404
午前中の二試合を無事終えた事で少し早いが昼休憩の時間を取る事になった。試合の開始時間は変えていないので、食後の休憩時間が多く取れるのは有り難い事だった。レイラとアルカスもこの時間を利用して、魔力による変身の講義をしている。
そして午後の最初の試合は澄佳対ドクターなのだが、この試合は全員が注目しているカードだ。ドクターは自身のパーツを改良しているという事もあり、以前よりも強くなっている事は間違い無い。対する澄佳も一対一の試合では一度佐綾に負けたのみであり、どちらが勝つのか検討が付かなかった。
「新作のお披露目には相応しい相手だ。存分に試させてもらおう」
ドクターはこの試合を実験代わりに楽しむつもりのようだが、澄佳の表情は真剣そのものだ。かなり集中力を高めており、試合前からドクターの様子をずっと観察している。
「何か妙ね……変な仕掛けがあるのかも」
澄佳の感覚は明らかにドクターの変容を訴えていたが、その原因までは掴めていなかった。パーツの改良後も動作テストと称した模擬戦を行ったが、その時には無かった違和感だ。
その違和感は公人やレイラ、佐綾も同様に感じていた。澄佳同様に確証には至っていないが、試合をする訳では無いという事でこちらは呑気なものだった。
「姉さんが相手ならドクターも本気を出すでしょうし、どんな性能なのか楽しみですね」
「澄佳も大抵の事はどうにかすると思うけど、初見の相手にはどうなのかしらね。何にせよ面白くなりそうね」
「どっちが勝つか賭けませんか?負けた方は相手の言うことを何でも聞くということで」
「良いけど、私は勝っても負けても佐綾の言うことなら聞くわよ?」
冗談を言いつつ二人が予想をしていると、他の者達も賭けとは関係なしに予想を口にし始めた。結果は丁度半々になり、澄佳が勝つと予想したのは佐綾とグライフとアルカスの三人、ドクターが勝つと予想したのは公人とレイラと桜の三人だった。ヴォルクは全く検討も付かないため適当に引き分けの予想をしている。
「何よ、そっちは皆身内贔屓じゃない」
「桜さんだって同じじゃないですか。それにレイラちゃんだって、ドクターに負けてるからせめてここでは勝ってもらいたいって考えですよね?」
「そ、そんな事無いわよ。さっきも言ったけど、ドクターの手の内が明らかになってない分可能性はあるんじゃないかって思ったのよ」
「皆さん静かに、そろそろ始まりそうですよ」
試合開始の合図は無いのだが、二人の雰囲気から察した公人が雑談を止める。すると静かになったことが合図となったかの様に戦いは始まった。
先に動いたのはドクターだった。澄佳が先に動くということはあまり無いため、これは大方の予想通りだ。皆ドクターが何をするのかとその動きに注視しているが、特に何かをしようという風には見えない。
「これは……普通に接近戦を仕掛けに行ってますね」
あまりに普通の行動だが、それもまた何かの策なのでは無いかと勘ぐってしまう。澄佳も警戒しているためまともにやり合わず、というよりも接触することすら避ける為に回避に専念していた。
「触れた瞬間ビリビリ!とかあるからね。痛かったというより、身体が動かない事の方がまずいのよね」
レイラは実感のこもった声で呟く。電気ショック以外にも魔力を吸い取ったり、いつの間にか腕から刃が生えていたりと危険過ぎるのだから、触らないに越したことはない。
しばらく回避に専念していた澄佳だが、一向に埒が明かず自ら仕掛ける事にする。狙うのは当然機械化していない方の腕だった。
「ぐぅ!」
予想外だったのは、ドクターが澄佳の攻撃を全く回避するつもりが無かった事だ。洞察力に優れている澄佳だが、今回はまるでドクターの意図が掴めていない。それらも含めて、全てドクターの狙い通りだった。
「しまった!」
澄佳の蹴りが直撃したドクターの腕は折れているが、構わず機械化している腕を澄佳に振るう。いきなりの捨て身に回避は間に合わないが、それでも防御の姿勢は整えている。
しかし一見普通に振るわれただけの腕の威力は想像を遥かに越えていた。澄佳は吹き飛ばされ、訓練場の壁に激突し血を吐き出した。明らかに腕の速度と威力が比例していない為、これが新しいドクターの力なのだろう。
「くっ……!とんでもない威力。それに、身体に力が入らない」
「休んでいる暇は無いぞ?」
黙って見ていてくれる程ドクターは甘く無く、すぐに追撃を仕掛けてくる。いつの間にか折った筈のドクターの腕は治っており、それを見ただけで澄佳は何をされたのか察した。
「まさか私の魔力を奪うなんて。しかも攻撃と回復にまで利用するなんて、とんでもない技術力ね」
「もうバレてしまったのか。流石澄佳君だな」
以前レオスの鱗を利用してレイラの魔力を吸収していたが、その時はただ吸収するだけだった。あれから改良を重ねた事で、攻撃と回復に転用出来る様になったという事だろう。
しかしそれ以外にも色々と仕掛けはありそうだった。何せ未だに澄佳はドクターの次の一手が先読み出来ないでいる。となれば契約の力で強化された五感すらも狂わせる仕掛けも、魔力を使用しているに違いない。
「仮に分かった所で、今の澄佳君に対処出来るかな?」
かろうじて機械化している腕の攻撃は躱すが、そればかりに意識を割いている為に他の攻撃は躱すことが出来ないでいる。ここまで一方的な試合になるとは、誰も想像していなかった。




