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一人のサムライ@関西  作者: しゃくとりむし
第3章 剣術
3/4

剣術の使い手

森島倫正は侍である。しかも、剣術の達人であったかも。

その過去が明らかになる。


コメデイ風、関西弁戦記。始まります。


★★★◆◇☆★★★◆◇☆★★★◆◇☆★★★◆◇☆







森島様とその仲間達は、それぞれの胸にわだかまりを抱えながらも、

稲穂村の農民と近隣の村からの加勢をとりまとめ、

稲穂村を出発し、古河茅の国の中心といえる城である古岩城に向かった。

その軍勢は、稲穂村農民四十余人あまり、元野伏が二十人程、

近隣から集まった農民も合計して、500人あまりだった。

この稲穂村一揆隊と呼ばれたこの一隊は、各地の村から志願者を集めながら、進軍していた。




まだ戦いの前の、ある穏やかな日のことである。


井之川様:「とっりゃあ!! 」


稲穂村一揆隊は、進軍を休め、急息をとっとった。井之川様は、剣術の稽古をしていた。


まさちゃん:「森島様。森島様も剣術はできるんか?

       いっぺんも刀を抜いたトコをみたことないやんけ。」


森島様:「ふっ。甘く見てもろては困る。これでも無念流皆伝の腕前なのや。」


図師様:「無念流??聞いたこともない流派や。どないな流派なのや??」


森島様:「念流を窮めた鳴滝様ちう人物を知っておるか?」


図師様:「それは、聞いたことあるんやね。」


まさちゃん:「ウチもしってまんねん。なんでも、幾多の戦いに身を投じ、

       ようけ伝説を残した剣豪やね。」


森島様:「その鳴滝様が、幾多の反省点をもとに、

     晩年に編み出したのが無念流や。」


まさちゃん:「へ~。」


図師様:「初耳やね。ちーとばかし無念流とやらをみせて欲しいやな。」


森島様:「図師様め、その口ぶりだと信じてへんな。

     無念流の凄さをちーとばかしだけみせてやろうわ。」


そう言って、森島様は立ちあがった。

刀をスルリと抜いた。


森島様:「無念流の構えの真髄は、その不恰好さにある。」


そういうと、森島様は、


両腕を真っ直ぐ前方に伸ばし、腰を低く落とした。というよりも引いた。

目はつばの裏をしっかりと見つめ、つま先立ちし、

真っ直ぐに伸ばした腕を、ワナワナと振るわせた。


井之川様:「なんちうへっぴり腰」


図師様とまさちゃんは唖然としていた。その無様さに。


森島様:「これが基本姿勢。ほんで、次に基本技や。」


そう言った瞬間

森島様は、速く、目を疑うほど速く、

体を回転させながら、刀を前に打ち込んだ。

まさちゃんは、その打ち込みに「風」を感じたのだった。


図師様:「凄いね。構えは油断させるためというところか。

     ほんで、すばやく打ち込む。」


森島様:「まあ、そないなトコや。

     この技にはある信念が込められとるんや。

     無様な格好は、油断させる意味もあるけれど、

     無駄な戦いを避ける意味もある。

     何よりも重要なのは、「見る」 こと 「見せへん」こと なのや。」


図師様:「よくわからんな。どういうことやね。」


森島様:「相手の構えと行動をよく見ること。

     ウチが見とることを相手には気づかせへんようにする。

     ほんで、ウチがすばやく打ち込んだときには、勝負は決しとる。」


まさちゃん:「…あ。打ちこんだときに、刃が逆、峰打ちになってるやん。」


森島様:「よく気がついたな。これであっとるんや。

     無念流の基本技は、峰打ちやから。

     無念流は、相手に気づかれず、

     どなたはんにも気づかれんと、勝負を決するのを善しとする。

     その方が、「強い」かららしい。

     ただ、それは勝負というより暗殺に近い。

     それを嫌った鳴滝様は、峰打ちを一番に覚える基本技とすることで、

     暗殺剣ではおまへんと伝え、

     使い手が理念や心根を大事にするよう諭したのや。」


図師様:「意味を聞くと納得するが、う~ん。あの格好は遠慮したいな、。」


まさちゃん:「ウチも無理や、、」


森島様:「なんだなんや。みんな格好ばかり気にしやがって。

     まあ、そうやろうな。

     でも、なりふり構わずやりまへんとでけへんこともあるんだ。」


そういうと、森島様は、刀を鞘に納め、

