一話
今、私の目の前には見ず知らずの少女が立っている。
その少女は、なんていうか、少し大人びた感じだ。
腰まである長い髪は栗色で、軽くウェーブがかかっている。
目は薄く緑がかった灰色と言うのか、透き通った薄い緑と言った感じだ。
日本人離れしたその少女は、私をずっと見たまま目を逸らさない。
私はなぜ自分がこのような状況に置かれているのかを、働かない頭で考えた。
まず、私は顔を洗うために洗面所に向かった。
鏡を見た。
そして現在に至る。
明らかに何かおかしい。
いや、すべてがおかしい。
私が鏡を見た瞬間に少女は現れた。
ということは、鏡の中の少女は私だ。
しかし私はもう少女ではないし、言うまでもなく生粋の日本人だ。
しばらく考えた結果、これは夢だという結論に行き着いた。
まさか自分がすることになるなんて、と思ったが、試しに頬をつねってみる。
漫画などではよくあることだ。
普通に痛い。
とうとう私は頭をおかしくしてしまったようだ。
とりあえず、二度寝をすることにした。
「アリサ!起きて!」
私がしばらくベッドでうたた寝をしていると、突然甲高い声がした。
これは夢だと信じたいが、彼女が私の腕を引っ張る感触は本物だ。
「うるさいなあ……。誰?」
私は目を擦りながらその少女に向かって言った。
「もう!何寝ぼけているの?私はアリサの双子のお姉ちゃんのアリスでしょ!?」
アリス。そう名乗った少女は確かにかの有名なアリスの格好をしていた。
ブロンドの髪に青い瞳。
白と水色のエプロンワンピース。
そして、頭に付けた少し大きめの黒いリボン。
間違いなくあのアリスだ。
リボンはこんなに大きく無かった気もするが。
「今日は赤頭巾ちゃんと一緒に遊ぶ約束でしょ?早くしないと遅れちゃう!」
「赤頭巾!?」
もしかして、その赤頭巾とやらも、あの有名な赤頭巾なのだろうか。
私が固まっていると、アリスは手足をバタバタ動かしながら私にしつこく起きるように言った。彼女があまりにもうるさいので、私は仕方なく起き、アリスの後をついて行った。
階段を下り一階に行くと、一人分の朝食が用意されていた。
両親と思わしき人がいないので、そのことをアリスに尋ねると、彼女は不思議そうな顔をし、私の質問には答え無かった。
「早く食べて!もっと急いでよ!」
「はいはい。」
私は出来るだけ急いで朝食を食べているつもりだったが、彼女に言わせてみればまだまだ遅いようだ。
私は食事のスピードをいつもより二倍速くした。
朝食を食べ終えた私はアリスに促さられるまま、クローゼットに直行した。部屋の間取りや家具の位置は不思議と私の家と同じだったので、迷うことは無かった。
服はアリスが自分の服と色違いのものを着ろと言うので、私はそれに従った。
やや落ち着いた緑のワンピースの上にアリスと同じ白いエプロン。
頭にリボンを付けるのは少し気が引けたが、今はアリスの双子の妹『アリサ』の姿なので大丈夫だ。
準備が整い、私達は出掛けた。
なぜ私が赤頭巾とやらと遊ばなければいけないのかは知らないが、今私がしなければならないことは、出来るだけこの世界の情報を多く集めることだ。
そのためだと言うのならお安いご用だ。
「アリサ、今日なんか変じゃない?顔色が悪いわ。」
アリスが心配した様子でこちらを覗き込む。
そりゃ、朝起きて自分がいきなりまったく違う姿になって、しかも違う世界に来ちゃったみたいなことになったら顔色の一つや二つ悪くなるわ、とは流石に言えなかった。
しばらく歩くこと数十分、なにやら赤いものが見えてきた。
「あ、赤頭巾ちゃんだ!おーい!」
アリスはその赤いものに向かって手を振る。
すると、赤いものも手を振り替えしてきた。
やはり、赤頭巾ちゃんのようだ。
アリスが赤頭巾の方へ駆けて行ったので、私もそれに続く。
「遅くなってごめんね赤頭巾ちゃん!ほら、アリサも謝って!」
「あ、ごめんね…。」
何が楽しくて初対面の人に謝らなければいけないのだ。
「ううん、全然待ってないから大丈夫だよ!それで、今日は何して遊ぶ?」
今から決めるのかい。
「うーん……かくれんぼとか?アリサは何が良い?」
「あ、じゃあ私もかくれんぼで良いや。」
「じゃあかくれんぼで決まりね!鬼は誰にする?」
こういう時はじゃんけんが主流だが、もしアリス達がじゃんけんを知らなくて、また不思議そうな顔をされたんじゃ溜まったもんじゃない。
不審がられてしまう。
ルールを教えるのも面倒だ。
「私が鬼で良いよ。」
「あら、良いの?アリサちゃん。じゃあこの木で三十数えてね。行こうアリスちゃん!」
私は数を数える。
まるで子供時代に戻ったようだった。
いーち にーい さーん しーい ごーお ろーく……………
そこで目を覚ました。
まったく、妙な夢を見たものだ。
おそらく夢中夢といったものだったのだろう。
夢の中では焦っていたが、夢だとわかった今、私は大いに安堵した。
しかし、なにかひっかかるものがある。
それが何がはわからないが、とりあえず、顔を洗ってくるとしよう。
洗面所の鏡を見て唖然とした。
そこに写っていたのはいつも通りの私だったが、私の頭には少し大きめの黒いリボンがついていた。
まあ、こんな感じの話です。