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道場に着くとそこには既に大勢の人が集まっていた。皆胴着を着ていることから、これから飛鳥馬が対戦する道場の門下生達だろう。その中で一際体格の良い男がこちらに気付くと大きな声を上げる。
「遅い!逃げたのかと思ったぞ!」
「何言ってんだ、時間ピッタシじゃねぇか」
「試合時刻丁度に来る奴があるか!それにお前が来ないと道場の中で待つことも出来んじゃないか!」
「すまぬがここは儂に免じて許してもらえぬか。突然の来客があっての」
「あ、いえ、そういうことでしたら」
区長が話に割って入ると急にしおらしくなる。上下関係が厳しい世界に生きている者にとって目上の人というのはある種絶対的な存在だ。
「ほれほれ、区長のお通りだ。さっさと道を開けろ」
飛鳥馬が言うと男たちは渋々下がっていく。逆にこういう長いものに巻かれるような振る舞いは気に喰わないのだろう、皆飛鳥馬の事を睨みつけている。
対する飛鳥馬は何処吹く風と開けた道を歩いて行く。物凄い胆力の持ち主なのかはたまたただのお調子者なのか。公人は若干居づらさを感じながら後ろについて歩く。
「なぁにそんな縮こまってんだ?気にするこたねぇよ、これから戦う相手に何も遠慮することねぇんだから。相手の雰囲気に飲まれない事も戦いには必要なんだぜ?一つ勉強になったな」
確かにその通りかもしれないが如何せん釈然としない。相手の言い分は最もだしこちらに非があったのも事実。だからと言っていざ戦いとなった時に遠慮する必要が無いというのも分かる。なんとも腑に落ちないがこれはこれで飛鳥馬のやり方なのだろうと思うことにした。
道場に入り飛鳥馬と先程の男は準備の為別室へと移る。公人は区長達と共に板張りの試合会場で二人を待っている。
その間は区長に何かと話しかけられていた。公人の年齢やらうちの道場に来ないかとか、普段の夜一はどんな様子なのかなど根掘り葉掘り聴かれた。こちらばかりが話すのも気疲れしてしまうので逆に質問してみる。
「叔父は、夜一は区長とは一体どんなお話をするんですか?話せないことも多いでしょうがうちでも結構謎が多い人ですので」
「そうだな。確かに話せないことも多いんだが、基本的には儂が相談に乗ってもらう事が多いな。いつ頃かは忘れたが、夜一が儂の目の前に現れた時は胡散臭いやつじゃと思ったんだがな、よくよく話を聞いてみると何もおかしな事はないし、何より誠実そのものであった。相変わらずあやつの情報源はどこにあるのか不気味でしょうがないが、皆の為に働いているというのは分かる。それに飛鳥馬が認めた数少ない男でもあるしな」
「飛鳥馬さんが認めたということは戦ったことがあるんですか?」
「そのような事実は無いがな、飛鳥馬が言うには見れば分かるそうじゃ。目を見れば信用できるか分かるし立ち居振る舞いを見れば実力が分かると言っていた。飛鳥馬にそこまで言わせる男は今までおらんかったからの。じゃが儂らが納得していても周りが納得せんでな。明日のトーナメントに出場して実力を示して欲しいと依頼した所じゃよ。さて、もうそろそろ準備が出来る頃じゃろうて」
区長の言葉に示し合わせたかのように二人が現れた。飛鳥馬の相手は色々な道場を渡り歩いた後に、自らの道場を開くことで実力を示してきた経歴を持つらしい。
つまり他の武術の良い所を汲み取り自己流の新たな流派を作り上げたということだ。一つの武術を極めるのはとても難しく、幾つもの事に手を出してしまったら器用貧乏に繋がると、そう言われてきた中でここまで台頭してくるとは誰も思ってもいなかったそうだ。小手や脛当て等の軽装備のみを着用し得物は長槍。剣に対して有利な武器を選択し、かつ潜り込まれた場合に無手でも戦えるように余計な防具は装着しない。
一方の飛鳥馬は剣術一本で他のことにはまるで興味を示さなかった。実戦となると移動法や戦術の基礎というものは他の武術と大きな違いは無いのだが、飛鳥馬に関してはそういった基礎も何もかもを置き去りにして剣のみを振り続けてきたという。
本人曰く、ただ剣を振るう事に集中すれば剣が己を導いてくれるとのこと。結局飛鳥馬は誰からも教えを乞うこと無くここまで来たのだという。
そんな飛鳥馬は防具も何も付けていない胴着姿のままで現れた。手には新品と思われる、鍔も付いていない黒塗りの木刀が輝いている。
「どういうつもりだ?殺しは無用のルールだが、そんな姿では流石に死んでも仕方ないと言われるぞ?」
「当然だ。俺は手を抜いている訳でも死ぬつもりも無い。遠慮などせず俺を殺すつもりで来い」
飛鳥馬の雰囲気は軽口を叩き飄々とした笑みを浮かべていた時と大きく違っていた。鋭く相手を睨み油断無く構えている。
対する男も気後れする事無く、飛鳥馬の事を睨み返しいる。試合開始の合図は無いが既に試合は始まっていた。誰もがその場の空気に飲まれ息を呑む。




