設定してくれた同窓会
日曜の雨が降る午後、宏明は茂に呼び出され、茂の最寄りの駅までやってきた。
約束の時間は午後三時半だが、すでに十分は過ぎていて、茂は一向に姿を表さない。
――茂のヤツ、遅いな。自分から呼び出してなんだろ…?
そう思いながら待つ宏明。
それから、五分後に茂は待ち合わせ場所へとやってきた。
「茂、遅いぞ!」
しびれを切らした宏明は、少し怒り気味だ。
「スマン、スマン。ちょっと手間取ってしまってな」
悪びれた表情をしながら、淡々とした口調だ。
「手間取ったってなんだよ? お前、何企んでるんだよ?」
何がなんだかわからない様子の宏明は、茂の言ってる意味が全くわからない。
そんな宏明の様子を見て、茂は不敵な笑みを浮かべている。
「まぁ、オレについてこいよ。さっ、行くぞ」
そう言うと、茂はさっさと歩いていく。宏明も何もわからずに茂のあとを追いかけて歩く。
バスに乗って十五分、二人は茂の家の近くにあるバス停で降りた。茂は自分のの家とは反対方向へと歩いていく。
「オイ、茂、どこ行くんだよ?」
「うん、ちょっとな…」
「ちょっとなって…オレ、全然何がなんだかわかんね―よ」
宏明は自分に降りかかる何かに、一抹の不安を覚えた。
「着いたらわかるって。そんなに心配することはない」
そう涼しい表情をしながら、茂は歩いていく。
そして、歩いてすぐにカラオケ店に着いた。店内に入り、二人は一室に入った。
「あ、ヒロ! 久しぶり―!!」
部屋にいた全員がこっちを向き、クラッカーの紐を引いた。大きな音で驚く宏明は、一瞬わからず立ち尽くしてしまい、どこかで見た知っている顔ぶれに目を丸くした。
「あ――!! お前らどうしてここに…?」
「茂が計画してくれたもんや。成人式の同窓会の時、仲良かった仲間だけでやろうってことになってたのに、ヒロだけ来なかったもんだから、いつかヒロを驚かせて会っちゃおうってなったわけ」
二人の友達の一人が、笑顔で言った。
「それでか。茂、そうならそうと言えよな。何も言ってくれないからビックリした」
宏明は感激しながら茂に言う。
「ヒロを驚かせようとしてたから言わなかったんだよ。さぁ、立ってないで座ろうぜ!」
茂は中に入りイスに座る。
宏明は久しぶりに高校時代の友達に会えたことが、すごく嬉しかったのだ。同窓会の時、なぜ行かなかったのかというと、その日は成人式の後に用事があったのだ。別に行きたくない、という理由からではない。
「今、サ―クルとか入ってんのか?」
「いいや、入ってない。大学入ってまでいいかと思って…」
コ―ラが入っているコップを片手に答える宏明。
「珍しいねぇ…。ヒロはなんでもやるイメージがあるから…」
「そんなイメージ、ぶち壊してくれよ―」
「ぶち壊せって言われても、オレらの中では正義感溢れるヒロっていうのがあるからな」
そう言うと、友達の一人はタバコに火をつけた。
――未だにそんなイメージがあるのか…。そのイメージをみんなの中から取り除いて欲しいな。オレはただやりたいことをやってるだけなのに…。何も特別なことはしてないのに…。
友達が騒いでいる姿を見ながら思う宏明。
――実際、イメージを壊すなんて無理か…。そう簡単に壊すなんて出来ね―からな。別になんでもやるイメージのオレでいいか。
久しぶりに会った友達なのに、なぜか深くため息をついてしまう宏明。
「ヒロ、何か歌えよ。せっかくヒロがメインなのに…」
宏明の前にカラオケの本とリモコンとマイクがくる。
「え―っ、オレ音痴だって―」
「そんなことないじゃん? 学祭の軽音のミニライブで飛び入りで歌った時に、ヒロの歌声良かったじゃん。生徒どころか先生達にも好評だったじゃん」
さっきとは別の友達が高校時代のことを話し出す。
「そうそう。“さすが、生徒会長! なんでも出来るね”って言われてたしな」
「そういえば、そんなこともあったな。軽音のミニライブに出ることになったのは予定外だった。とりあえず、一曲歌うな」
宏明はまいったなという表情をしながらも、カラオケの本に手を伸ばす。
高校三年の学園祭の最終日、午後の部で野外で行われた軽音のミニライブに、急遽出演することになってしまった。その日の午前に聞かされた宏明は、急いで自分が歌いたい曲目を伝えた。一曲だけだったが、ちょうど軽音のミニライブを見に来ていた教師や生徒から、宏明の歌声を絶賛したのだった。
それから、宏明がボーカルで一回限りのライブを行ってくれ、という声が上がってきたのだが、宏明自身はそのつもりはなかったため行わなかったのだ。
たった一度だけ、しかも一曲だけのためにステージに立っただけなのに、こんなに大きく反響が出るとは、宏明は思ってもみなかった。周りからはなんでやらないんだ、という声が多く、戸惑う宏明だったが、友達がやって欲しいという人達に対して、ヒロにそういうことを言わないでくれ、と言ってくれたのだった。それが今いる友達なのだ。
勿論、宏明もオレだけのライブをやるつもりはない、と言い続けてきたのだが、回りは聞くはずもなかった。軽音の部員からは、「演奏のほうは大丈夫だから、一度だけでもライブをやってみないか」と、声をかけてきてもらったが、それも断ったのだ。
卒業までやらないと貫き通したが、別に嫌がらせを受けたとかそういうことはなかった。
自分の歌声をいいと言ってくれた人達のために、ライブをやったほうが善かったのかなと思うことが時々あるが、やらないと決めたのは自分だから、これでいいんだと思っている。
「相変わらず、歌上手いな。やっぱ、あの時、ライブやったほうが良かったかもな」
宏明が歌い終えた後に、田中が言った。
「それはな。まぁ、いいんじゃない? あの時はオレらだってヒロのためにやらないって言ってたんだし…」
茂も同感しながら言う。
「オレだけ特別にってわけにはいかない。オレが軽音に入ってたらライブをするけど、軽音に入ってないのにライブをするなんて変だろ? それで、ずっと断り続けてたってわけだ」
宏明はあの頃のことを語る。
「ヒロは陸上部だったからな。それに、男前だからなんでも出来るみたいに思われてたとこがあったからな。特に女子なんて、ヒロと接する時とか全く違ったもんな―」
「あ―、それは言えてた。オレ、ヒロが羨ましかったぜ」
「羨ましい…?」
「うん。何やっても注目されるし、嫌味なことは一切言わないし、ヒロとみんなは何が違うんだろう?って、ずっと思ってた」
友達の中で一番大人しい川上が、遠い目をしながら言う。
「何が違うって言えないけど、オレはみんなみたいに普通にしてきたつもりだ」
「それもそうか。久しぶりに会ったんだからパァ―ッといこうぜ!!」
山川が明るい声で言った。
「そうだな。じゃあ、次、オレ歌うな」
茂が曲選びに取りかかる。
そんな時、宏明の部屋がなんとなく騒がしい。何があったんだろう?と宏明が思った瞬間、部屋のドアが勢いよく開き、背広を着た男性数人が入ってきた。
「田中勇輔だな。ちょっと署に来てもらおう」
一人の恐面な男性が、警察手帳を見せながら、田中に話しかける。
その場にいた全員は、何がなんだかわからない様子でいる。
――何が起こったんだ…? 一体、なんなんだよ?
宏明も目を丸くしながら、事態を見ているだけだった。