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 退屈というものにも波がある。

 持続的に退屈が続く間にも、単に呆けている時間もあれば、退屈を持て余し、叫びたいくらい苛立っている瞬間とがある。

 まあ、どちらの時だって、暇つぶしのネタが見つかるのならそれに越した事はない。

 そう――その時、俺は非常に退屈していたのだ。


 呼び声は、俺に向けられた言葉ではなかった。

 それは俺よりも、ずっと力の弱い存在をこちらから向こう側へと呼び出そうとする行為。

 召喚者の声は何とも魅力的だった。

 声質が美しいとか、そういう話ではない。――力を感じるんだ。もっと大きな存在でも呼び出せるであろう干渉力と精神力とが通して伝わって来る。

 ――いいね。こいつは逸材だ。声自体の方もまだ幼さを残したハスキーな感じがあって、結構嫌いじゃない。

 ……運の悪い奴。

 呼び声を媒体にしてこちら側――精神世界である精霊界から向こう――物質世界へと抜け出す。

 ……呼ばれたのは俺じゃないんだけどね。ヒマをつぶそうにも外からの干渉無しには変化のない、時間の流れもないに等しいトコから出られない身の上なもんで、自由になる部分――自我って言っていいのかな? を働かせて無茶な事をやってみたりして。


 黒、ではない。

 現れたのは深い藍色の闇。

 空中に、一筋の霧として姿を現したその力は徐々に形を明らかにしていき――漆黒にも見える球体が人間の目の高さで止まっている。――これは、下位の闇の精霊が物質界でとる姿。

 ――精霊召喚、と呼ばれる術がある。召喚士――その中でも精霊使い、なんて呼ばれる者たちが操る術だ。

 まあ、術って言っても怪しげなモノではなく、この物質世界を構成する要素――精霊を、物質界の礎である精霊界……まあ、この辺の世界観ってヤツについては異論もあるけど長くなるので今は省略するとして……そこから呼び出し、こうして目に見える形で利用する技って言えば素人さんにも解りやすいかな。

 さてそんな、呼び出された精霊の目の前。とりあえず召喚に成功して安堵の表情を見せている召喚者は人間の、少年か青年か、判断に迷うくらいの坊や。……童顔なだけで子供扱いしたらいけないような年齢ってとこかなー。ま、なかなかかわいい子だね。

 しかし、別にまあ、顔もこの際関係ないんだ。なんの為に闇の力を呼び出したのかは知らないけど、遊びに付き合ってやるのもこんなもんで十分だろう。

 後はー……折角だから、それっぽいタイミングでも演出してあげましょっか。

「契約を――」

 精霊と対話する為の言葉で呼び掛けたその瞬間、目の前の精霊を制御できなくなったら怖いよね?

 ……実行してみたりして。

 と、言う事で。どうせ元から捕らわれたフリをしていただけなんで暴走を始める事にする。召喚者の声に呼応するように留まっていた闇が勢いよく膨れだし、彼の身体を包むように取り巻いて、身体に――精神中に入り込んで行って……パニックになっている意識を強引に押さえつける、と。

 すると、だ。どうなるかというと、倒れ込み、地面の上で何とか抵抗しようとのたうちまわっていた坊やが、すっと動きを止めて平然と上体を起こす。

 ……ただし、身体を動かしているのは彼ではなく、

「悪いね、坊や。少しの間この身体、貸してもらうよ」

 声に出してそう呼び掛ける。――これは、人間が使う共通語。

 ――これが、俺の退屈しのぎの方法だ。

 悪いけど、よっぽどの実力の持ち主だったとしても、俺の力を自在に使おうなんてのは、そうそう出来る事じゃない。かといって、そういう身の程知らずさんをどうするかといった時に、無闇に命を潰してもなんだし、一般的には精霊界に引き擦り込むものらしいけど、そんな事したって俺に何のメリットもないし……それならば、身体を貸してもらおうか、と考えた訳だ。

 ……なあんてね。

 そうは言うものの、俺の力を使おうなんて物好きは滅多にいないんで、被害に遭うのは大抵が、こーんな風にもっとささやかな精霊の力を借りようとした奴なんだけど。

 人生ってそういうもんだよ。……多分。

「んー、いい天気だなーっ」

 思い切り背伸びをしてから、ひとつあくびをする。天気は良いし、下はいい感じの草原だし、昼寝をするには絶好の日和だな。

 軽く、意識を周辺に飛ばす。

 ――ここは、街道から少し外れた場所ってところかな。ちょっと歩くと農村があり、しばらく歩けば宿場町もありそうだけど、周囲には人の気配はない。

 邪魔は、入らなそうだね。

 ごろりと地面に横になる。あー、あったかくって気持ちいいなあ。頬を撫ぜていく風が何ともいえないねぇ。

 穏やかに、眠気がやってくる。生身の身体、規則正しく繰り返される心臓の鼓動、そして……って、おい!

「……ひとが折角気持ちよーく眠りにつこうってのに、話し掛けてくんなよなー」

 煩わしさに耐え切れず、俺は思わず身体を起こした。


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