんない!」

京子は怒りをあらわにした。

「被害者の皆さん、警察に相談すれば、理事長をわいせつ罪か何かで警察は動いてくれると思いますが、どうします?」

宏明は被害者女性六人に向かって、警察に行くかどうか聞いた。

そんな宏明の様子に、理事長は青ざめた表情をした。

「二葉君、警察だけはやめてくれないか? 私には家族があるんだ」

すがるような目で宏明に言う。「あなたは何言ってるんですか? 家族がいるのはあなただけじゃない。被害者のみんなだって俺にだって家族はいる。大切にしてる人がいる。それなのにあなたはなんなんですか? 自分の身を守るために、自分が行った罪から必死に逃れようとしている。これは警察に行って、頭を冷やしてもらったほうがいいですね」

宏明は呆れた表情を浮かべて言った。

宏明だけじゃなく、他の全員も同じ想いだった。

「自分の行った罪から逃れようとしている…。そうだな。そうかもしれないな…」

理事長は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

こうして、学生を恐怖に陥れた痴漢騒ぎが幕を閉じた。



それから一週間が過ぎ、学生全員に理事長が痴漢の犯人だと伝えられ、宏明が事件を解決したことも伝えられた。

事件解決によって、被害者の女性――計二十五人は警察に被害届を提出し、理事長は警察に逮捕され、理事長という職を自ら辞めた。

「見事だったね。ヒロ、カッコよかった」

京子はアイスレモンティ―を飲みながら、まるで恋する乙女のような目で宏明を見て言った。四人は放課後、いつものように学内にあるカフェへと集まった。

「カッコいいって…京子に言われてもなぁ…」

宏明は複雑な表情をした。

「何よ? ヒロはノンちゃんに言われたほうがいいのよね」

「別にそういう意味では…」

「じゃあ、どういう意味よ?」「え? どういう意味って…特に…」

あたふたしながら宏明は、紀美のほうをチラリと見る。

紀美は何か物思いにふけりながら、いつもは飲まないホットミルクの入ったマグカップを両手で持って、何かを考えている。――最近、紀美って考え事してること多いな。なんか気になる…。

「ヒロが敬語になってたのが笑えたぜ」

ケラケラ笑いながら茂は言う。「だってさ、タメで話してたら説得力ないだろ?」

「まぁな。でも、理事長が犯人だって認めてくれてよかった。あの時、罪から逃げようとしてたもん。まっ、これで女子も安心して学校に通えるな」

茂はどこかホッとした口調で言った。

「そうね。私もノンちゃんも安心出来るってわけよ。ねっ、ノンちゃん?」

京子は紀美に同意を求めるが、何も反応しない紀美。

「ノンちゃん?」

「あ、うん…痴漢ね」

紀美は不意をつかれたように慌てた様子になる。

「も―、聞いてなかったでしょ?」

「ご、ごめん…」

「別にいいけど…。私、そろそろ帰るね。もうすぐバイトだわ」

アイスレモンティ―を一気に飲み干して、急いで立ち上がる京子。

「オレらもそろそろ行こか」

茂も立ち上がる。

「オレは残る。紀美に話あるし…」

宏明の意外な言葉に、えっという表情をする紀美。

「ふ―ん…二人で次のデ―トどこにしようって決めるわけか…」

「そんなところ…かな」

「そっか。私達はお先にね」

二人に手を振ると、宏明は紀美に顔を向けた。

「あ、あの…宏君…?」

急な展開に動揺を隠せないでいる紀美。

「最近、悩み事あるんだろ? ここのところ、悩んでるみたいだし心配になって…。オレに言えない悩みなら無理強いはしなくていい」

宏明は真剣な表情だか、内心は必死だ。

「悩みか…。答えがわかる悩みならいいんだけとさ」

いつもと少し違うテイストの違う紀美は、

「宏君、人を好きになって不安になることってある?」

ただ驚く宏明は目を丸くした。しかし、すぐにさっきの真剣な表情になると、

「あるぜ。毎日のように不安た。紀美がオレと別れて他の男と付き合わね―か、とかな」

「そっか、ありがとう」

紀美は嬉しそうに笑い、立ち上がる。

「オレの質問の答えになってね―ぞ?」

「宏君と一緒よ」

「オレと一緒…?」

「うん。最近、京ちゃんと二人きりでいたりすること多いから、もしかして京ちゃんのこと好きなのかなって…。それなら別れてくれたらいいのにって…」紀美はさらりと答えてしまう。「別れるなんて言葉使うなよ」宏明のたった一言に、コクリ頷く紀美。

――オレが好きじゃない言葉の一つの“別れる”。一番言われたくない言葉でもある。付き合って始めて紀美が言ってくれた気持ち、嬉しかったな…。

どこか安心しきった胸中の宏明。

これから先、痴漢騒ぎの件で、宏明は人探しや他愛のない相談を引き受けるようになる。

殺人事件の犯人を当てるほどの実力を持つことも知らずに…。


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