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飛鳥馬を送り出したサキコは再び会場の様子を伺う。公人が魔法を使いだした事には驚いたが、しかしそれだけである。それで佐綾を倒してくれれば良かったのだが、やはりそう簡単ではない。
手を抜いている癖に、しっかりと魔法に対応し始めているのだ。このままいけば佐綾は勝つだろう。
だが今となってはそれでも良い。予想以上に公人が善戦してくれているおかげで、佐綾は消耗しつつある。僅かながらサキコが回復する時間も稼げた。後はタイミングを見計らい、奇襲をかければ一掃出来るだろう。
チャンスを確実にものにする為に、あともう少し。もう少しだけ公人には頑張って貰いたい。
「はぁ……はぁ……」
「……ふぅ」
長きに渡り繰り広げられた公人の戦いは、間もなく終えようとしている。流石の公人も魔力が尽きかけており、気を抜けば意識を手放してしまいかねない。
対する佐綾も炎弾による火傷や、敢えて公人の攻撃を避けずに捨て身の攻めをしていたため、既に満身創痍だった。
しかしそれで十分。レイラはまだ起きていないが、グライフと澄佳は随分と回復していた。佐綾の状態を見るに、後は二人に任せてしまっても大丈夫だろう。
「どうやら、私の負けみたいですね」
その呟きは、どこか寂しそうだ。佐綾は終始楽しそうに戦っていた。戦いそのものが好きなのだろう。サキコの手によって無理やり戦わされているが、戦いそのものに嫌悪感はまるで無い。
「私の負けですが……公人さんとの勝負には勝たせてもらいます」
「俺が素直に勝負を受けると?」
「受けて貰いますよ。こうすれば、受けるしか無いでしょう?」
佐綾は公人へ向かって駆け出した。公人も限界が近づいており、まともに受けられるか分からない。本来ならば逃げに徹するべきだった。
しかしその手が封じられている事に、遅まきながら気付いた。公人の背後にはルネ達がいたのだ。これまで佐綾はルネ達に向かって攻撃していないが、次もしないとは限らない。
「これが最後です!」
「公人!逃げなさい!」
その叫びはルネのものだった。振り向くとルネは既に魔法の準備をしており、その後ろではレイラが手に魔力の槍を持ち力を溜めている。
レイラが結界を破るための時間を、ルネが稼ぐつもりだろう。ルネの目には覚悟の意思が宿っていた。魔力を吸われたルネの額には汗が滲んでいたが、公人にもそれを気にするほどの余裕は無い。
ルネの指示通り公人は佐綾から逃げる事を選択する。佐綾は最初からルネ達を狙うつもりは無かったのだろう、迷う事なく公人を追いかける。
その佐綾の動きを、ルネの魔法が抑える。魔力を吸われているとは言え、公人よりも多彩かつ大規模な魔法の数々は、佐綾を決して近づけさせない。
「レイラさん!後はお願いします!」
「分かってるわ!もう少し……」
レイラが限界ギリギリまで魔力を集中すると、次第に手に持つ槍が禍々しさを帯びていく。サキコの攻撃と相殺した時の攻撃よりも、威力は大幅に増しているだろう。これならば結界も破壊できる。誰もがそう思った瞬間だった。
「そうはさせないわよ」
突如としてサキコがレイラの背後に現れた。気づいた時には既に遅く、サキコの腕がレイラを貫く。
「……がはっ」
「ふふふ。本当に有り難いわ。貴方達が頑張ってくれたおかげで、こんなにも楽が出来るんだもの」
レイラが手に持っていた槍は徐々に力を弱めていく。そしてサキコの力が増していくのが、目に見えて分かった。サキコはレイラの魔力を奪っているのだ。
公人とルネが魔法を放つが、それも軽々と防がれてしまう。もはや手遅れなのかと諦めかけた時、遠くから大声が響いた。
「貴様ら!死にたくなくばここから失せろ!」
「レイラ!構わず打て!後は俺らが何とかしてやる!」
大声と同時に上空、結界の外の空一面は黒く染まった。そして二つの影が現れると、一部の観客が騒ぎ出す。
「あれは……鬼と天狗!?本当にいたのか!」
「どういう事だよ?あいつら何者なんだ?」
「死にたくなくば失せろと言ったのだ!」
天狗は叫びつつ周囲に魔力を放ち、爆発を引き起こす。それを見た観客たちは我を忘れて会場を後にしていく。
それと同時に、レイラは残された力を再び槍に込めた。サキコはそれを許さないとばかりに、再びレイラの魔力を奪おうとするが、突如として周囲に火柱が立ち上る。
「また……そうやって邪魔をする!」
「サキコ!貴様は私が殺す!」
観客がいなくなると同時に、佐綾は全力で忍術を使い、サキコに肉薄する。しかしいくら全力とは言え、佐綾の身体は既に限界に近い。あと一歩の所で届かず、サキコの魔力を浴びた佐綾は血を吐き倒れた。
サキコと佐綾の一瞬の攻防は、十分な時間を稼いでいた。佐綾が血を吐き倒れるのを、歯を食いしばりながら見ていたレイラは、結界目掛けて槍を投げる。槍が結界に直撃するのと同時に、結界の外側を鬼が全力で殴る。内と外の両側からの力に、結界は耐え切れず破壊された。




