階段の中の私
短編小説第一号です。
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「行ってきまーす。」
午前6時25分、いってらっしゃいと言う母を背中で感じながら玄関のドアを開けて外へ出る。壁で六方を塞いでなお部屋を侵食する冬の寒さを肌で感じ、思わずうつむいて首に巻いてあるマフラーに鼻まで沈める。まさかジャージを履くわけにもいかない下半身は下着とタイツとローファー。内股をぴたりとくっつけて待つこと数分、上の階からドアが開く音が聞こえる。
カンカンカンと金属の階段で小気味良い音が聞こえ、彼が降りてくるのがわかる。
階段の裏側で彼の気配を目で追うと、視線が水平に近づくにつれてサビで茶色くなった階段の隙間に向こう側がひらけくる。靴、裾、膝裏、オシリ、背中と肩にかけた鞄、紺色のマフラーそしてワックスで整えられた短めの黒髪。
かがんでも背を伸ばしてもちょうど顔の辺りに一段あるため表情は見えない。見えないとわかっていて、彼の背中が外塀で見えなくなるまで爪先立ちのまま見送る。
ふぅ。鼻先を赤くしながらもどこか満足げな表情を浮かべるのだった。
キッカケは、たまたま目が覚めて早めに家を出たタイミングで彼が降りてきただけ、だと思う。一週間ちょい経って似たようなことがあって、日を置いてまたあって。
私は朝に強くない。一時間くらい二度寝するのが日課だった。でもなんでか、好奇心だろうか、勝負しているわけでもあるまいし、他の人が外に出始める前の雰囲気が好きなんだろうか? とにかく最近はよくあの時間に外に出る。別に授業で眠くなるわけでもないし、朝ごはんをちゃんと食べれるし、朝練する人の掛け声が静かに響く教室で気ままに過ごすのも楽しい。早起きは三文の徳というのが実感できる。早起きって素晴らしい。
「行ってきまーす。」
いつもどおりの時間に外に出ると相変わらずの冷たい風が待っていた。布団から出るのはだいぶ楽になったが、こちらはまだ難しいようだ。流れ落ちようとする鼻水をすすりながら耳を澄ましでいるとお隣さんが出てきた。
「あ、おはようございます。」
「あら、おはよう。今日は早いね~。誰か待ってるの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど・・・」
二言三言声を交わして、それじゃあねとお隣さんは出かけていった。朝にほとんど顔を合わせることが無いのは、普段の私なら今から一時間近く遅れて出るからだろう。むしろ今日はお隣さんが早いんじゃないだろうか。
不意に背中が押される。あまりに驚いて変な声が出てしまいながらもあわてて飛びのいて振り返ると家から弟が出てきていた。
「あれ?おねーちゃんまだいたの? 遅刻するよー?」と言い残してさっさと通学路へ向かっていった。もしやと携帯を取り出すと時刻は7時を回っていた。まだ余裕で間に合う時間だが、彼はまだ降りてきていない。
「30分も経っていたなんて」
急に寒さを感じはじめたので学校へ向かった。
翌日もその翌日も、翌週の頭も彼が降りてくることは無かった。
時間を早めにしたのだろうかとさらに30分早く出てみたが意味は無く、お隣さんに挨拶をして家に戻り朝食をとって登校した。
次の日も次の日も。理由を聞かれてもなんとなくとしか答えられず、風邪を引くから中に入りなさいと母から注意されても外で待っていた。
今日は雨。直接当たりはしないが細かいしぶきが風に乗って身体に張り付いてくる。体温が奪われる。最近はすごく冷え込む。テレビで予報を観てて、最低気温とかは前と変わらないけど寒い。待っているのが辛い。寒い。顔をうずめたマフラーにも水滴が付いていて気持ちが悪かった。
もうやめようかな。学校休んじゃおうか。足寒いし、ジャージ履いちゃおうか。
なんでこんなことしてるんだろう。彼が降りてこないから何なんなんだろう。
心配してるの?話したことも無いのに。不戦勝が気に食わないの?勝負なんてしてない。他に興味があるのを見つければいいじゃん?興味とか、そんなんじゃない。
不意に背中のドアからノックが聞こえた。避けると母が出てきた。
雨音に混じって聞いてきた。
何があったの?