少しだけと微笑みながら、髭を手で引っ張った。










鳴滝正邦の道場は、当時積藁の国の中心街、大門街のはずれにあった。

鳴滝の道場からは、歴史に残る剣豪が何人も巣立ち、名声もあった。

そないな鳴滝様の心には、大きな悲しみがあった。


峯澤少年:「オッス!」


峯澤少年は、となりの古河茅の国から遠路遥遥やってきて、

道場の近くに一人暮らしをしながら、道場に通っていた。


齢12の若さで、既に剣の強さでは道場内では並ぶ者はなかった。

周囲は、皆、免許皆伝も近いやろう、剣で名が知られる日も近いやろうと噂をしていた。


峯澤少年:「鳴滝様。何をそないなさびしそうなお顔をされとるのや?」


鳴滝様:「な。寂しそうな顔やらなんやらしておらぬ。ちーとばかし老けておるだけや!」


峯澤少年:「し、失礼したんや。稽古、おおきに!」


そういうと、峯澤様は小走りに道場を出て行った。


鳴滝様:「さびしそうわ。か。… 確かにそないな顔をしとったかもしれんな。」


鳴滝様は、そうつぶやいた。


鳴滝様の悲しみの原因は、道場を巣立っていく生徒達が、命を落すことだった。





剣術を理解した強い者ほど、命を落す者が多かった。

命を落す者は、いつも、将来性を見込み一生懸命教えた生徒ばかりやった。


鳴滝様:「…(剣の代わりに櫂を振り回して有名になりよったあいつも、

        一撃必殺の剣を覚えたあいつも皆、死んでしもた。

       峯澤も、そないな風に死ぬのやろうか?…)」


鳴滝様:「…(わしが剣を教えるのは善か悪か。

       わしはなんで生き残っておるのか。)…」


そんなことを考えてばかりいたせいで、鳴滝正邦の皺は深くなっていった。


鳴滝様は、優秀な峯澤少年の将来を考えるたびに、さらに心が重くなるのやった。




ある夕方、峯澤少年は剣術の稽古を終え、帰宅しようと道場を出た。

道場の前に、見慣れない、みすぼらしい格好をした少年が立っていた。


峯澤様:「道場に何ぞ用やろか?」


森島少年:「拙者は、森島倫正と申す。この道場に入門させていだきたく、参上仕った。」


入門希望ちいうので、峯澤様は、森島少年を鳴滝様のトコまで連れて行った。



鳴滝様:「困るわ。入門するには、そなたの親が金子を払う必要があるのや。

      申しわけへんが、帰ってお父上に相談なされよ。」


だが、森島様は帰らない。


森島少年:「ウチの父は、戦争から還らず。そのため金子やらなんやらは無い。」


鳴滝様:「それならば入門はできぬ。」


森島少年:「侍なら、一本の剣で生活するのが道理やろう。

      金子を払えねばならんと鳴滝様は口にするのか!」


鳴滝様は顔を真っ赤にして叫ぶ、森島少年を見て、笑ってしまった。

なんて、必死なんだろう。そのせいで、少しだけ、意地悪をしたくなってしまった。


鳴滝様:「ここは道場や。金が無くては道場は維持できん。

     それに、ここに通う生徒は、皆、金を払っておる。

     やから、金の無い者には教えられん。

     やけど、剣術の基本技を、一回教えただけで完璧に覚えることができたなら、

     正規の稽古が終わった後、わしが剣術を教えてやってもよかろう。」


森島少年:「よし、その基本技とやらを教えていただこうか!!」











森島少年:「鳴滝様、ほんまにこないな格好なんやろか??」


鳴滝様:「そうや。まず腕をピンと伸ばせ、ほんで腰を引いて、

     目は、そうやな鍔の裏を見つめよ。

     そうした後、手と足を、ワナワナと振るわせるのや。それが基本姿勢や。」


森島少年:「こうやろか?」


鳴滝様:「そうやそうや。…ック」


峯澤少年:「…(大の大人が何をしとるんだか…)…」


鳴滝様:「この構えには、意味がある。まず、敵を油断させる。

     それとだな、え~と、

     敵をよく「見る」ことや。

     次に出す一撃で勝負を決めることができるようにせよ。

     ほんで、敵にオノレの手を読ませるな。

     そのために、ワナワナと震えるのや。」


森島少年:「はい!」


鳴滝様:「その基本姿勢から、基本技や。回転して、素早く峰打ちを打ち込め!」


森島少年:「あ、あの~。この姿勢では、手足に力が入り過ぎて、できませ~ん。

      (>_<)」


鳴滝様:「そうやな、やから、腕は力をぶちこむが、

     手の指と肩の緊張は解け!

