表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/94

76

議場の空気は、むずかしい言葉で少しだけ重くなっていた。


「独占」

「分配」

「自由」

「平等」

「格差」

「権利」


大人たちは真剣で、それは大切なことだったけれど、エターナリア王国の真ん中に立つらいらいは、ふと広場の端を見た。そこには、まだ小さな子どもたちがいた。虹色の石を並べて遊んでいる子。ジュース雨を小びんに集めて笑っている子。議論の意味は分からなくても、王国の空気の変化だけは感じ取っているような目をしていた。


らいらいは立ち上がり、静かに言った。


「まず、子どもたちにも分かる言葉で話そう。国の大事なことなら、みんなに分かるようにしないといけない」


その一言で、議場にいた者たちは顔を見合わせた。

そして誰からともなくうなずいた。


その日の午後、王国の中央広場は“公開授業の広場”に変わった。


大きな黒板のかわりに、空に浮かぶ白い雲が使われた。文字はそこへ光となって書かれ、風が吹いても消えない。机はなく、丸いクッションがいくつも並べられ、子どもも大人も、老人も旅人も、鳥もぬいぐるみも、思い思いの場所へ座った。


授業の先生役には、言葉を難しくしないのが上手な者たちが選ばれた。

パンを焼くのが得意なおばあさん。

よく泣く子をなだめるのが上手な青年。

いつも質問ばかりして大人を困らせる、しかし誰より考えるのが好きな少女。

そして、らいらい自身。


最初の授業の題は、空に大きく映された。


**「独占しない豊かさって、なんだろう?」**


子どもたちは顔を見上げた。

ひとりの男の子が手をあげる。


「どくせんって、ひとりじめってこと?」


「そう」

らいらいはうなずいた。

「たとえば、ここに大きなケーキがひとつあるとする」


すると、雲の上に絵が浮かんだ。

ふわふわの大きなケーキ。

いちごがたくさんのっている。


子どもたちの目が輝いた。


「これを一人で全部食べたら、その人はすごく幸せかな?」


「さいしょは幸せ!」

「でも食べすぎる!」

「おなかこわす!」

「見てる人がかなしい!」


次々に声が飛んだ。


「そうだね」

パン焼きのおばあさんが笑った。

「ひとりじめって、“多く持つこと”みたいに見えるけど、ほんとうは“さびしく持つこと”になるときがあるんだよ」


今度は、雲のケーキがみんなに切り分けられた。

小さめだけれど、きれいに並んだ皿の上で、それぞれのぶんが光っている。


「じゃあ、分けたら損?」


と、質問好きの少女がわざと少し意地悪そうに聞いた。


広場がしんとなる。


らいらいは少し笑った。


「いい質問だ。じゃあ逆に聞く。分けたあと、何が増える?」


子どもたちは首をかしげた。

けれど、クッションの端に座っていた小さな女の子が、ぽつりと言った。


「……おいしいって言う声」


広場がやわらかく揺れた。


青年が続ける。


「そう。“量”は減ることがあっても、“喜び”は増えることがある。“ひとりの満腹”より、“みんなのうれしい”のほうが、王国では豊かだと考えられるかもしれない」


雲に新しい言葉が浮かんだ。


**豊かさ = たくさん持つことだけじゃない**

**豊かさ = 安心して、分け合えて、また笑えること**


今度は、ジュース雨の例が出された。


ある子が十本のびんを抱えている絵。

ほかの子は空っぽのコップを持って、見ているだけの絵。


「このとき、十本持ってる子は強いかな?」とらいらいが聞く。


「強そう」

「でも、みんなに嫌われるかも」

「こぼしたら終わり」

「守るの大変そう」


また、いろんな声があがった。


次に絵が変わる。

びんをみんなで分けて、飲めない子にはあとで回るように約束がつくられ、小さな子には先に渡されていた。


「こっちは?」


「やさしい!」

「安心!」

「また雨がふったら、こんどはわたしも分ける!」


その言葉に、らいらいは深くうなずいた。


「それだ。独占しない豊かさって、“今日だけいい思いをすること”じゃない。“明日も安心できる関係”をつくることなんだ」


大人たちの席で、何人かが静かに息をのんだ。

子ども向けの授業のはずなのに、いちばん刺さっているのはむしろ大人たちだった。


授業はそこで終わらなかった。

