先輩と餓え3
『先輩と餓え3』
「ぅう……ううう……うぅう……ぅぅう……うぅ……」
放課後、部室の中。珍しく二人で某狩猟ゲームをやった翌日の事。
唐突に、先輩が唸りだした。
「どうしたんです?いきなり?」
奇人という言葉が良く似合う我が部の部長だけれど、いきなり唸りだしたことは今までにない。…………と、昨日考えた気がするので、これで二度目だ。
「あれ?」
先輩が不思議そうな目で見つめてくる。なんなのだろう?
「どうしたんですか?先輩」
「えっ、えっと……アオ君?」
「何です?」
「ぅう……ううう……うぅう……ぅぅう……うぅ……」
先輩がまた唸りだした。昨日から何なんだ、この人は。
「先輩、またお昼ご飯忘れたんですか?」
お腹がすいてるからこうなるのかな?
「い、いや……そうじゃなくてね」
慌てるように否定された。意味がわからない。
「じゃあ、どうしたんです?突然変な声出して」
「いや、えっと……ね?」
「はい」
「わからないかな?……ぅう……ううう……うぅう……ぅぅう……うぅ……」
また謎の唸り声だ。何だ、コレ。
「わかりませんね。まったく」
何かの暗号なのかな?
「わからない?そうか……。うん。そうなのか……」
よくわからないけど、先輩をがっかりさせてしまったらしい。ホントになんなのだろう……。相変わらず意図不明な人だ。
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「ええっとねぇ……。説明するとだよ」
「はい」
数瞬の気まずい空気を耐えきったあとに、先輩が口を開く。
ようやく解説してもらえるらしい。よかった。このまま永遠に考えていても答えが出る気なんてしなかった。
「恥ずかしながら、昨日の私は空腹で唸ってばかりいただろう?」
「そーですね」
自覚はあったのか。
「うっ……反応が冷たいな」
「そーですね」
あれだけめんどくさい状況に巻き込まれれば、誰でも冷たくなるんじゃないかな。
「むぅ……まぁいいや。で、アオ君、私が唸っているだけだったのに、私と会話できていただろう?」
ん?そんなことあったっけ?
「そーでしたっけ?」
「あれ?……えっと……ほら、アオ君が私に紅茶を淹れてくれる直前だよ」
紅茶?淹れる前?なんだっけ?
「えーと……」
「私が『う』と『ぅ』だけしか言っていなかったのに、アオ君はちゃんと私の希望通りのものを淹れてくれたじゃないか」
そんなこともあったかもしれない。昨日の事はそんなに細かくまで覚えていないけど。まぁ、どうでもいいか。
「そーですね」
「なんか、適当に聞き流してないか?アオ君」
じっ。そんな擬音が聞こえてくるような目で睨まれた。
「ソ、ソンナコトナイデスヨ」
「何で急にカタコトになるのかな?」
なんででしょうね。答えませんけど。
「……まぁいいや。でね、アオ君が私の注文を聞いてくれたときの事なんだけど……」
「はい」
あの時は…………アールグレイを淹れたんだっけ?よしよし、思い出してきたぞ。
「アオ君が、ダージリンを淹れてくれたんだけどね?」
「……………………。」
違った。なんでこんなに覚えてないんだ。
「その時、私は…………」
「はい」
まぁいい。話を聞こう。
「その時、私は、モールス信号を使っていたんだよ」
「…………はい?」
なにか、とんでもないことを聞いた気がする。
「モールス信号を使っていたんだよ」
「いや、言い直さなくて良いですから。別に聞き取れなかったわけじゃなくてですね」
「そうか」
「はい……えっ、えっと……」
予想外の事に、頭が回らない。
「どうかしたかい?アオ君」
「はい、えっと…………え?」
なんなんだ、この人。
「えっと……先輩」
「なにかな、アオ君」
なにかな、じゃない。こっちが聞きたい。
「先輩は、えっと、モールス信号を使ったって言いましたよね?」
「うん。そうだね」
そうだね、じゃない。
「昨日、突っ伏していた時に?」
「うん。そうだよ?」
そうだよ?じゃない。
「一ミリも動けない!みたいな感じだった時に、ですよね?」
「うん。そう見えてたのかな」
あの状態の先輩は、凄くめんどくさかったのに。
「そうですね。はい。」
「そうか。まぁ実際にそんな感じだったのかもしれないね」
軽く流されるなんて。
「そうですね」
「そうだね」
…………。
「先輩」
「どうしたの?アオ君」
「一言、言って良いですか?」
「何かな?アオ君」
無駄なところで、無駄に頭を使っていたなんて!
「バカなんですか!先輩は!」
「酷いっ!」
その日のゲーム、僕は直前にバカと罵った相手に、ボロ負けだった。