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宏明への謝罪

週明けの月曜日、この日は雨が降っていて、宏明の気持ちもどんよりしていた。これは雨のせいではなく、先週の土曜日の出来事のせいでどうも気持ちが上向きにならないのだ。

朝、家に出た時から何か良いことがないか探して気持ちを上向きにしているが、どうしても気持ちが乗る気配はなかった。それが顔に出ているせいか、一限目から茂を初め友達に、「何かあったのか?」と聞かれるハメになった。そして、ついに彼女である紀美にまで、「元気がないよ。いつもの宏君じゃない」と言われる始末だった。

先週の土曜日のことは、小田にきちんと伝わっているのだろうか。きちんと伝わっているとして、小田はどんな処分を受けるのか。自分のせいで警官をクビにならないだろうか。それとも、署の中で揉み消されてしまうのか。宏明の中に、色んな思いが駆け巡った。

クビにならなくても、何らかの処分はあるはずだ。もしも、揉み消されたら警察を信じることは出来ないであろう。恐らく、谷崎警部でさえも…。

――警部に言った時は感情的になってたけど、もう少し冷静になれば良かったな。揉み消されるってのも心配だし…。警部とは部署が違うし、なんとも言えないな。同じ部署だとなんとかなると思うけど、こればっかりはオレでさえもわからね―な。

昼休み、前に古典文学の展示会に行ったメンバーと学食で一緒に昼食を取っている時に、窓越しに映る近くのベンチでお弁当を食べている四人の男子学生を見つめながら思っていた。

宏明はビ―フカレ―と野菜サラダのセットを頼んだが、あまり食が進まず、先週の土曜日の出来事で物思いにふけっていた。

これは学食からのものではない。一限目から物思いにふけってしまうことが、しばしばあったのだ。

「ヒロ、どうしたんだよ? 一限から変だし…」

辻井が宏明を肘でつつく。

「あ、なんでもない…」

辻井に肘でつつかれてハッとなった宏明は、即座に否定した。

「なんでもないわけないだろ? どう見たって今日のヒロは変だって…」

松川はだいぶ残っている宏明の昼食を見ながら言った。

「土、日のうちに何かあった?」

当然、何も事情の知らない茂は、お茶を飲みながら首をかしげる。

「いいや、何もない…」

「隠し事してるだろ?」

茂の一言にギクリとする宏明。

そんな宏明の心を読んでか、茂は納得した表情になった。

「ふ―ん…隠し事か…」

茂は意味ありげな表情をする。

――茂にだけは隠し事は出来ないな。

「ヒロが隠し事なんて珍しいよな」

「それはな。それにしても、わかりやすいな」

辻井は朝から宏明の行動を思い出している。あとの二人も同感している。

「もしかして、“紀美とケンカした”なんて言うんじゃないだろうな?」

「まさか…ケンカなんてしてたら口聞いてね―よ」

宏明は苦笑しながら辻井に言った。

「そりゃそうか。朝、仲良く話してたもんな」

「じゃあ、なんなんだよ? 気になるじゃん」

「大したことじゃないんだ」

「ま、いいけど…。ヒロ、早く食えよ。三限目が始まってしまう」

松川が宏明を急かす。

宏明は時計を見て、慌てて残りの昼食を食べる。

あとで茂にだけは先週の土曜日の出来事を話しておこうと心の中で思っていた。



三限目終了後、四限目を取っていない宏明と茂は学内にあるカフェと向かった。

宏明はあのことは茂にしか言えないと思い、茂をカフェに誘ったのだ。二人は席につきカフェオレを頼むと、宏明は全てを話した。

「…そうなんだ。それで、今日の様子が変だったってわけか。それにしても、あの恐面の刑事がヒロに興味持ってたとは意外だったな」

茂は言いながら、田中が署に連れていかれたことを思い出した。

「でも、恐いよな。オレもあの刑事が大学近くで、ヒロのこと見てたなんて知らなかったし、それにストーカーみたいじゃん」

「それは言えてる。ストーカーのように見ることないのに…。オレのこと知りたいって言っても、自分から教えたくないな」

宏明の中に再び怒りが蘇ってくる。

「どうも好かね―よ。人は見かけで判断するなと言うけど、あの人相はな…」

「ああ…確かにな。言いたいことはわかるよ」

茂も同感しながら、小田の顔を思い出していた。

「谷崎警部はちゃんとしてくれるって言ってくれてるんだろ? それなら大丈夫なんじゃね―の?」

茂はカフェオレのコップを持ちながら言う。

「まぁな。もし、揉み消されたらと思うと、なんとも言えないんだよな」

「そうなると、警察の権力は大学生のオレらにはどうすることも出来ね―よ。どうするんだ?」

身を乗り出す茂。

「そうだな…。そしたら、警察はアテにならないってわけだ」

そう言うと、カフェオレのコップに入っているストローを持って、中身をかき混ぜる。

――揉み消されたらされたらで、何か対策を考えなきゃいけね―よな。嫌な思いしてんのは確かだし…。

茂の言ったとおり、揉み消されたら警察の権力で、ものすごい圧力を宏明にかけられると思われる。そうなると、どうしようもない。警察の権力は、宏明が想像している以上であり、恐らく個人の力では負えないのも事実だ。今は谷崎警部を信じるのみだ。

