見つめる先にあるのは…
そうこうしているうちに、あっという間に三月下旬になり、もうすぐで宏明の大学では新学期を迎えようとしている。
突然の紀美のイメチェンから、紀美とはメールするだけでデ―トはしていない。何度か宏明から「デ―トしたい」とメールをいれたが、紀美の返事は「今日は無理だ」という返信がくるのだ。何か企んでいるのか、と思うこの頃だが、きっと紀美は紀美なりに忙しいのだと解釈したのだった。
そして、三月の最終の水曜日、鍋パーティーをしたメンバーで花見に行こうということになった。宏明は久々に紀美に会える嬉しさから、いつも以上にオシャレに余念がないのであった。
午後二時、宏明が待ち合わせ場所についたら茂と辻井と松川がもう来ていた。
「お前ら、早いんだな」
「オレらも今来たとこだよ」
松川が答える。
「ヒロ、オシャレなんてしてきてどうしたんだよ?」
茂は宏明を肘でつつきながら、ニヤけて聞いてきた。
「いや、別に…」
「どうせ、紀美と久々に会う、とかだろ?」
辻井は宏明の身なりを見て言う。
「あ、バレた?」
「わかりやすいヤツ…」
茂は苦笑いをしている。
「それにしても、京子とノンちゃん遅いな」
辻井はケ―タイの時間を見ながら呟く。
「そうだな。もうすぐで来るんじゃね―か?」
松川がそう言った瞬間、
「遅くなってゴメ―ン!!」
向かいの横断歩道から京子が手を降って、小走りでやってくる。後ろには紀美もいる。
「やっと来たな。…ん? ノンちゃん雰囲気変わった?」
茂は紀美を見て言う。
辻井と松川も同じことを思ったようだ。
「うん。イメチェンしてみた」
少し恥ずかしそうにする紀美。
「今日は十一時くらいに私のマンションに来てもらって、私が化粧と髪型をしたんだ」
京子はウィンクをしながら、上手く出来たという表情をしている。
そういえば、よく見てみると紀美の化粧はいつもと違う。
本日の紀美は、茶色のジャケットにスキニ―ジ―ンズで前に宏明のマンションに来た時に履いていたパンプスで、髪は三つ編みの入ったクラシカルなヘアでまとめている。
宏明は嬉しいはずなのに、何故か複雑な気分になってしまう。
「ヒロ、ノンちゃん可愛くなったでしょ?」
「あ、うん、まぁ…」
紀美のイメチェンにどう答えていいのかわからないでいる宏明。
「みんな集まったところで、そろそろ行こうか」
辻井は全員の顔を見て言った。
待ち合わせ場所から少し歩いた通りに、桜が咲いている道がある。そこには、宏明達のように桜見物人がたくさん桜を見ている。
「うわ―、桜って綺麗だね」
京子は桜を見ながら声を上げる。
「桜って毎年見ても飽きないよね」
紀美も京子と同じ気持ちで、桜を見ながら言う。
「ねぇ、ノンちゃん一緒に写メ撮ろうよ」
京子はカバンからケ―タイを取り出しながら、紀美を誘う。
「うん、いいよ。宏君、撮ってよ」
「わかった。ケ―タイ貸せよ」
宏明は京子のケ―タイで桜をバックに紀美と京子を撮る。
「ありがとう。ノンちゃんのケ―タイに送るね」
京子はケ―タイの赤外線で、紀美のケ―タイに画像を送る。
いつもと違う紀美を見て、どうしても違和感を覚えてしまう宏明。見慣れないというのもある。だが、宏明にとっていつもの紀美のほうがいいと思うのは事実である。
「宏君、元気ないよ?」
紀美は宏明の顔をのぞきこむ。
「そうか? そんなことないと思うけど…」
頭をかきながら答える宏明。
「ノンちゃんに見とれてたんだろ?」
松川は冗談っぽく言う。
「そんなんじゃね―よ。別にオレは見とれてなんか…」
慌てて否定する宏明。
否定する宏明の答えに、紀美の胸はチクリと痛んだ。
「じゃあ、なんだよ?」
「何でもない。あ、桜のソフトクリームあるじゃん? 食べようぜ!」
宏明は自分の気持ちをごまかしながら、桜のソフトクリームの看板を指差した。
茂達と別れて、宏明は紀美と一緒にデ―トすることになった。二人きりになったのだが、宏明は紀美と口を開こうとしない。イメチェンした紀美とどう接していいのかわからない。今までとおりでいいのだ、と自分に言い聞かせてるが、どうもぎこちない自分になってしまう。紀美だっていつまでも同じでいられないと考えているのはわからなくもないが、宏明にとって今までどおりの紀美がいいとどうしても思ってしまう。
