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意外な人物の訪問

田中が署に連れていた翌週の金曜日の放課後、宏明は久しぶりに紀美と茂と京子を誘い、四人でご飯を食べに行くことにした。

あと二週間ほどしたらテストが始まる。テストの前には、各教科のレポートがあるので、ゆっくり四人でご飯を食べるということが出来ないためで、最初に言い出したのは、宏明だった。

この前のことで、茂はなんとなく元気がなかったからで、あまり食事も喉を通っていないようだった。そんな茂を気遣い、紀美と京子も呼んだ。二人きりだとどうしても田中のことを思い出してしまうためであり、四人でいると茂の気も紛れるだろうという宏明なりの配慮である。

「急にどうしたのよ? ヒロが誘うなんて…」

京子は珍しそうに言う。

「まぁ、色々あってな」

ごまかす宏明。

「色々って…?」

「うん、ちょっと…」

「ふ―ん…言えないことなんだ?」

これ以上、宏明からは何も聞けないとふんだのか、話題を変えた京子。

「もうすぐでテストだね。嫌だね。単位落としたらどうしよう…」

「京ちゃんなら大丈夫よ。京ちゃん、成績いいし…」

「そんなことないわよ。レポートもたくさんあるし、当分、忙しい毎日が始まっちゃう」

憂鬱な表情の京子。

「テスト前のレポートなんてヤル気でね―よな。量はハンパしゃないし、何もテスト前にやらせる必要ないだろ?って感じだよな」

茂もこれから始まるレポートとテストに、京子同様、憂鬱な表情を浮かべる。

宏明と紀美だって同じだ。

レポートとテストが終わらなければ、春休みは始まらない。

「とりあえず、単位落とさないようにしなくちゃね」

「大丈夫だろ? なんとかなるって…」

「ヒロって相変わらずノンキよね」

「ノンキって…どういう意味で言ってんだよ?」

「いつでもなんとかなるって言ってるんだもん」

口を尖らせている京子。

そう言われると、何も言い返す言葉がない。

「あまり深く考えててもな。人生なるようにしかならないんだから…」

宏明はやっとの思いで抵抗してみる。

「そうだけど…ヒロってちゃんと物事考えてるよね?」

「考えてるよ。さっきのようなこと言ったけど、考えるとこはちゃんと考えんとな」

宏明はグラスに注がれた水を飲みながら答える。

宏明にだって、学校関係以外のことも考えなくてはいけないことはわかっている。

「深く考えないといけないこともあるし、難しいもんだよな」

茂は何かを考えている口調だ。

四人が座っているテ―ブルは湿っぽくなっている。

「その話はそこまでにして、楽しくしようよ! 何があったかわからないけど、せっかく宏君が誘ってくれたんだしね!」

紀美はいつにも増して、明るい表情で言う。

「そうだね。この話はこれで終わり!」

京子も紀美に習って、さっきとは違う口調で、仕切り直す。

「紀美の言うとおりだ。今は今なんだし、考えるべきことはその時でもいいと思うからな」

そう言うと、宏明は真剣な表情から笑顔になった。



翌日の午前、一限目だけ授業を取っている宏明は、やっと今週も終わったという気持ちでいた。

今日は大学までバスで来ている。というのも、バイクのタイヤがパンクしてしまったのだ。

授業が終わり、いそいそと正門に行くと、見たことのある背広を着た男性が立っていた。宏明はその男性と目が合うと、ピタッと足を止めてしまった。

「二葉君だね? 谷崎警部から聞いてるよ」

そう言いながら、相変わらず顔色の悪い小田が宏明に寄ってくる。

「あの…なんの用ですか?」

不機嫌そうな表情を小田に向ける宏明。

「谷崎警部から色々と話を聞いてると、もう一度、二葉君に会いたいと思ってね。ちょっといいかな?」

「ええ、構いませんけど…」

本心は嫌だと思いつつも、承諾する宏明。

二人は大学の向かいにある古びた定食屋へと入った。注文を済ますと、二人の間に沈黙が流れる。

「なんで、オレの大学に…?」

宏明は不審な目をしながら、小田に聞いた。

「二葉君の友達の田中のことで、気にしてるのではないかと思ってね。どうだい?」

「オレは大丈夫です。それより、オレの友達のほうが落ち込んでいます」

と、名前を伏せて答えた宏明。

「そうか。聞いたとおり、打たれ強いんだね、二葉君って…」

小田は感心している。

「用ってそれだけですか?」

「それだけと言われればそうなんだが、二葉君とじっくり話してみたいと思ってね」

小田が言った後に、二人が注文していたものが運ばれてきた。

小田はじっくり話してみたい、と言っているが、宏明は別に話すことなどない、と思っていた。確かに小田のことは知りたいのは事実だが、本人を目にすると、どうしても拒絶感に襲われる。最初の印象が悪かったというのもある。だが、今の宏明にとって嫌な相手でしかないのである。小田のことを知るのは、人づたいでいいのに…と思っていた。