「とりあえず、ことが落ち着くまでそっとしてみろよ。もし、何かあったら谷崎警部から連絡してくれるだろうしな」

茂は微笑みながら言った。

「そうだな。今さらジタバタしても仕方ないよな」

「ヒロの不安な気持ちはわかるけどな。ただでさえ、ストーカーみたいなことされてるのに、この出来事を揉み消すとは、あり得ない」

「同性に好かれるとは思わなかったぜ」

苦笑いの宏明。

「しかも、相手は警察官だしな」

茂も苦笑いになる。

「人生ってわからないよな。茂、ありがとうな。オレ、払うな」

そう言うと、宏明は伝票を持った。

「いや、いいんだって…」

「話聞いてもらったし、気が楽になったからな」

宏明は感謝の意味を込めて言った。



それから三日後の木曜日、宏明は午前中に署に行くことになった。一限目の授業を取っていない宏明は、午前九時に谷崎警部と会議室にいた。もうすぐで小田の部署の上司と小田がやって来るのだ。

緊張した面持ちの宏明は、時計をチラリと見た。時計はすでに九時十分を回っている。

昨日の夜に、谷崎警部から“明日の午前九時に署に来て欲しい”と電話があったのだ。どうやら理由は小田の件らしい。小田の上司からきちんと謝罪したい、と申し出があったようなのだ。これで宏明が抱いていた揉み消されるのではないか、という不安は解消されたので、内心ホッとした。

宏明は緊張しながら深呼吸をすると、会議室のドアがガチャッと激しい音を立てて開いた。

「いや―、遅れてすいませんな」

五十代半ばぐらいで小太りの男性が、気さくな感じで小田と一緒に入ってきた。

「朝井警部補、わざわざすいません」

谷崎警部は立ち上がり、朝井に頭を下げた。

宏明も朝井と目が会うと、座ったまま軽く頭を下げた。

朝井と小田が座ると、本題に入った。

「え―っと…今回はうちの部署の小田が、谷崎警部の知り合いの男性に、ストーカーに近い行為をしていた、ということですが、これは不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

朝井は宏明に頭を深々と下げた。

正直、小田の上司に謝られても…と思ってしまう宏明。

謝るなら小田本人から謝って欲しいものである。

宏明が戸惑っていると、

「小田くんが二葉君を監視していたと言った時、二葉君はいつにも増して怒っていたんですよ。普段はそんなに怒らない子なんですがね」

谷崎警部は宏明の代わりに言ってくれる。

「それはそれは…。部下達には一般市民には粗相のないように、と言っているんですがね」

朝井はハンカチで額を拭いた。

「オレは小田さんの口から謝って欲しいんです。上司ばかりに謝らせるのはどうかと思います。上司がちゃんと言い聞かせているのに、小田さんはなぜ聞けないんですか? 子供じゃないんだから、自分の上司が言ったこともわかるでしょ?」

宏明は怒りに任せて、自分が思っていることを小田にぶつけた。だが、顔色の悪い小田は、下を向いたままで謝る気配は全くない。その態度が余計に宏明の神経を逆なでさせた。

「小田さん、アンタは人間として常識というものを持ち合わせていないんですか? よくそんなんで警察官として務まっていますよね」

さっきよりもさらにキツイ口調で、小田に言った。

「小田、ちゃんと謝ってくれないと、今以上に怒らせることになるんだ」

朝井は小田の肩に手を置き言った。

「…すいませんでした…」

小さな声で謝る小田。

「それじゃあ、聞こえないだろう」

「すいませんでした。これから二葉君に迷惑かけるようなことは二度としません」

宏明と目を合わせると、怯えながら謝った小田。

「小田君の気持ちもわからなくもないが、監視するのはいき過ぎだったと思う。これからも色々あるが、小田君も頑張ってくれ」

谷崎警部が小田に言うと、小さくはいと返事した小田。

「とりあえず、一件落着ってことでいいかな?」

朝井は宏明に聞く。

「はい。オレもこれ以上、ことを大きくしたくはないんで…。ただ、小田さんに謝ってもらいたかったんで、それでいいです」

宏明の言葉に、うなずいた朝井は、

「谷崎警部、お手間をおかけさせてしまい申し訳ないです」

「いや、とんでもない。僕はそろそろ…」

そう言うと、谷崎警部は立ち上がる。

「オレも大学に…」

――ま、これでいいか。あまり抗議したら、警部の立場もあるし…。

宏明はそんなことを思いながら、小田のほうをチラリと見て、会議室を後にした。

もうこれから二度と小田と会わなくていいんだ、と宏明の心は重荷が降りたようだった。


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