「なにも、ない。」
どうかしたの?
「わからない。けど、何か違う・・・」なぜか声が小さくなった。
早起きして偉いね。何かあるの?
「なにも・・・」
言葉に詰まってしまった。続きを口にすることで何かが終わってしまう気がした。
「・・・なに、も・・・」
胸が締め付けられて苦しい。何もないと頭でわかっている。しかし言葉にできない、伝えられない、了承できない、受け入れられない。
ただ、朝出かける時間を向こうよりちょっと早くしただけ。
ただ、ちょっとだけ待って向こうが降りてくるのを待っていただけ。
ただ、彼の後ろ姿を見てきただけ。
向こうは気付いていないけど、確かに共通の時間がそこにはあった。
いつもどおりの時間がそこには実在した。ただただ、いつもどおりが欲しかった!頭がおかしいのかもしれないけど、彼がいないとこんなにも不安で、窮屈で、世界は無色なんだ。
気付いたら既に留まる事が限界だった涙はポロポロと溢れ出して、母が優しく肩を引き寄せてくれた。
「行ってきます。」
昨日泣いてすっきりした私は今までどおりに家を出た。外は雪が舞っており、キラキラと輝いている透明感のある地面はきっと凍っている。
2つはっきりした。1つは、私はここで彼を待っているということ。2つめは、リズムは大切ということ。今日は10分待ってこなかったら先に行っちゃおう。宿題はちゃんと持ったかな・・・
ガチャ・・・・パタン。 カチャカチャ・・・カチャン。
!!!?!
「うっえあっっ・・・」中身を確認しようと抱えなおした鞄に手をつっこんだまま硬直。
カン、カン、カン・・・
久しぶりに聞く足音は妙に遅く慎重で、もしかして他の人かと疑ったが見慣れた靴が目に入った瞬間鼓動が跳ね上がり、そのまま心拍数が一気に上昇する。いつもどおり徐々にあらわになっていく彼に合わせるように、私の体温も少しずつ、少しずつ、噛み締めるように高まっていった。
しかしあと3段というところで彼は足を滑らせ、ゴワンと階段をうならせた。
私は急転直下、サーッと血の気が引くのを感じたが動けず息をひそめていた。「あいててて・・・」とオシリをさすりながら手すりに手をかけて起き上がり、数歩歩いて体の具合を確かめる。やがて痛みが引いたのか、振り返って鞄を手に取る。と、そこで彼は私に気付いた。
「あ・・・」
彼が一瞬固まって、そのまま上体を起こしたと思ったら横へ歩き、こめかみらへんを指で掻きながらこちらに姿を見せた。はっきりとは聞こえない声量で話しかけてくる。
「あの・・・あんま言わんでな?今見たこと。 気をつけてたんやけどダメなん・・・」
「あっ、あっあっ、はいっ! はいっ!言いますむ!」
あ、噛んだ。西日本出身なんだろうか。眼鏡。私のこの格好、マヌケ。背、高い。優しそう。噛んだ!?はずかしっ!関西かな。最近どうしてたの?顔、熱い。年上、だよね。恥ずかしがってる。
激しい運動をした直後のような鼓動をおさめるすべもなく、胸が苦しくなっていく。頭の中は飽和状態で目の奥がふわふわして、なんだかもう、どうにかなりそう。
「あはは、平気?脅してるわけやないから。 それじゃあもう行くけど、行かんの?」
パニックな私はとりあえずつっかえながらも「はい」と答えた。
それをどうとったのか、「それじゃいこっか。」とこちらに笑顔を向ける彼。
いつもと違う、何の隔たりもない彼の背中は広く、世界は鮮やかで・・・
向こう側でなくなった彼の背中を少し後ろに下がって見つめて・・・
ふぅ。鼻の先だけでなく耳の先まで真っ赤に染めてながらも、私は満足げに笑った。
「あの!・・・最近、何かあったんですか?」
「う~ん。そう。インフルエンザ。」
一言で構いません!
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