     足の裏と親指、足首の緊張は解くが、

     その他の部分に力を入れて足を震わせよ。

     腰も、胴体もその姿勢では動かしにくかろうわ。

     やけど、動かせるトコだけで体を回せ!!

     そうすれば、必殺の峰打ちとなる。」


峯澤少年:「…(もっともらしいことを。あいつもかわいそうに。)…」


森島少年:「は、はい!やってみまんねん!」


ブルブル、ワナワナ


クルリ!!ビューン


鳴滝正邦は、その剣の風を感じた。鳴滝様も峯澤様も信じられなかった。

その太刀筋の鋭さと力強さは尋常ではなかった。凄烈な気を感じた程だった。


鳴滝様、峯澤様:「…(え~)…」




鳴滝は、森島少年の中に新たな光をみた気がした。

普通と異なる方向に鍛えてみたらどうなるか。

死んでしまった教え子達の顔が、ふとよぎった。

何か新たな道が見つかるかもしれない。



鳴滝様:「コホン。明日から、この正規の訓練後、

     この時間くらいからお前の稽古をつけてやろう。

     もちろん、金はいらん。

     今日教えた技を、千回は練習しておくように。」


森島少年:「はい!!o(〃^▽^〃)o」


鳴滝様:「今日お前に教えた技は、… タブン...わいもよーしらんが、

     無念流 基本技 峰打ち と言うわ。覚えておけ!」


森島少年:「はい!」


峯澤様:「…(ああ、なんて口からでまかせや)…」


鳴滝様:「…(なんて冗談が通じない小僧や。これは教えがいがありそうだ)…」

ヽ(゜▽、゜)ノ





毎日の夕方の稽古が楽しみになった。


鳴滝様:「…(さあ、今度は何を教えてやろうか。)…」


鳴滝様は、峯澤少年を自身が受け継いだ念流の後継者として、

オノレの経験をみな詰め込み育てることにした。

そして、森島少年は、実験的に、思いつきのまんま、

適当な方向性で育てることにし、それを適当に無念流と名づけた。


森島少年:「鳴滝様~。この構えしかないんか~。

      次の構えを教えておくんなはれよ~。」


鳴滝様:「無念流には、構えは一つしか無い。諦めよ。」


森島少年:「…」


峯澤少年:「構えるちうことは、攻撃を待つちうことや。

     後手に回りやすい。やから構えは不要や。」


鳴滝様:「そういうことや。無様なその構えは、

     相手の戦意をくじき、不意を突くためのもの。

     そういう小手先のものは、幾つも必要なかろうわ。」


平和だった。楽しき日々だった。


鳴滝様:「今日は2人新たな技を教えてやろうわ。

     まず、前教えたように、相手にピッタリ身を寄せる。

     そうすると、敵は刀を使えなくなる。やってみよ。」


森島少年と峯澤少年は立ち上がり、ピッタリ体をくっつけた。


鳴滝様:「峯澤、そこから左翼肩を当てる感じで、

     森島の心臓めがてぶつかれ!!臆するなよ!」


峯澤少年:「はい!」


峯澤少年は鋭く、森島少年に体当たりを食らわせた。


森島少年:「あわわわわわ!!」


森島少年は吹っ飛んでいった。


鳴滝様:「峯澤、刀が無くてもこれで敵を倒せる。

     一撃必殺の技となるように鍛錬せよ!!」


森島少年:「では、ウチも。」


鳴滝様:「駄目や。森島に教える技はこの技では無い。」


森島少年:「は、はい!」


鳴滝様:「先ほどと同じように、身をくっつけよ。」


森島少年:「はい。こうやね。」


鳴滝様:「ほならまず、親指で、峯澤様のわき腹をつつけ!」


つんつん。


峯澤少年:「…(こしゅぐったい)…」


鳴滝様:「相手が堪らず動いたら、その動きとともに叫べ!!「びよ~~ん」 と。」


森島少年:「びよ~~ん!!」


鳴滝様:「それで、相手の動きを制せ! 制したら!

