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夜一と魔獣の一人と一匹は、未だ国外にある森の中を歩いていた。ただでさえ木々に遮られさして日は差していなかったのだが、すっかり日が沈んだ今ではほとんど視界がきかない。
にも関わらず足元をとられる事もなく黙々と歩き続ける。日没までには到着する予定だったのだが、道が以前より険しくなっていたことや魔獣との話し合い、そしてその魔獣からの情報で、目的地までの最短ルートには今別の魔獣達が縄張りを作っていて危険であることを知らされた。
やむなく迂回している為、予定の時間を大幅に過ぎてしまった。仲間との定時連絡は重要項目である為、場合によっては糾弾される可能性もあるが、今回の情報は組織にとっても重要な物であるのは確かなのでそれで何とか許して貰いたい
。そうこうしている間に目的地近辺にまで来ていた。夜一は立ち止まりここ数時間口を開いていない相手に話しかける。
「もうすぐ目的地に着くんだが……歩かせっぱなしなところ申し訳ないが少しここで待っててくれないか?」
「俺の事を事前に仲間に知らせておくのだろう?いきなり行ってはパニックになるからな」
「それもそうなんだが……まぁそんなところだ。なるべく早く終わらせて来るから何かあってもここから動かないでくれ」
「……?分かった」
歯切れの悪い言葉だがここは素直に従っておく。何か面倒な仕来りでもあるのだろうか、夜一はなんとも言えない表情をしていたがすぐに気を引き締めて駈け出した。
そして夜一が姿を消してから数分。森の奥からは風切り音や剣戟音、果てには爆発や火柱まで見える始末だ。
「一体何が起きているんだ……?」
夜一は音も無く森を駈ける。途中をジグザグに走り何度も方向転換をするがその目に迷いは無い。駈け出してから一分経つかという所で急に動きを止め周囲を警戒する。
しばしその場で待つが何も起きない。だが夜一は確信している。必ずこの辺りにあいつがいる。場所の特定こそ出来ないが確実にその気配が
「ふっ!」
鋭く息を吐き背後に向け小太刀を二度振るう。小太刀は背後から飛来した二本の小型のナイフを正確に打ち落としたが、それで終わりではない。
今度は左から続けざまにナイフが三本、一つを打ち落とし二本は体をそらして躱す。その後も休む間もなく周囲から様々な物が飛来する。
ナイフ、鉛球、石ころ、木の枝、動物の骨、見ただけでは何なのか判別できない液体等、あらゆるものが夜一を目掛けて襲いかかる。その全てはまともに直撃すれば怪我どころでは済まされない威力を持っていた。
それら全てを打ち払い、躱し、忍術で焼き払いながら対処していく。不用意に跳んでしまうと逃げ道が無くなってしまう為、絶対に宙には逃げない。捌きながら少しづつ後退し、背後にある木に近づいていく。
近づくにつれ木が遮蔽物になり、そちらからの飛び道具の数は減っていく。だが後方からの攻撃が減った分前方の物量は更に増していく。タイミングを見計らい、捌ききることが出来なくなる直前で木の裏側まで一気に飛び込む。
しかしそこには罠が仕掛けられていた。夜一が回り込み地に足をついた瞬間、強烈な音と光が放たれた。
後ろは飛び道具の嵐、逃げ道は上しか無い。耳に若干のダメージを受けたが目は守れた。跳び上がり下を見下ろすと爆発の様子は無い。殺傷目的ではなく足止め、という事は間違いなく追撃が来る。
そう予想すると同時に、罠とは丁度反対側の木陰から出てくる一つの影が見えた。頭巾を目深に被り表情は見えないが、その手には太刀を構えている。
「はぁっ!」
影は気合一閃、夜一に斬りかかる。夜一は空中でなんとか体制を立て直し小太刀を構え直す。そのまま重力に身を任せ落下しながら、跳びかかってくる太刀と刃を交えた。落下速度を伴った強力な一撃であればそうそう打ち負ける事は無い。
だが夜一は小太刀を構えた姿勢から再度空へ打ち上げられてしまう。このままでは相手の方が先に着地する為、自分の着地際の隙を狙われてしまう。
しかし予想に反して相手は再度跳びかかってきた。再度互いの武器が交差した瞬間相手の太刀が真っ二つに折れる。
相手の一撃を受けるために込めた力の行く先を失い、体制を崩した夜一は相手に背後を取られ組み付かれてしまった。このままの姿勢で落下すれば頭から地面に衝突してしまうが、圧倒的不利な体勢のためぬけ出すことが出来ない。
「こうなったら……!」
夜一は目を閉じ全神経を自らの内側へ向け集中する。術の制御があまり得意では無いため大規模な術は使わないのだが、四の五の言っている暇はない。
背後の敵はこちらの様子の変化に気付いたようだが夜一の体を固定する力を緩める様子はない。より一層締め付ける力を強めてくるが最低限の抵抗だけを行い、術の発動へ意識を向け渾身の力を込め術を発動する。




