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まったく。押し込めた坊やの意識がしつこく呼び掛けてくる。......確かにさ、身体の支配はさせてもらっているが、別に精神を封じ込めたって訳じゃない。俺の意識、考えは読めないようにしてあるが、それ以外の視覚とか聴覚とかはそのまんま。こうしておかないと、俺が離れた時に記憶が繋がんなかったら、やっぱり不安だろうからね。
しかし、だ。
「お前さんなー、俺が何者か解ってるか?」
『闇の精霊の、王』
俺の言葉が共通語だからだろうか、向こうから返ってくる思考も共通語。――そして、
......なのである。......これでも、と言うべきだろうか。いろんな意味で。
「あ、一応解ってるんだ。けど、それ解ってて俺に呼び掛けてくるなんて、随分といい度胸と言うか、神経太いと言うか......普通はさ、いきなり俺に精神に入り込まれて身体の自由を持っていかれたりしたら、恐怖のあまり小さくなってるもんじゃないかなー?」
『そうなんですか?俺、すごく落ち着いているんですけど......』
そう。こいつ、めちゃくちゃ落ち着いてやがる。
『心が安らぐ気がするんですが、これって変なんですか?』
と......
「......いや、まあね、確かに俺の司っている闇が象徴する感情は恐怖と安息だから、安らぐってのは変じゃないけどさ、順番としてはまず恐怖が先にくるんじゃないのかなー、こういう場合って。精神中に異物、それも闇の精霊王が入り込んでるんだぞ。その上、何の断りもなく身体の自由を奪われて......ちょっとは混乱してくれないと立場がなーあ......」
度々こういう事をやっているけど、驚愕するでもなく、パニックに陥るでもなく、すぐに反応が返って来た奴なんて初めてだ。
『はあ、そうなんですか。すみません』
......って、なんだかなー。調子狂うなー。
「......なんか、もういいや。ムダに疲れたって気がする。どーせ俺がここにいられるのなんてちょっとの間だからさ、静かに眠らせてくんない?」
『えっ?......あっ、はい。えっと、それは構いませんが......少しだけ、疑問をいいですか?』
「俺に答えられる事ならね」
非常に投げやりに言い捨てた俺に対して、坊やがつぶやいたのは――
『俺、召喚の際に何を間違えたんでしょうか?』
......ぎくっ。
「えーっと。別に何も、間違っちゃいなかったけど......」
『では、どうして貴方が来たのですか?俺が呼んだのは、もっと下級の精霊だったはずなんですけど......』
ぎくぎくぅっ。イタイところを突っ込んで来るねぇ。
さーて、何と答えよう。......正直に、白状しちゃってもいいのかな?
「うん。お前の声に応じて精霊界から招かれたのは、本当はうちの配下の、自我なんか持たないような下位の闇だったんだけどー......ヒマでしょーがなかったから、そいつと取って変わっちゃった」
語尾にはハートマークなカンジでそう、可愛く答えてみる。
......
あ、黙り込まれた。当然かも知れないけど。
一般に言う精霊のイメージと俺の意識って、自分で言うのもなんだけど、かなり隔たりがあるからねー。
けど、この世界の礎が精霊世界で、その上に物質世界が成り立っているっていう事なら、物質世界の住人である人間やら何やらに自我や個性があるように、自我を持たされてしまった一部の高位の精霊にだって個性が生じ、中には軽くて俗っぽい俺みたいなタイプが一人くらいいたって世界の理から外れていないと思うんだけどねぇ。
......そりゃ、俺だってさ、ここまで悟って勝手な事始めるまでには色々葛藤もあった訳で、創世の昔からこんなキャラクターしてたって事ではないが。
『あの......俺、上級の精霊と接点を持つの初めてなんですけど、上位精霊って皆こうなんですか?』
......こうって何だよ。こう、ってさ。いや、気持ちは解るけど。
「だったら世の中、もうちょっと楽しい事になってるってば。俺だけだよー、他に向けられた召喚の声を媒介に物質界に現れようなんて物好きは」
手をひらひらさせながら、そう笑ってみせる。言われた方にとっては別に面白くないだろうけど。
――ついでに、言ってる俺だって面白かないし。
「みんな何が楽しくて大人しく存在し続けてるんだか。......いや、そんな事すら考えてるのは俺だけなんだろうなぁ。――創世の主の定めし盟。世界の安定の為、神話の昔から精霊は存在し続ける。......ただ、それだけさ。神々の大戦で神話の時代が終わろうと――その後の物質界の混乱も、人間が中心の世界の訪れも、ただただ変化なく過ぎて行っているよ。......幾ら大きな力を与えられていようが、自分の意思で精霊界から出られる訳じゃないんなら、そんな力持っていたからって何になるって言うんだ?......いや、他の奴等はこんな事すら考える事もなく、形ばかりの自我を持って忠実にしているみたいだけど......俺はそんなの御免だね。――気が狂ってしまうよ」
そこまで一気に言い切って、ふっと我に返った。......うっわー......俺とした事が、こんな坊や相手に何を語っているんだか......日常に不満があり過ぎるからって、こんな......恥ずかしい奴だな、俺も。
と、思ったんだけど、返って来た反応は、まーた楽しいものだった。