     「うひゃ、うひゃは」と叫びながら猛然と身を寄せよ!」


森島少年:「うひゃ、うひゃは」ヽ(゜▽、゜)ノ


峯澤少年:「…(う~気持ち悪い)…」


鳴滝様:「…それだけや。」


峯澤少年:「…(え~)…」


森島少年:「で、でも、これでは敵をやっつけれへんや。」


鳴滝様:「森島様よ。よく聞け、無念流の理念は、

     敵と戦って「負けへんこと」にある。

     倒すことでは無い。

     死なないこと。負けんと、次の展開を切り開くこと、それが大事なのや。

     敵を倒そうと、無駄なことを考える暇はないぞ!」


峯澤少年:「いつもおっしゃっとることと違ってる…」


鳴滝様:「峯澤に教えとるのは、敵を倒す道や。

     やから、敵を斬る、倒すのが大事なのや。

     逆に、敵を倒すのに役立たぬものはみな無意味や。

     流派が違えば、考え方も異なるぞ。」


森島少年:「ほなら、なんで逃げる技を教えてくれへんのや?」


鳴滝様:「逆に聞くが、侍と、農民やあきんどとの違いはなんやと思う?」


森島少年:「刀を帯びておるかおらへんか。やろか?」


鳴滝様:「ふふ。ちゃうわ。刀を落としても侍は侍や。峯澤様はどう思う?」


峯澤少年:「命を賭ける気持ちがあるか。死ぬ想いがあるかどうか。でっしゃろか。」


鳴滝様:「惜しいな。やけど、農民も天候を命がけで読み、

     あきんども利益のために命を賭け、死ぬ想いで臨む。」


鳴滝様:「わからんか。そうやな。もし、侍同士が対決して、負けた方はどうなる。

     もし、合戦をして負けた軍勢の将はどうなる?」


峯澤少年:「ほぼ間違いなく、死にまんねん。」


鳴滝様:「そうなのや。侍の場合のみ、「負け」が死に直結しとるのや。

     農民でもあきんどでも、「負け」ても即死ぬことは少ない。

     やけど、侍はちゃうわ。」


森島少年:「なんでやねん、

      それがなんで逃げることを教えへん理由になるんや?」


鳴滝様:「逃げるちうことは、「負けた」ちうことや。

     それは本当は「死ぬ」ことにつながっとるはずや。

     もし、ほんで生き延びてもそのような強さではすぐに死ぬやろう。

     わしは、それではもう侍では無いと思うんや。

     やから、逃げるような技は無念流には存在せんのや。」


森島少年:「負けへんためなら、相手を倒せばよいのに。」


鳴滝様:「そうやな。「負けへん」ためには、

     「相手を倒す」か、「それ以外」の2通りの方法がある。

     相手を倒すことに特化したのが峯澤に教えとる念流や。

     ほんで、「それ以外」に特化しとるのが、無念流なのや。

     逃げず、殺さず、只守り、唯一の攻撃は峰打ちだけ。

     そのうち、たぶん打開策を見出すのや。」


森島少年:「そないな深い考えがおありやったちうワケやか!」


鳴滝様:「…(今思いついたんやけど、そないな感じだ)…」


峯澤少年:「なるほど。」


こうして、道場での楽しい時間は過ぎていった。







森島様が入門して1年が経った。鳴滝様から教えられたことを忠実に守り、鍛錬を積んでいた。

そんなある夕方。


鳴滝様:「峯澤、森島と手合わせしてみよ。」


そう言って鳴滝様はにっこりと笑った。


森島少年は、いつものように腰を引いて手足を震わせる無様な構えをした。

峯澤少年は中段に、ただ自然に、ただ自然に木刀を構えた。


鳴滝様:「始め!」


峯澤少年は、するすると、自然な足取りで間合いを詰めた。


ヒュッ!


森島様は回転し峰打ちを放つ。だが、峯澤少年は容易く避けた。


峯澤少年:「…(あのようなええ加減な指導では、オラには勝てぬ。

       だが、あの怪しげな太刀筋、油断できんぞ。先手を取り、制す!)…」


峯澤少年も「ワッ!」と声を掛け、フェイントをかけてから打ちかかる。


だが、森島少年は動じず、「ピヨッン!!」と叫び、

真っ直ぐに木刀で峯澤少年の顔を突いた!


峯澤少年も堪らず後ろに下がる。


峯澤少年:「…(どうする。強く打ち、あいつが受けたトコを突くか。)…」


峯澤少年は猛然と踏み出した。そして、胴を思い切り木刀で薙いだ!

森島様は受けない。


次の瞬間、森島様は横に倒れ込んだ!


