衝撃な事実
宏明達がカラオケ店の一室では、さっきよりさらに騒がしくなってきた。宏明達は田中がどうして警察に連れていかれるのかわからないのに対して、田中は理由がわかっているのか、オロオロしている。
「刑事さん! 急に入ってきてなんなんですか?! 失礼じゃないですか?!」
山川は近くにいる恐面の刑事に聞く。
「理由は後で話してやるよ」
恐面の刑事が言うと、田中を見た。
「さぁ、行くぞ。連れていけ」
他の刑事に指示した後に、田中は刑事達と共に部屋から出て行った。
「これからどうするよ?」
茂が残った三人に聞いた。
「警察に行くしかないだろ? とりあえず行こうぜ!」
川上が力強く言った。
四人はカラオケ店で会計を済ませ、署へと向かった。
四人の胸中は、なぜ田中が警察に連れていかれたのか。田中は何をしてしまったのか。そんな疑問が駆け巡っていた。
署に着くと、宏明が谷崎警部を呼んでもらい、会議室へと通された。
少しすると、谷崎警部が部屋に入ってきた。
「警部、なんで田中が連れていかれたんだよ? 田中が何かしたのか?」
最初に口に開いたのは、宏明だ。
「実は麻薬の取り引きをしていたんだ」
重々しく谷崎警部が口を開いた。
「麻薬?!」
四人はわけがわからない表情をする。
「ああ…一年前から田中が麻薬の取り引きをしている、とタレコミがあったんだ。この一年、色んなとこで田中がどんな奴かを調べていたんだ。それで、一ヶ月前に奴を偶然見かけて、しばらく泳がせていたんだ。なかなか奴が麻薬の取り引き現場に向かわないため、今日、突撃して本人に自白させようと思ったんだ。まさか、二葉君の友達だったとは…」
谷崎警部は全てを語ってくれた。
四人は自分の友達が、麻薬に手を出していたとは誰一人として思ってもみなかった。
「そういうことだったのか…。田中は逮捕されるのか?」
「自白して裏付けが出来れば、逮捕されるだろうな」
谷崎警部は深くイスにもたれかかりながら答えた。
そして、さっきカラオケ店で会った恐面の刑事が入ってきた。
「警部、ちょっと…」
「ん? なんだ?」
谷崎警部は恐面の刑事に近付き、何かを話している。
話が終わると、恐面の刑事は四人を睨んで、会議室を出て行った。
「田中が自白したそうだ」
「マジかよ…」
田中が自白しないように、と願っていた四人の思いは、無惨にもぶち壊されてしまった。山川は頭を抱えてしまい、どうしたらいいのかわからない状態だ。
「自白したからって、友達の縁を切らないでやってくれ。中には、友達の縁を切られたっていう人も数多いみたいやからな」
「オレらは切るつもりもないし、切りたくない。田中がやったことはいけないことだけど、いい奴だもん」
宏明は自分に言い聞かせるように、谷崎警部に言った。
残りの三人も宏明と同じ想いだった。
署を出ると、四人は近くのファーストフード店へと入った。
「ごめんな。オレが久しぶりに会おうって言ったせいで、こんなことになってしまって…」
茂は三人に謝る。
「気にすんなよ。茂のせいじゃね―から、責任感じることないって…」
山川が優しい口調で、落ち込む茂をなぐさめる。
「そうだよ。でも、一年前から田中が警察に目をつけられていたとはな。しかも、麻薬の取り引きなんかしてたなんて…」
川上は意外だという口調だ。
確かに今までテレビで麻薬の取り引きなどで逮捕とか見たことはあったが、実際に自分の目の前で友達が刑事と共に、警察に連れていかれるとは思ってもみなかった。今回は逮捕という形ではなかったが、四人の心には嫌でも印象に残ってしまった。
「田中は麻薬の取り引きとかそういうことする奴ではなかったのにな。なんか、変わってしまったな」
山川はコ―ラを一口飲んでから言った。
「まぁな。将来は医者になりたいって言ってたのにな。医大の受験を失敗したところから挫折したんだろうな。医大に落ちても、次の年に受験やり直せば良かったのにな」
宏明は田中が医大の受験を受験した時のことを思い出していた。
「受験に失敗したからって、人生が終わったわけじゃない。必ず、現役合格が目標じゃない。浪人して大学に入ってる人もたくさんいるからな」
続けて、宏明はうつむきながら言った。
