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「はぁっ!!!」


 掛け声と共に地面から巨大な火柱が上がった。

 その火柱は地面へ向けて垂直に落ちていく夜一の丁度背面、組み付かれている敵にギリギリ当たるかどうかの所から立ち昇っている。だが敵は背中を焼かれているだろうに拘束を緩める気配は全く無い。何という胆力だろうか。

 しかし夜一の目的は火柱を直接ぶつける事だけでは無かった。巨大な火柱はそれだけで強烈な熱風とともに上昇気流を作り出した。この風に煽られた事で、落下速度は急激に減速し二人の姿勢が崩れる。

 夜一はこの一瞬の隙を付いて拘束を抜けるとそのまま相手に回し蹴りを放つ。敵は地面に打ち付けられ夜一はやや距離を置いた位置に着地する。

 相手は倒れ空を見つめたまま動かない、かと思えば勢い良く立ち上がり戦闘の構えを取る。頭巾が取れ、相手の顔がはっきり見えた所で夜一は息を漏らし話しかける。


「お前は相変わらずだな……少しは加減をしてくれよ、佐綾」


「お久しぶりです夜一さん。お元気そうでなによりです」


 今しがた夜一が闘っていた相手の名は中篠佐綾なかしのさあやという少女で、夜一と同じ組織に属し志を同じくする忍者だ。

 普段は大人しめなのだがいざ闘いとなると途端に雰囲気が変わる。そんな少女は夜一がここに来る度に手合わせを申し出てくるのだが、今回みたいに不意打ち紛いの事をしてくる事もあるのだ。


「っていうかお前また腕を上げたな。もう俺なんかよりも……」


「あ、すいません。その前に避けて下さい」


 言われ咄嗟に後ろへ跳ぶと、その瞬間と何かが落ちてきた。見ると先程真っ二つに折れた太刀の刀身だった。

 先程空を見つめていたのは、忍術で上空の気流を操作してこの刀身を誘導していたのだろう。先読みも術の制御も一流だ。


「……言われるまで気づかなかったぞ」


「ご謙遜を。それに戦闘中であればすぐに勘付いていたことでしょう」


「別に謙遜なんかじゃ……まぁいいか。遅くなってしまってすまない。来る途中に少々込み入った事情が出来てしまってな」


「それは夜一さんが来られた方角から感じる、只ならぬ気配の事と何か関係があるのですか?」


「流石に気付いていたか。ということは澄佳もこの事は知っているな?」


「はい。姉さんは私よりも先に、日が沈む前には気付いていたみたいですよ」


「良かった。それなら話が早い。今呼んでくるから少し待っててくれないか」


「分かりました……呼んでくる?」


 佐綾が質問するよりも早く夜一は駆け出していた。呼び出すというからには会話が通じる相手なのだろうが、気配から察するに間違いなく魔獣の類だと推察している。

 しかし夜一が言うのであれば何も問題はないだろうとすぐに思考を放棄する。そして先ほど折ってしまった太刀を見て何かに利用できないかと思案する。

 佐綾は戦闘に関わる事は積極的に考えるのだが、それ以外の事となるとあまり深く考えない事が多い。夜一が戻ってくるまでじっと太刀を見つめているだろう。



「すまない。待たせてしまったな」


「いや、それはいいのだが……この先には仲間がいるのだろう?なにやら争っていたようだが」


「ああ、いや。気にしないでくれ。稽古の一環みたいなものなんだ。ちょっといきすぎだが……それよりも向こうに話は伝わってるみたいだ。俺に付いて来てくれ」


「もう知られているのか。情報網もすごいのだな」


 そうして夜一達は森を進んでいく。最初に行った通りジグザグに進んでいかないと、佐綾が仕掛けていたトラップが発動してしまう為一人の時よりも時間は掛かってしまうが、それでも十分もかからずに佐綾の元へ着いた。


「佐綾、戻ったぞ」


「お待ちしてました。まさか本当に魔獣とは少し驚きましたが……そういう事で良いんですね?」


「そうだ。きちんと俺達の事を話して理解してくれた協力者だ。紹介しよう……」


 そこで夜一は口を噤んだ。何かに気付いたように。


「……?どうしたんですか?」


「いや、その……なぁ。あんた名前はなんて言うんだ?」


「俺には名前なんてものは無い。必要なかったからな。そういえば俺もお前の名前を聞いていないぞ?」


「お二人……と言っていいのでしょうか。まさか自己紹介もしていなかったのですか?」


 これには佐綾も呆れた表情を見せる。


「いや、そういう訳じゃ……俺達は熱く語り合って互いに理解を深めたんだ。そう、名乗る必要なんて無かったんだよ」


「他に誰も居なかったから名前がなくても不便が無かったんでしょうけど今後困りますよ。私は中篠佐綾と言います。こちらのちょっとお間抜けな人は阿手夜一さんです。あなたのお名前に関しては後々考えるとして、まず私達の家に向かいましょう」


「おま、間抜けって、ちょっと待てって!」


 二人は互いに皮肉を言いあいながらも楽しそうに歩いて行く。そんな二人の背中を見つめながら名も無き魔獣は後を付いて行く。

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