「宏君、今日はどうしたの?」
二人は公園に来ると、ブランコに座った。そして、紀美から口を開いてくれた。
「今日の宏君は、私と全然喋ってくれないし、宏君が言った“別に見とれてなんかない”っていう答えも傷付いたな。もしかして、私のこと…」
紀美の中に色んな不安がよぎる。
「何もないって…」
宏明はそんなつもりはないが、そっけなく答えてしまう。
「何もないわけないよ。今日の宏君変だもん」
泣きそうな声になる紀美。
「変って言われても…いつものオレだけど…」
困り果てた表情になる宏明。
「今日は会った時から様子が変だったもん。私のイメチェンがダメだった? それならそうと言ってくれたら…」
紀美はブランコから立ち上がり、宏明の前まで来て言った。
今までにない真剣な紀美にあっけにとられてしまう。それに、今にも泣き出してしまいそうな声で言われてしまうと、自分の本音をいってしまわないといけないと覚悟した。
「オレは紀美がイメチェンした時、複雑だった。今までの紀美が好きなのに、変わっていく紀美が嫌だったってのが、今のオレの本音だ。確かにイメチェンすることはいいことだし、イメチェンするなとは言わない。だけど、ホントのことを言うとオレはイメチェンする前の紀美が好きだ」
宏明は紀美がマンションに来た時から思っていた気持ちを、紀美に素直に伝えた。
紀美は何も答えないままうつむいている。
「だからといって、紀美と別れるつもりはない」
一言はっきりと付け加えた。
「私ね、ずっとイメチェンしたいって思ってた。だけど、今までイメチェンする勇気がなかったの。そんな私がイメチェンしようって気になったのは、鍋パーティーの日よ。あの日、宏君と京ちゃんのよそよそしい様子を見て、何かあったんだなって思った。あの日が私のイメチェンしたいっていう気持ちに火がついたんだ。今まで以上に宏君に好きになってもらいたいっていう気持ちが膨らんじゃって…。付き合う前の宏君と京ちゃんの仲以上になりたいって思ったから…」
半ば涙声の紀美。
「そうだったんか…。紀美の気持ちに気付かなくてスマン」
紀美の気持ちはわかったという口調になる。
「いいの、私だって言わなかったんだから…」
紀美は涙目を隠すように、宏明に背を向けてしまう。
二人の間に沈黙が流れる。紀美の気持ちを聞いた宏明の心は、ぽっかりと穴が空いたようだっった。
「宏君、私達、当分会わないほうがいいと思うの」
まだ宏明に背を向けたまま提案する紀美。
一瞬、理解出来なかった宏明だが、
「わかった。紀美の気持ちがまとまったら言ってくれ。それまでオレは紀美のこと待ってる」
すぐに答えた。
四月に入って長い春休みが終わり、新学期が始まった。今日から宏明達は四回生になる。
あれから、宏明は紀美と会っていないし、メールもしていない。だけど、今日から新学期で会わないというほうが無理だ。授業が始まり、一緒のクラスだと嫌でも顔を合わせてしまう。恐らく、顔を合わせても口は聞いてもらえないと思われる。
花見に行った夜から考え込む宏明で、紀美のイメチェンを素直に喜んでいたら…と思う自分がいた。喜んでいたら何か違っていたかもしれない。
ただ、イメチェンする前の紀美しか知らない宏明は、自分の知らない紀美を見たような気がした。そのうち、紀美が変わってしまうのではないかと思ってしまったのだ。
そして、このことは茂や京子達には言っていない。
「え―っ、ノンちゃんと会わない?」
京子は信じられないというふうな声をだす。
今日は午前中のオリエンテーションが終わってから、駅近くのレストランに茂と京子と三人でやって来た。席につくと、宏明は花見の後の出来事を話した。
「うん。紀美から会わないほうがいいって言われてな」
宏明はため息まじりで答えた。
「ノンちゃん、一言そんなこと言ってなかったよ?」
「多分、オレが言ってるとでも思ったんだろうな」
「でも、会わないって言っても学校で会うじゃん?」
「まぁな。学校で会っても口は聞いてはもらえね―と思うぜ」
参ったなという表情をする宏明は、今後どうするか考えていた。
――早いことなんとかしないと、自然消滅してしまう。
内心、焦りもあったが、焦っても仕方ないと思ってしまう。
