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灯り一つ無い屋敷の一室。静まり返ったその室内には二人の女がいた。
一人は暗闇の中でさえ分かるほど、鮮やかな紅い着物を羽織り部屋の中心で正座をしている。頭の上には二つの狐耳が生えており、切れ長の目は目前で横たわっている女を冷たく見下ろしている。
対するもう一方の女は息を荒げながら虚ろな目で狐耳の女を方を見ている。女を見ているというよりは、ただ顔がそちらを向いているだけという様に、その瞳からは全く生気を感じられない。着衣は乱れ髪もボサボサだが、手足が拘束されているため直す事も敵わない。例え拘束が無くともそんな余裕は無かっただろう、こうしている今にも気を失ってしまいそうな様子だ。
やがて狐耳の女は呆れたように溜息を付く。
「ふぅ……いい加減抵抗を辞めたら如何ですか?どの道貴方は助からないのです。早く楽になりたいでしょう?」
狐耳の女の目付きが変わると同時に、横たわっている女は呻き声を上げる。口がパクパクと動いているが言葉はない。もう一度大仰に溜息を付く。
「全く、どうしてそう頑固なのでしょう。いくらこちらが譲歩しても聞いてくれないなんて。名前だけでも教えて頂くだけで結構ですのよ?」
この術は一度でも相手の言う事を承諾してしまうと、その後は為す術も無く相手の要求を飲まされ続けてしまう、一種の呪いである。軽めの呪いを掛けてから徐々に要求を大きくしていき、最終的には抗うことの出来ない呪いへと嵌められてしまうのだ。
同じ魔霊種に対しては呪いが作用することは無いが魔力の少ないもの、特に人類種に対しては例え軽度の呪いであっても強力に作用するものだ。だが目の前の人類種はかれこれ一月は抵抗を続けている。
「いい加減私も我慢の限界でしてよ。貴方を捉えるのに多くの犠牲を払ったのに、このままでは割にあわないわ」
今度は身体操作の術をかける。拘束されている手足を無理やりに引っ張る。拘束具が体に食い込み今度は甲高い悲鳴を上げ暴れまわる。
しばらくしてもう一度呪いをかけるが、やはり女は口を閉ざしたままだ。すると部屋の隅から突然くぐもった声がかかる。
「サキコ様。表に何者かが」
「何者か?特定出来ないのかしら?」
「魔力の揺らぎがあるのみで、姿は確認出来ていません」
「人類種特有の妙な武術かしら。きっとこいつのお仲間ね。遅かったとはいえここが特定されちゃうなんて、ちょっとやり過ぎたかしら?」
「如何なさいますか?」
「そうね、この屋敷は捨てましょう。準備なさい。それとこの女に洗脳を掛けた後、監視の魔法を付けておきなさい。昨日のように途中で術が切れたりしないように思いっきり強力なやつをね」
「畏まりました」
横たわったままの女に影が近づく。影が拘束を外し何かを囁くと女の体がビクンと跳ねそのまま意識を失う。その様子を見たサキコは微笑みながら呟いた。
「貴方は人類種の裏切り者として歴史にその名を刻みなさい」
サキコと影が音も無く姿を消す。それと同時に意識を失っていたはずの女はよろよろと立ち上がると、虚ろな目をしながら部屋から出て行った。
佐綾は屋敷の中へと潜り込んだ。屋敷の中は見た目以上に広く部屋数も多い為、屋根裏や床下まで調べているととても時間が掛かってしまう。
どうやら本当にこの屋敷は切り捨てられているようだ。紙類は全て燃やされているし、何かの道具と思しき物は全て壊されている。周囲にも何者の気配も感じられないことからまさにもぬけの殻だ。それでも手掛かりが残されている可能性がある以上、調べないわけにはいかない。
「この部屋だけ暖かい……それに何か変な臭い。さっきまで誰かがいたのかも」
とある一室で立ち止まる。部屋を見渡すと引き千切られた鎖の輪が散乱している。畳は全体的に傷んでいるが特に損傷が激しい箇所がある。見ればその周辺の畳だけ汗染みも出来ている。
「この部屋で誰かが鎖で縛られていた……拷問の類?どちらにせよここで何かが行われていたのは間違いないか」
改めて部屋内を調べる。しかし特に仕掛けも無く部屋にはやはり鎖が散乱しているだけ。ここも空振りかと目線を下に落とすと違和感に気付いた。
「この畳の傷、不自然な程に揃ってる。意図的に傷つけられたものかも」
畳の傷をじっと見つめる。見る角度を変える為に少しずつ横に動きとある地点でこの傷が暗号になっている事に気付いた。畳の目が立ち非常に読みにくいが何とか解読する。
「ゆ、か、し、た?とすると……」
佐綾が畳を思い切り踏みつけると畳は床から外れ思い切り跳ね上がる。するとその下は焼け跡が残っていて、地図となっていた。