峯澤少年:「…(まずい。手ごたえが無い!)…」


峯澤少年は気を失い倒れた。





峯澤少年は不思議で仕方なかった。なんでやねんオノレが森島に負けたのか。

道を歩きながら考えた。


峯澤少年:「…(森島様の無念流は、鳴滝様様の思いつきや。

       それに、もしそれが理にかなった強い流派だとしても、

       毎日道場に通い人一倍稽古しとるオノレと、

        夕方だけ稽古する森島とでは差があるはずや。

       そもそも、森島様は剣の道に入って1年しか

        経っておらへんではおまへんか。)…」


納得できなかった。


峯澤少年:「…(森島がどうして勝ったのか…。調べてみなければ。)…」






翌日、峯澤少年の姿は、大根畑の隅にあった。


峯澤少年:「…(森島は何をしとるのや。)…」



農民のおじはん:「毎日ありがとな~。終わったら、大根一本やるでな。」


森島少年:「いえ、剣の修行ですから。」


そういうと、刀を抜き、大根の葉に向かって刺した!刺して刺して刺しまくった。


農民のおじはん:「ほんに器用やな~これで虫食いもなくなるわい。」


森島少年:「侍やろから当然や。」


峯澤少年:「なるほど~、こんな特訓を。」





今度は、森島は饅頭屋にいった。峯澤少年は中を覗き込んでいた。


饅頭屋はん:「毎日ありがとうね。たすかるわ~

       できた餡子、ちびっと分けてあげるから。」


森島少年:「いえ、修行ですから。」


森島少年は刀を抜くと、餡を煮ているなべに突っ込んでかき混ぜはじめた。


峯澤少年:「…(…その刀、ちゃんと洗ったか??)…」


饅頭屋はん:「おばはん、いつも思うんやけどね。

       刀やなくてヘラを使って欲しいなって。」


森島少年:「ウチは人を斬ったことはない。心配ご無用。鍛錬のためなのや。」


汗びっしょりになって力いっぱい、餡の入った大なべを刀でかき混ぜていた。


峯澤様:「なるほど~。これで体力を。」





次に、森島少年はお寺に入っていった。


お坊はん:「信心深いのう。仏様も喜ぶて。」


森島少年:「いえ、剣の修行や。」


森島少年は、近くに置いてあった薪を手に取ると、その薪を刀で斬りつけた。


パッ。ズシャ!


