198
桜は目を閉じ、最後の瞬間を待った。とても長い時間が流れたように感じる。人は死の間際に走馬灯を見ると言うが、特にこれといった情景は思い浮かばない。最後だと言うのに思い出の一つも浮かばないとは、碌でもない人生だったという事か。
「最後にもう一回くらい、会いたかったな……」
「その言葉、あの朴念仁に直接言うが良いぞ」
桜の視界を覆うように立ち塞がっていた神霊種の使いが、突如として崩れ落ちた。まるでガラクタの様になってしまった神霊種の使いを踏みつけ、その人物は桜に語りかける。
「こんな良い女を放っておいて、あの男はどこをほっつき歩いているやら。この老いぼれに色男の役は、ちと荷が重いわい」
「区長……」
区長は一体どうやって神霊種の使いを倒したのか。それよりも、いつの間に近づいていたのか。突然の事に桜は混乱していた。
「どうやって倒したか不思議か?飛鳥馬が出来る事を、儂が出来ない道理があるか?」
「すげぇ!流石飛鳥馬の親父さんだぜ!」
「あれが人類種で初めて闘技祭を勝ち抜いた男か!」
「……思わず飛び出してしまったが、凄い盛り上がりじゃのう」
区長はにこやかに観衆へ向けて手を振り、その場は更に盛り上がりを見せる。そこでようやく桜は我に返った。
「区長、ありがとうございます。ですが、すぐにこの場を離れましょう。今は少しでも遠くへ……」
少しでも遠くへ、出来れば神霊種区の外へ出ている事が望ましい。
何故ならそれは、神霊種の使いを倒してしまったからだ。この場に居る者も何故桜が戦っていたのか、いきさつを知っている者は多くは無いだろう。
原因が人造種側にあったとは言え、神霊種区のルールでは桜に非があったという判断が下されているのだ。多くの証人がいればまだしも、現状では人造種が非を認めない限り神霊種も判断を覆す事は無いだろう。
一刻も早く外へ。幸い少し走れば人類種区という場所だ。桜は区長を促し、人類種区へと急ぐ。
しかしその直後、一瞬の後に世界が暗くなった。空を見ると、突如として雷雲が立ち込めている。
「区長!逃げて!」
「……いい加減、死んでくれませんか?」
「相変わらず物騒ね……貴女には個人的にも恨みがあるし、そう簡単には死んであげないわよ」
佐綾は既に十数分もの間、サキコの身体を燃やし続けていた。徐々に弱っていくそぶりを見せるサキコだが、一向に死ぬ気配は無い。
魔力の制御は完全に奪っているため、サキコは相変わらず身動きが取れない。しかしそのせいで魔力の消費に力を割けないでいる。予想以上の魔力量に時間がかかってしまっている。
時間からして澄佳の調査は既に終わっているだろう。しかし澄佳がこの場に現れないという事は、調査中に何かがあったか、もしくはこの場所に来れない理由がある。
澄佳の実力を考えれば後者である可能性が高い。恐らく扉が閉じられており、この地下空間の存在に気付けないのだ。そう考えていると、何者かがこの場に近づいてくる気配があった。
「姉さんじゃない……というかこれは……」
「どうやら貴女も狙われてるみたいよ?協力してここから出ましょうよ」
「雑魚の寄せ集め程度、協力する必要もありません。貴方がさっさと死んでくれれば十分です」
「そんなボロボロの身体でよく言うわね」
言い合いをしている間に部屋にぞろぞろと入ってきたのは、闘技祭でも見た神霊種の使いを模した人造種だった。一瞥すると、最低でも十体はいる。ここが人造種区の本拠地である事を考えれば、外にも更に控えている可能性がある。
しかし二人を取り囲む様に並んでからというものの、一向に手を出してくる様子は無い。
「私達のどっちかが死ぬまで見てるつもりかしら?」
「死ぬのは貴方です」
「……貴女二言目には死ね死ねって、他に何も言えないのかしら」
「死者に語る言葉はありません」
佐綾は更に炎の威力を上げる。それは自分の身体をも蝕む行為だが、もはや気にしてもいられない。サキコは会話の様子からしてまだ余裕がある様に見える。時間を与える事は得策では無いと判断したのだ。
遂に余裕の表情を消したサキコの悲鳴が響き渡る。それを見た人造種の雰囲気が変わった。間もなく決着が着くと判断し、臨戦体制になったのだ。
その瞬間、何の前触れも無く人造種のメインコンピュータが爆発した。凄まじい爆発は二人を吹き飛ばす。吹き飛ばされながらも周囲の状況を確認すると、天井には大きな穴が空いており空には暗雲が立ち込めていた。
更に追い打ちをかける様に、二人を取り囲んでいた人造種も次々に爆発を起こしていく。またも吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。幸いな事にこの大爆発にあっても、建物そのものは壊れていないようだった。
時間を掛けてはいけないという佐綾の判断は正しかった。だが間に合わなかった。サキコが何かをした訳では無く、外の事態が既に一つ進み状況が変わっていたのだ。その事に気付いた時、既に右腕にサキコの感触は無かった。
サキコは既に立ち上がり、間もなく空間転移によって姿を消す。
「待て!」
その言葉は瓦礫の中で虚しく木霊するだけだった。




