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ドクターが無事要件を飲んでくれた事に安心しながら、しかし一つだけ懸念があった。その事がドクターに失礼では無いかとも考えるが、伝えないわけにはいかない。
「申し訳ないんですが一つだけ注意点と言うか……この件は他種区と合同で行うものですし、神霊種区の人々の目もあるので……」
「分かっている。大人の都合ってやつだろ?人類種区の評判を下げる様な事はしない。俺だって猫ぐらいかぶれるさ」
口調だけで無く表情まで真面目なものにしたドクターは、爽やかな好青年にすら見えた。年は夜一よりも上なはずだが、元々の素材が良いのか、機械化していないだけでやはり弄っているのかは不明だ。しかしその好青年ぶりは数分も経たないうちに崩れ、澄佳の様に猫耳を付けたり消したりしていた。
「猫をかぶるにかけてるんですね、流石です。では詳細が決まりましたら、改めて伺います」
心配事が晴れたようなそうでもないような、ともかく伝えるべき事は伝えた為公人は話を切り上げる。ただでさえやる事が多いのだから、あまり時間を取られる訳にもいかない。話しているだけで精神的に疲れるというのもあり、公人は足早に立ち去った。
「公人のあの目はやはり気になるな。時間があれば調べたいものだ」
ドクターは話に聞いていた公人の精霊眼の事を気にしつつも、すぐに自分の作業に戻った。自分が離れている間にも作業が滞らないように、スケジュールと作業内容を確認しなければならない。そうしている間に作業員が続々と集まり、ドクターは仕事と言う名の趣味に没頭し、すぐに精霊眼の事は頭から抜け落ちていった。
次に公人が向かったのは、桜とアルカスのいる道場だった。場所はドクターがいた作業場とは真逆の位置であり、住宅街から離れている。というのも魔力を扱う性質上、近隣に悪影響を及ぼす可能性が有るがための立地条件だ。そんな位置関係であるため公人は走って移動するが、それでも到着は昼前になってしまう。しかしそれも予定通りである。
午後以降は道場の確認をした後に二人と共に対魔法、対魔力を主眼に置いた武術の考案をしていく事になっている。基本的には二人に任せっきりになるだろうが、基礎を作る段階というのは重要になる。やはり人数は多いほうが効率的であり、更に公人は魔法を使えるのだから空いてる時間は極力手伝う予定だ。
「あら、早かったわね。もう少しかかるかと思ったけど」
外には桜が一人で立っており、道場の周辺を見て回っていた。アルカスは中にいるようだ。
「ドクターとの話もすんなりいったので。ところで何をしてたんですか?」
「中の点検は終わって、今は外の点検してたとこ。アルカスの魔力が外に漏れないかの確認も含めてね。でも公人君が来たなら、その眼で見てもらったほうが確実かな」
どうやらアルカスは道場の中で不定期に魔力を放出しているらしい。しかし公人の眼で見ても特に何か起きている様には見えない事から、近隣への影響もほとんど無さそうだ。
桜も魔霊種区に長く潜入していた為、魔力をある程度察知出来るとの事だ。それも初めから出来た訳では無いが、出来なければ命に関わるためすぐに習得したとの事だった。つい忘れがちだが、人類種にとって最も危険な魔霊種区に送り込まれていただけあり、桜もまた一流の人材なのだ。
「特に問題なさそうなので、そろそろ中に入って昼食にしましょう」
道場を一周して念入りに確認した後に道場に入る。道場内はルネと共に訓練した修練場と似た作りだった。元々あった建物の中身を入れ替える形で作り直した為、外観の割に内部は新築の木の香りがしている。
まだ魔力を放出していたアルカスに声を掛け、三人で昼食を取る。その間の話題はやはりドクターの事だった。公人が話すドクターの様子に、桜は概ね予想通りといった風に頷いている。どうやら桜は組織の中でも特にドクターと親しい関係にあったらしい。そこで公人はドクターについて気になっていた事を聞いてみた。
「ドクターはどういった戦闘スタイルなんですか?身のこなしからも、かなり強い事は分かるんですが、いまいち戦ってるところが想像出来なくて」
「それは俺も気になるな。頭領も一目置いているようだったしな」
公人の疑問にアルカスも乗ってくる。
「そうねぇ……ドクターの事もそうだけど、ついでだから組織のみんなについてもある程度教えてあげる。色んな戦闘スタイルを知っておいた方が、この後も役に立つかもしれないからね」
確かに人の戦いを知るというのも大事なことだ。特にこれから新たな武術を作るというのだから、知識を持つに越したことは無い。既に昼食は食べ終えているが、休憩ついでにと桜による説明が始まった。