あっという間に、木彫りの地蔵菩薩像が出来上がっていた。


森島少年:「これを奉納致しますわ~。」




峯澤少年:「なるほど、なるほど。神仏にも祈願。精神の鍛錬か。」


時は、いつしか夕暮れになっていた。









しばらくして、峯澤少年は森島少年に勝つことができたのだった。



そないな楽しい日々も過ぎ去り、峯澤は元服し、故郷である古河茅の国に帰った。

森島も寺社奉行として働き、道場にもあまり顔を出さなくなっとった。


鳴滝様:「さびしいのう。まあ、あの二人に教えることやら

     なんやらもう残ってはおらへんが。

     まるっきし別のことを教えたあの2人。

     どうなるか楽しみや。」


老境を迎えた鳴滝正邦、その最期は突然やってきた。





その日、鳴滝様は、剣術の指南のため積藁の国の伊波様の屋敷に出向き、

道場のある自宅に帰ろうとしていた。森島は、鳴滝様に付き添っていた。


鳴滝様:「お前が寺社奉行とはのう。」


森島:「あるお寺に毎日木彫りの地蔵様を奉納していたのだ。

    そのお陰で、お坊様が推してくださったのや。ありがたいことや。」


鳴滝様:「こないんでも、ええのかのう。

     峯澤のようにシャッキっとした奴ならわかるが…」


暗い影が夕闇に潜んでいた。その影は近づいてきた。


鳴滝様:「む。何者や!!」


木陰から大男がすくっと立ち上がった。


有北鉄郎:「わしは、有北鉄郎と申す。昔、お前に負けてからずっと鍛錬しておった。

      勝負しろ!鳴滝。命を賭けて勝負しろ!」


森島:「ウチが戦いまひょか?」


鳴滝様:「いや、わしが殺る。さがっておれ。」


鳴滝様は太刀を抜いた。


有北鉄郎:「前と同じだと思うなよ!!」


鳴滝様:「…(思ってなど無い。わしはもう老いた。

       わしが勝てる筈があろうか。やけど…)…」


有北鉄郎は素早く切り込む。


有北鉄郎:「この素早き打ち込みを見よ!」


鳴滝様:「打ち込みに早いもとろいも無いわ!馬鹿馬鹿しい!」


しかし、言葉と裏腹に、鳴滝様の体勢は崩れていった。


有北鉄郎:「ふん!さあ!死ね!!」


森島様は、有北鉄郎の刀が鳴滝様の腹を切り裂くのを見た。


有北鉄郎:「ぐ、ぐわっ」


だが、有北鉄郎も又、頭上から太刀を受け、倒れた。


鳴滝様:「わ、わしも遂に終わりやな。」


鳴滝様:「森島よ、今、なんで刀を避けんかったかわかるか。

     人にはオノレが傷を負わなければ、何ぞを成せへんことがあるんや。

     避けてかわすことは容易いが、ほなら勝てへんて…ゴハッア…」


森島様:「わかりましたんや。わかったから、もうしゃべりまへんで。」


鳴滝様:「お前には、「負けへん」剣術を教えた。

     やけど、それだけでは未完成だと思うのや。

     …ハア… 「負ける」ことは「死ぬ」ことや。死ぬべきや。

     やけど、死ぬことは「負ける」ことやろうか。…

     …わしは勝ったのや。やから、、、泣くな…」


そう言って、鳴滝様はにっこりと笑った。森島は死を理解し、さめざめと泣いた。


鳴滝正邦はこの世を去った。


鳴滝師匠の葬儀が終わり、

森島は剣の稽古を辞めてしまった。




森島の頭には、常に剣術のことがあった。


森島:「…(ウチの剣術に足りまへんもの)…」


死に臨んでも「勝った」といって笑った師の顔が浮かんだ。


森島:「…(どうすればいい。どうすればええちゅうのやろう。)…」


森島は、本当は知っといた。

鳴滝正邦の教える「無念流」が、

生徒が死ぬことへの悲しみから生まれた後悔の剣術だということを。

その剣術が、現実には無理があることも知っていた。


鳴滝もそのことは十分わかっていた。

無念流ではどうにもならへんことが沢山あることを。

「負けへん」でも逃げない、死なない、殺さない。それは只の夢だった。

でもその夢を見ていたかった。だから、森島に夢の剣術を授けた。


森島:「…(無念流か。師匠の思い、痛いほどわかる。)…」


死を避け、無様に生き続ける剣術。理想だけの剣術。


森島:「…(それでも、大切や。)…」


死ぬことは負けることやろうか…その言葉が森島様の頭の中を巡っとった。

森島様の心は晴れず、無為に時が過ぎていった。




あるとき、ある寺で、屏風をみた。


その屏風には、「懸崖撒手」という題で、絵が書かれていた


森島:「おっ。これは。なんて酷い屏風だ!」


懸崖撒手。崖から落ちそうで手だけでぶら下がっている状態から、

手を自分の意志で離せ。という意味である。

絵には、苦しそうな顔をして崖にしがみつく人と、

楽しそうな顔をして崖から落ちていく人の姿が描かれていた。

落ちていく人の笑顔と、鳴滝様の笑顔が重なって見えた。


森島:「なんて自由なのや。ははっ。死んでしまうではおまへんか。」


森島の心の中で何ぞ弾けた音がした。ほんで、曇りがすーっと無くなっていった。


森島:「そうか。「負けへん」とは究極にはこういうことなのや。

     生きて、無様にも生きて、守り通すことでは無い。」


森島様:「オレはやるぞ!全部自由にぶっ壊してやるぞ!自由だ!捨てるんだ!」


森島は笑った。考えこんでいたオノレが馬鹿馬鹿しく思えてきた。


そして、静かに師を思い出した。

(ノДT)




森島は、この屏風の製作者に、賛辞の意味を込めて手紙を送った。

「お前の絵には発見が無い!」と。


返事にはこう書いてあった。

「やったら、お前が書いてみろ!」


森島は、屏風に蝉の抜け殻を沢山貼り付けた。

そして、こう書いた。

「蝉は何匹いるでしょう?」


森島様:「…(抜け殻を脱いだ蝉がここに一匹いるぞ!)…」





その翌日、森島様は積藁の国伊波様の命令を受けて古河茅の国へ旅立った。

古河茅の国の田中様に仕えている峯澤の元に、積藁の国の間者として潜り込むために。


次回。侍達は、生死を賭けた戦いに身を投じる。

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