先輩と愛
『先輩と愛』
「愛とは何なのだろうな?」
放課後、部室の中。いつものようにリバーシをやっているときの事。唐突に、先輩がそう言った。
切れ長の、少し吊り気味の瞳。すらりと通った鼻筋。瑞々しい輝きを放ちながらぷるんと揺れる唇。それらを完璧なポジションで配置された純白の肌を囲むは、漆黒のストレートヘアー。腰の中ほどまで延ばされたソレには欠片ほどの痛みも存在せず、艶やかに、天井から降り注ぐ安っぽい蛍光灯の光を受けて輝いている。
『双葉紅葉』先輩。ココ、〝アナ研″の二年生部長だ。
四月下旬に行われた部活動紹介で僕の心を射抜いた、憧れの人。
そんな人に僕は今、問われた。
〝愛とは何か″を。
勿論、僕の答えはこうだ。
「何か悪いものでも食べたんですか?」
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「…………………………。」
「……………………。」
静寂。
「…………流石に酷くないか?」
綺麗な顔を歪ませて、先輩が言う。
「何がですか?」
「いや、君の反応が、だよ。」
「そうですか?いたって正常なものかと。」
どこもおかしいところなんて無かったはずだ。
「そうか、それなら、良い。」
「そうですか。」
やや納得していない様な顔で、先輩が言葉とともに、黒い石を置く。
次は僕の手番だけど、既に八割方勝負の付いている盤面は、ほとんど先輩の黒に染まっている。ココで間違えると、もう勝機は無さそうだ。
熟考してから指すべきだろう。
「……………………。」
「…………………………。」
熟考。先輩が何やら言いたそうな顔で見てくる。気が散る。
「……………………。」
「…………………………。」
熟考。先輩がそわそわしている。落ち着け。
「……………………。」
「…………………………。」
熟考。熟考。熟考。
「……………………。」
「愛とは……何なのだろうな…………」
「仕切りなおさないでください。」
ピシャリ。僕の純白が先輩の闇を染め返す。
「うぅ…………。良いじゃないか!私が愛を語ったらおかしいとでもいうのか!」
即座に置かれる黒の軍勢。考察時間ゼロの反撃。
「おかしいとまでは言いませんけど…………」
「言わないけど、何?」
「変です。」
「言ってるじゃないかっ!」
僕が切り返しと同時に置く白と、ノータイムで置かれる黒。
今日も今日とて、盤面は黒が支配し尽くした。