「ノンちゃんのイメチェン、ヒロ的にはダメだった?」
京子は宏明の心境を気遣い、さりげなく聞いてみる。
「ダメってことはないけど、オレは今までの紀美が好きで付き合ってるから、見たことのない紀美を見てしまうと余計に知らない紀美に見えてしまうってわけだ」
宏明は頬づえをしながら、何か考え込むように答える。
「でも、紀美の気持ちもわからなくはないなって思う。やっぱり今までの紀美がいいなんて思ってるオレの考えは古いかな。イメチェンした紀美を受け入れるべきかな」
二人に意見を求めるように言う。
「別にいいんじゃない? ヒロはイメチェンする前のノンちゃんが好きなわけだし…。イメチェンしてもノンちゃんはノンちゃんだけどな」
「そうそう。中身は全く変わらないんだからね。決めるのはヒロだし、いつまでも口聞かないとかはダメだよ」
茂と京子は交互に返事する。
ありがとう、と言うと、宏明は長くて深いため息をついた。
新学期が始まり、十日が経った。未だに紀美とは学校では会うが、会話がまだなのである。
最初の一週間はなんとかなるかと思っていたが、十日も経つとだんだんと不安になってくる宏明の胸中は、なんとかしなくつはという思いだけが空回りしている。
このことは茂と京子だけが知っているのだが、二人で一緒にいることがないせいか、付き合っていることを知っている友人達からは「どうしたんだ? 別れたのか?」といった心配する質問が、宏明に寄せられるのだ。そういう質問があると決まって、「別れていないし何でもないんだ。心配するな」と、強がって答えてしまう宏明だった。
本当のところ、心配どころかこのまま別れてしまうことになるのではないかと気が気ではない、というところが本音である。でも、紀美のことだから自然消滅なんてことはないだろう、きっと何か言ってくれるはずだ、と自分を納得させていた。
午前中の授業のオリエンテーションが終わると、宏明は一人で食堂へと向かっていた。茂達男友達と食堂で昼食をする約束をしている。
校舎を出ると、心地よい風が宏明の頬に吹き付ける。
中庭を抜けて、階段を昇ると食堂が見える。
宏明が食堂に入ろうとすると、
「宏君っ!!」
背後から聞き慣れた女性の声がした。
宏明にはその声の主が誰だか分かっていた。
振り向くと、イメチェンする前の紀美が立っていた。
「紀美…」
紀美の名前を呟くと、ホッとした表情を覗かせた宏明。
「イメチェンする前の私に戻っちゃった。無理にイメチェンすることないんだよね。私、色々考えてそう思った」
紀美は微笑みながら言った。
「そっか。オレも色々考えてた。このまま別れてしまうのかってな」
「迷惑かけてごめんね。でも、たまにはイメチェンしてもいいかな?」
紀美は謝りつつ、たまにイメチェンをしていいか承諾を得ようとする。
「全然いいよ。オレはわがまま言ったりして悪かった」
「いいの。突然、イメチェンした私が悪かったんだから…。ありがとう、宏君」
いつもより優しい笑顔の紀美は、なんだかいつもより輝いて見える。
「オイッ! ヒロ、何してんだよ?」
茂が声をかけてくる。
「茂、心配かけてごめんな!」
宏明は紀美と仲直りしたことをアピールした。
茂も二人の状況を把握し、わかったというふうにうなずいた。
二人は茂のいるほうへと歩いていく。
これから先、長い旅路の中で色んなことがある。楽しいことや嬉しいけとばかりじゃない。辛いことや嫌なことなどの困難も待ち構えている。だけど、みんなには乗り越えていける力がある。もちろん、オレにもその力はある。オレはオレなりに自分の人生を進んでいく。―――自分の見つめる先にあるのは…。
今回は宏明の想いや気持ちを書いてみました。書いていて、ここはどうしよう、どうしたら上手く伝えられるだろう、と色々悩みながら書いていたので、納得しない点も多々あるとは思いますが、最初から最後まで読んでもらえて有り難い思いでいっぱいです。この作品を読んで、何か一つでも感じ取ってもらえたら嬉しいな、と思っています。そして、宏明だけではなく紀美達の気持ちにもなって読んで欲しいなと思います。本当に最後まで読んでいただいてとても嬉しく思います。長々となりましたが、読んでいただいてありがとうございました。