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会場の整備が着々と進み、間もなく人類種区と人造種区の試合が始まろうとしていた。リオンとセイジが戻ってきていない為、少し部屋が広くなった様に感じる。
「間もなく次の試合が始まろうとしていますが、その前にこの事は聞いておかなければならないでしょう。謎に包まれていた人類種区の代表者は、実は区長の息子である飛鳥馬さんだったという事ですが、本当でしょうか?」
「えぇ。私達もつい先程偶然会場で姿を見かけるまでは、本当に分かっていませんでした。変装していたというのもそうですが、その実力や雰囲気が以前の飛鳥馬さんと一線を画していたそうです。そして何故か多くの魔力を持っていたという事が、どうしても飛鳥馬さんと結びつかなかった原因ですね」
「そこなんですが、人類種が魔力を持つという事があるんですか?」
「人類種のみならず、全ての人や物には多かれ少なかれ魔力はあります。私も人類種にしては魔力が多いらしいんですが、ともあれ飛鳥馬さんは魔霊種もかくやと言う程でしたからね」
「そんなにですか。もしかしたら飛鳥馬さんは魔法を使えるなんて事は無いですよね?」
「……どうでしょうか。我々は魔力を持ちながらも魔法が使えないんですから、そこは飛鳥馬さんも同じじゃないですかね?多いというだけでどうにかなるとも思えませんし」
言われるまでその可能性を思いつかなかった事に反省しつつ、表面上は否定しておく。
通常ならば害になる程の魔力を持ちながらも試合に出てくるというのは、やせ我慢などではなく本当に魔力を制御している可能性が有る。むしろそう考える方が自然なのだ。
「それもそうですね。さぁ間もなく選手が入場してくる頃でしょう」
それ以上突っ込んで来なかった事に安堵しつつ、会場へと視線を向けるとすぐに神霊種の使い、もとい人類種区の代表が入場してくる。毎度の事ながら音も無く突如としてその場に現れるが、公人も観客達も既に慣れてしまっていた。
それから間を空けず飛鳥馬が入場してきた。もう正体を隠す必要は無いのか、昔使っていた道着姿だ。今しがたテレビで正体は飛鳥馬だと明かしたばかりだが、会場にいる観客達はその事を知らないため驚愕の声が上がっている。
「実際に見るまで半信半疑でしたが、公人さんの言う通り本当に飛鳥馬さんが出てきましたね。しかし以前と雰囲気が変わったというか、少し痩せましたかね?」
公人自身、飛鳥馬と最後に会ったのは三年近く前の事になる。その際は病み上がりという事もあり少し身体も大きかったのだが、それを抜きにしても今の飛鳥馬はかなり細身に見える。やはり魔力が身体を蝕んでいる可能性の方が高そうだった。
飛鳥馬は抜き身を左腕に引っさげて立っている。飛鳥馬の左腕は四年前の怪我により義手になっているが、今回の代表決定トーナメントでは左腕しか使わなかったという。
今もただ立っているだけなのに、観客席まで届く程の凄まじい威圧感がある。飛鳥馬は怪我のブランクがあるどころか、間違いなく昔よりも強くなっていた。
誰もがこの試合もひと波乱あると確信したところで、試合開始のブザーが鳴り響いた。
「……ずっとここに立ちたいと思ってたけどよぉ。いざ立ってみると感慨も何もねぇな」
飛鳥馬は呟き、ため息をつく。自身の夢の一つだったにも関わらず、感動の一つもない。
四年前の事件を機に、飛鳥馬は一度剣士の道を諦めかけた。苦しいリハビリを続けはしたが、多少は動くようになったという程度の左腕では公人にも勝てなかった。目は追い付いているのに、足は動くのに、腕が一本まともに動かないだけで多くの勝ちを落としてしまった。
そして飛鳥馬は一度、刀を手放した。勝てないのならば、戦う意味など無い。戦うことを捨て、旅をした。
まず向かったのは人造種区だった。戦うことを辞め腕のリハビリを疎かにした途端、左腕は全く動かなくなっていた。このままでは生活にすら支障をきたす為、義手を作りに来たのだ。
人造種区なのに何故か人類種の技師がいるという事だったので、その店へわざわざ赴いた。変わった爺さんだったが腕は確かで、見た目は無骨な機械なのに、まるで本物の腕の様に動かすことが出来た。爺さん曰く戦闘用の義手らしく、そうそう壊れないらしい。戦うことを辞めた飛鳥馬にとってはどうでも良かったが、頑丈というのはそれだけで利点であるためそのまま受け入れた。
その後は各区を気ままに歩き回り、やがて国内を歩き尽くした頃には遂に行く場所すら無くなった。覇気を無くした飛鳥馬はまるで亡霊の様ですらあった。




