新しく始まった三人の生活
テストが終わり、待ちに待った春休みがやってきた。春休みに入ると、二人の兄と一緒に住むマンションを探すことになる。しかし、二人の兄はサ―ビス業で、土日祝は無理なため、平日で三人の休みが合う時ではないと、マンションの物件探しに行くのは困難である。
二月中旬のある木曜日、三人は休みを合わせて、不動産屋にやってきた。三人の条件に合ったマンションの物件をいくつか見せてもらった。その中の一つのマンションが、宏明の気に入ったのがあったのだが、二人の兄に却下かれてしまったのだ。
「このマンションなんていいんじゃね―か?」
すぐ上の兄の和明が言った。
「家賃七万八千円か…。まぁ、悪くないかもな。部屋数少ないけどなんとかなるかな」
一番上の兄の友明も和明の意見に賛成のようだ。
「宏明はどうだ?」
友明はマンションの物件の紙を渡す。
「これでいいんじゃない?」
「なんだよ? さっきのマンションのことで拗ねてるのかよ?」
「別に…。さっきのマンションと似たようなマンションだしな」
宏明は自分が気に入った物件を思い出しながら言った。
「じゃあ、決まりだな。一応、この物件がどんなとこか見に行きたいんですけど、いいですか?」
友明は対応してくれている男性定員に願い出る。
「いいですよ。ここから少し遠いんで、車で行きましょうか」男性定員は物件の紙を持ち立ち上がる。
それにならい、三人も立ち上がる店へと出た。
車で約十五分、希望のマンションに着き、中へと入る四人。
「お―、ベランダからの眺め、最高じゃん!!」
和明はベランダに出ると、感動の声を上げる。
「兄貴、ここにしようぜ!」
「そうだな。部屋もいいし文句はないな」
友明は部屋を見渡しながら頷く。
「オレもここでいい。入り口から入ってすぐの部屋は、オレの部屋な」
宏明はもう住むつもりで希望を言う。
「何言ってんだよ? なんで宏明が勝手に決めてんだよ?」
宏明が言うと、即座に反論する和明。
「まぁまぁ…そこでケンカしても仕方ないだろ? どうする? ここにするか?」
友明は二人をなだめつつ、住むかどうか聞く。
「うん。その前に親父達に報告してからな」
「とりあえず、保留ってことでいいですか?」
和明の答えを聞いてから、友明は男性定員のほうを向いた。
「大丈夫ですよ」
男性定員はニッコリ笑ってくれる。
その後、宏明達が行ったマンションの同室の他の部屋を見てから、マンションを後にした三人は、家路に着いた。
それから十日後、二葉三兄弟は宏明の大学近くのマンションへと引っ越ししてきた。
不動産屋に行った日、三人は両親に住みたいマンションのことを話した。
三人で住みたいということは、前々から話していて、父は賛成していたが、母だけは反対していた。反対の理由は、宏明がまだ学生だからである。いくらバイトしているからといっても、生活費を出すのはなかなか大変であるため、暮らすなら兄二人でしろ、と言われてしまったが、そこで食い下がる宏明ではない。
一度は実家を出てみたかった宏明は、「確かに自分はまだ学生で生活するのは無理だけど、若いうちに出来ることはやっていきたい」と、言葉を選びながら母に言った。宏明の言葉に、母は渋々OKの返事を出したが、まだ学生なのに…という心境が表情になっていた。
確かに母の言ったことも一理あるし、母の気持ちも全くわからないわけでもない。だが、いまやらなきゃ後悔してしまう、という思いが、実家を出てみたいという気持ちを拍車を掛けた。恐らく、自分が学生ではなかったら、即賛成になっていたかもしれない。
――実家を出てみたい=親と一緒に住みたくないってことなんかもな。自分でも知らず知らずのうちにそう思っていたのかもしれない。
引っ越し前日、準備を終えて荷物の多い床に寝転がり思っていた宏明。
しかし、実家を出てみたい、という一つの夢が叶いそうなので、ここで引き下がるわけにはいかない宏明は、兄弟三人で住めるんだという今までに感じたこともない、新しい気持ちになっていた。
「宏明、キッチンはオレらが片付けとくから、自分の部屋、片付けてこいよ」キッチンに置いてあった物を片付けていた宏明に、リビングで和明と片付けている友明が声をかけた。
「あぁ、わかった。じゃあ、自分の部屋を片付けてくる」
目一杯伸びをした後に、二人の兄に言うと、玄関近くにある部屋へと向かった。
全く片付いていないため、宏明の部屋は足の踏み場がないくらいの物がたくさん置いてある。これらの状況を見て、宏明はどこから手をつけようか迷っていた。しばらく考えた後、机回りから片付けをやり始めた。
宏明にとって、引っ越しは今まで生きてきた人生の中で初めての体験で、新鮮な気持ちがある反面、片付けなどで大変だとは思ってもみなかった。
しかし、大変なことばかりではない。新しい家になると、気持ちがいつもより違うし、何より普段の日常生活が違って見える。
だが、こんな感じなのは、最初のうちだけだろう。生活に慣れてしまうと、新鮮な気持ちは失われてしまうであろうと思われる。
部屋の片付けをやり始めてから一時間近くが経った。宏明はケ―タイを取り出し、写メで部屋を撮り、紀美と茂と京子の三人に、新住所と写メを送信した。一番最初に京子から返信がきた。最初に紀美からの返信が欲しかった宏明は、少しガッカリしたが、もしかしたらバイト中で返信が出来ないのかもしれない、と思い直したのだ。
「部屋の片付け進んでるか?」
和明がオレンジジュースをてにしながら、部屋に入ってきた。
「うん、なんとか…」
ケ―タイを閉じ、和明のほうを見て言った。
「だいぶ片付いたな」
そう言いながら、オレンジジュースの入ったコップを宏明に手渡した和明。
「ありがとう。今日から全てオレらでやらないといけないんだな」
「うん。これでいいんじゃね―? 三人で決めたことだし…」
宏明のベッドに座ると、ため息をついた和明。
「今までお袋にやってもらってた分、大変そうだ。それに、あの家、広いから二人でのびのび出来るな」
「確かに。そういえば、友兄さんは?」
「ついさっき、夕食買いに行った」
「ふ―ん…気が付かなかった」
「片付けで気が付かなかったんだろう。でも、三人で住むって変な感じだよな」
「まぁな。途中で嫌だって思っても後戻りは出来ないしな。オレらがこれでいいやって思ったらいいんだろうけど…」
宏明はゆっくりとした口調で言う。
これには和明も納得しているようだ。
「片付けも一段落してるみたいだす、リビングに来いよ」
和明はベッドから立ち上がると、宏明の部屋を出る。
宏明もオレンジジュースを一気に飲み干すと、部屋を出た。