「小田さんて前は駐在やってたと谷崎警部から聞きましたけど…」

宏明は味噌汁を飲み干してから、思いきって聞いてみた。

「ああ…初めはヤル気がなかったんだが、地域の人達と触れ合ってるうちに、駐在でもいいかなと思い始めてたんだ。それが、五年前に今の署に配属になったんだ」

小田は淡々と話す。

どこからどう見ても、地域の人達と触れ合うとは程遠い人物だ、と心の中で思う宏明。

「駐在ってどこの…?」

「島根県の駐在さ。僕は東京出身でね、地方に行くのはどうかと思ってたんだけど、地方に住むのはいいな、と思ったよ。地方のほうが意外に人が温かいからね」

タバコを長年吸っているのか、歯はヤニで茶色なっているのを見せながら笑った。

宏明はこれ以上質問することなく箸を進める。

再び、二人の間に沈黙が流れる。

小田と話してみても、好きになれるわけでもなく、宏明は小田の何が嫌なのかを考えていた。そこがわかれば、どういう態度を取ればいいのかがわかると思われるのだ。

それに、谷崎警部から聞いた小田が“同じ匂いがする”と言っていた言葉の意味にも疑問を感じる。一体、何が言いたいのか、どういう意味なのか。到底、宏明には理解しがたい言葉なのは事実である。

「そういえば、二葉君て彼女いるんだね」

小田はニヤリと笑って言った。

「なんでそれを…? 谷崎警部から聞いたんですか?」

「いいや。今週に入って二、三日、二葉君のこと監視させてもらったよ」

小田のその言葉に、宏明は自分の頬がピクリと動いたのがわかった。

「監視ってなんなんだよ?! なんでアンタに監視されね―といけないんだよ?! 普通、そんなことしないだろ?!」

予想以上に大声になる宏明。

店内にいる全員が、二人のほうを見る。

「アンタ、頭おかしいんじゃないか?! フザけてんじゃね―よ!!」

宏明は小田に捨てゼリフを残し、イスを蹴り飛ばして、定食屋を出て行った。



それから宏明はあるところへと向かった。それは署だ。谷崎警部に話さずにはいられない宏明は、怒りでいっぱいで気がおかしくなってしまいそうだった。

――なんなんだよ、アイツ。なんか、どっかおかしいんじゃないか? 何考えて行動してんだろうな。

宏明の怒りはますます頂点に達すると、容易に収まるはずがなかった。

いくらなんでも、何もしていないのに監視するとは、どういうつもりなんだ、と問いたくもなってくる。

そんな思いで、署に着いた宏明は、谷崎警部を呼び出してもらい、ついさっき起こった出来事を話した。

「…そうか。それはヒドイな。僕からちゃんと言っておくよ。勿論、小田の上司にも。二葉君、嫌な思いをさせてしまってすまないな」

谷崎警部はすまなそうにしている。

「アイツ、ただの嫌味な奴じゃん。オレ、何かの事件に関与してるのかと思った」

未だ怒りでグラグラの宏明は、指をボキボキと鳴らした。

「小田はそんなことする奴ではなかったんだけどな。きっと、二葉君のことをもっと知りたい一心で監視していたんだな。でも、小田のやり方はいき過ぎだな」

谷崎警部も宏明に同感している。

「あんな奴クビにしてくれよ」

「それは言い過ぎだよ、二葉君」

「そりゃそうだけど、オレのこの怒りは収まることないな」

宏明はこれでますます小田のことが嫌いになった。これから会いたくもないし、顔も見たくない。小田は自分に何をしに会いに来たのか、よくわからなかった。ただ、監視をしていた、と言いに来ただけではないか、とふと思う宏明。

「自分も悪かったと思っているよ。二葉君のこと、色々話し過ぎたところもあった」

「別に警部は悪くない。アイツが勝手にしたんだからな」

そう言うと、宏明は深いため息をつく。

――どこで見てたんだろ? オレが紀美と付き合ってたのを知ってたから、大学近くか大学内から見てたんだろうな。オレのことを知って何がしたかったんだろうな。

小田に大学周辺から見られていたとわかると、急に気持ち悪くなってきた宏明に、谷崎警部は気にかける表情になった。

「二葉君、今日のことは本当に悪かった。何もしてない市民に監視するとはもっての他だ」

まるで記者会見をしている警官みたいだ。

「オレもいつまでも怒ってるわけじゃないから、その点は安心してくれ」

「そうか…」

ホッとした表情を宏明に向ける谷崎警部。

「さっき定食屋でも言い過ぎてしまったけど、アイツの行動のことだし…」

自分の失言のことを最初に言っておいた宏明に対して、わかっているということを示した谷崎警部。

「警部、ちょっと…」

そこに同じ部署の部下がやって来た。

「例の件、出来たか。…それじゃあ、そろそろ行くよ」

「うん。話し聞いてくれてありがとう」

谷崎警部に礼を言って見届けた後、宏明は署を出て行った。


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