「今日のことでアイツらしいって思うな」
そう言ったのは茂だ。
「どういう意味だよ?」
「二年の二学期にタバコで停学になったことあっただろ? 真面目なところもあったけど、時々、不良っぽいところも見せる、どっち付かずの奴だったじゃん」
茂は昔を思い出すような遠い目をしている。
「そういえば、そんなことあったな。きっと、自分はどっちの自分なんだろう、と探してたんたんだと思う」
「今日のことはホントにショックだ。いくらなんでもオレらの前で、警察に連れていかなくてもいいのに…」
「取り引き現場できちんと証拠がある状態じゃないと困るよな」
川上の言葉に、複雑な気持ちになった。
谷崎警部の言うとおり、田中がなかなか麻薬の取り引きをしないために、強行突破で田中を署に連れていこうとしたのだろうが、いくらなんでも友達の前では酷である。きちんと現場で押さえて欲しいものだ。何を考えているのか、と警察に文句も言いたくなる。
それに、あの恐面の刑事はあんなに偉そうなのか、宏明達にはわからないでいた。警官が谷崎警部のように、おっとりとした性格ではないとわかっているが、偉そうにされるとどう対応していいのかわからないくなる。
なぜ、他の部署である谷崎警部に報告くるのか、最初、理解出来なかったが、多分、宏明達が署に来ているのを知っていて、わざと報告しに来たのではないか、と宏明は推測した。谷崎警部があらかじめ言ったのかもしれないが、それなら何も会議室を出る時に、睨まなくてもいいのである。
二人を見ると、谷崎警部より階級は下だと思われる。背は180cmぐらいの細身で面長で、年齢は三十代半ばぐらいだ。みるからに不健康そうな顔色は、宏明でさえも心配になってしまうくらいだった。
しかし、心配ばかりもしていられない。なぜなら、宏明はどうしても恐面の刑事が好きにはなれないからだ。
宏明は谷崎警部に田中のことを聞くついでに、あの恐面の刑事のことを聞いてみようと思っていた。
二日が経った。宏明は署の近くにある喫茶店に、谷崎警部を呼び出した。午後五時過ぎ、少し遅れてやってきた宏明は、谷崎警部に遅れたことを謝った。
「呼び出してスマン。どうしても聞きたいことがあってな」
宏明はウエイトレスにホットコーヒーを頼んだ後に、神妙な面持ちで言った。
「どうしたんだ?」
「田中のことなんだけど、どうしてる?」
率直に自分の友達のことを切り出した。
「あぁ…元気にしてるみたいだ。出されたものはきちんと食べているし、供述もしていると報告を受けてる」
タバコを吹かしながら答える谷崎警部。
「報告って…あの恐面の刑事か?」
「そうだ」
「あの恐面の刑事って何者なんだよ? オレら田中の友達だからって敵視してね―か?」
宏明は気になっていたあの刑事のことを、話の流れで聞いてみた。
「奴は小田といって、元は駐在をしてしたんだけど、今から五年前にうちの署に配属になったんだ。部署は違うけど仲良くしてるよ」
宏明は考え込みながら聞いている。
「小田も二葉君のことを聞いていたよ。二葉君はどう思っているかわからないけど、同じ匂いがすると言っていたよ」
「同じ匂い…?」
宏明は自分の耳を疑った。
あの睨み方は、どう考えても同じ匂いを感じているといったふうには見えなかった。
「同類ってことだろう。二葉君のその態度からすると、小田のことをいいふうには見ていないようだな」
「オレはあの恐面の刑事のこと、好きになれない。カラオケ店でのことがあるからな」
頬づえをしながらの宏明。
「証拠もないし、麻薬の取り引き現場でもなかったからな。確かにあの状況では、二葉君達が怒るのは無理はない。スマンな」
指示をしたのは自分ではないが、代わりに謝る谷崎警部。
「まぁ、いいけど、オレらの前ではあんなふうにして欲しくはなかった。第一、見ればわかるだろうに…」
警察のやり方に不満をぶつけた宏明。
「それは言っておくよ。…二葉君、小田のことが聞きたかったのか?」
「え…?」
「小田のことを聞くもんだから、気になるのかなと思ってな」
谷崎警部はニヤリと笑った。
「好きじゃないけど、どんな奴か知りたかっただけだよ」
「そうだったのか…」
谷崎警部は納得するようにうなずくと、アイスコ―ヒ―を一気に飲み干した。