二つ目の題が、雲の黒板に映し出される。


**「自由と平等を、いっしょに守るには?」**


この問いは、子どもたちには少し難しかった。

けれどらいらいは、もっと簡単な形に変えた。


「好きにしていい、っていうのが自由。

でも、みんなが大事にされる、っていうのが平等。

この二つ、たまにけんかする。じゃあ、そのとき何が必要だと思う?」


しばらく沈黙があった。


すると、さっきの女の子がまた言った。


「……ゆずること?」


「近い」

らいらいはやさしく答えた。

「もっとあたたかい言葉で言うと――愛かもしれない」


空に、ひらがなで大きく一文字ずつ浮かぶ。


**あ**

**い**


ざわめきが広がった。

愛という言葉は、知っているようで、うまく説明しようとすると急に不思議になる言葉だった。


らいらいは広場の中央に降りてきて、子どもたちと同じ高さにしゃがみこんだ。


「愛ってね、“なんでもあげること”じゃない。

“この人も、自分と同じくらい痛いし、うれしいし、大事なんだ”って想像する力だよ」


青年が補足する。


「自由だけだと、強い人が好き放題しやすい。

平等だけだと、今度はみんなを同じにしすぎて息苦しくなることがある。

だから、そのあいだに愛がいる。

自分の好きも守りながら、相手の大事も壊さないようにするために」


質問好きの少女がまた手をあげる。


「じゃあ、自由って、なんでもしていいってことじゃないの?」


「そう」

らいらいはすぐに答えた。

「相手の自由をつぶさない自由。

それが本物の自由に近い」


雲に新しい文が浮かぶ。


**自由 = なんでもしていい、ではない**

**自由 = たがいの大事をこわさずに、のびのび生きられること**


さらにその下に、もう一文。


**平等 = みんな同じ顔になることじゃない**

**平等 = だれも見捨てられないこと**


子どもたちは、完全に全部を理解したわけではなかったかもしれない。

でも、いくつかの言葉はちゃんと心に残った。


ひとりじめしない。

困っている人を置いていかない。

自分だけ楽しいではなく、みんなが安心できるほうへ考える。

好き勝手ではなく、愛を通して自由を使う。


授業の最後に、らいらいはこう言った。


「王国の豊かさは、倉庫の大きさだけじゃ決まらない。

“分けても大丈夫だ”と思える安心で決まる。

そして、自由と平等は、どちらかを消して成り立つものじゃない。

そのあいだをつなぐ橋が、愛なんだ」


すると、広場の後ろのほうで見ていた子どもが、急に立ち上がった。

まだ幼い、髪のくるくるした子だった。


「じゃあ、ぼくの今日のおやつ、半分あげる!」


その瞬間、広場じゅうが笑った。


「全部じゃないんだ」

と少女がつっこんだ。


「全部はおなかすくから!」


さらに笑いが広がる。


らいらいも笑った。

そして、その笑いの中に、授業の答えがもう出ていることを感じていた。


全部を差し出して倒れることが愛ではない。

自分も生きられて、相手も生きられる形を探すこと。

半分こできるちょうどよさ。

その“ちょうどよさ”を、忘れずに考え続けること。


それこそが、独占しない豊かさの、最初のかたちだった。


授業が終わるころには、王国の広場に小さな変化が生まれていた。

お菓子を交換する子どもたち。

本を読み終わったら次の人へ回す棚。

「多く持っている人は、足りない人に声をかけよう」というやわらかな貼り紙。

そして大人たちのあいだでも、「分け合いを義務ではなく文化にするにはどうすればいいか」という新しい議論が始まっていた。


エターナリア王国の空には、その日ずっと二つの言葉が消えずに残っていた。


**自由**

**愛**


そして少し離れた場所に、あとから誰かが小さく書き足した。


**平等**


三つの言葉は、まるで最初から並ぶ運命だったように、夕方の虹の下で静かに光っていた。


1. 公開授業を聞いた子どもたち自身に、「分け合いのルール」を考える子ども議会を開く

2. 大人たちの間で、「どこまでを共有し、どこからを個人の自由にするか」を具体的に討論する

3. 王国の市場へ行き、実際に“独占しない豊かさ”がうまく回っているかを見にいく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