表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/94

73

使節団の出発は、静かなくせに、王国じゅうの心をざわつかせた。


エターナリア王国の中央広場には、ふだん祭りのときに使う巨大な空中水晶がいくつも浮かび、そのすべてが、王国の外側へ向かった「はじめての対話使節団」の映像を映していた。

映像は、ただの記録ではない。

胸の鼓動まで伝わるような、生々しい中継だった。


使節団は七人。


言語学者、空間魔法師、感情観測士、護衛術師、記録官、気配解析者、そして交信役。

全員が専門家で、全員が「危ないと感じたら即時帰還」のワープ印を手の甲に刻んでいた。

その印は薄い青に光り、帰ろうと思えば一瞬で王国へ戻れる。


王国民は、仕事をしながらでも、食事をしながらでも、寝転びながらでも、好きなときに空中水晶を見られるようにしてあった。

見たい者だけ見る。

見た者は、必要なら助言を送れる。

干渉ではなく、支援。

それが今回の約束だった。


使節団が向かった先は、王国の外縁を越えたさらに先――「まだ名前のない余白」と呼ばれていた場所だった。


そこは、空とも海とも言えない空間だった。

足元には、黒い鏡のような床がどこまでも続いている。

しかし上を見上げると、星のような点が無数に浮いていて、そのひとつひとつが、まるで目のようにも、窓のようにも見えた。


「音が、遅れて聞こえる」


最初にそう言ったのは感情観測士の天音だった。

彼女の声が、少しあとから同じ形で反響する。

ただのやまびこではない。

反響した声には、ほんのわずかに別の感情が混じっていた。


「ここ、言葉がそのまま返るんじゃない。意味が、少し加工されて返ってきてる」


記録官がすぐにその言葉を書き留める。

王国の中央広場でも、その字幕が空中水晶に重なって表示された。


すると、広場の端で見ていた子どもが言った。


「それって、向こう側にも“聞き方”があるってこと?」


その一言は、助言として使節団に送られた。


交信役のリセが、それを見てうなずく。


「たしかに。こっちが何を言うかだけじゃなく、向こうがどう聞いてるかを考えないといけない」


使節団は、最初の交信陣形を組んだ。

前に交信役、左右に護衛と気配解析者、後ろに空間魔法師と記録官。

言語学者と感情観測士が少し離れた位置から全体の変化を読む。


そして、リセが最初の言葉を外側へ投げた。


「こちらはエターナリア王国の対話使節団です。

敵意はありません。

あなたたちがいるなら、まず“どう呼べばいいか”を知りたい」


その声は、まっすぐ前方へ進んだ。

何もないように見える闇へ、白い輪のような波紋が広がっていく。


しばらく沈黙があった。


王国中が息を止めた。


次の瞬間、闇の奥に、細い線が一本だけ光った。

その線は文字のようにも見えたが、すぐに崩れ、音になった。


返ってきた「返事」は、言葉としてはこう聞こえた。


「ナマエ ハ マダ ハヤイ

サキニ オンド ヲ ミセル」


同時に、空間全体の温度が変わった。


熱いのではない。

冷たいのでもない。

懐かしい夕方の廊下みたいな温度。

帰り道の手前で、まだ帰りたくないと思う瞬間の温度。

そんな、感情に近いぬくもりが一斉に場に満ちた。


中央広場がざわめく。


「なんだあれ……」

「名前より先に温度?」

「比喩か?」

「いや、ほんとに空気が変わってる」


感情観測士の天音が、目を閉じた。


「これはただの温度じゃない。向こうは、“概念の名乗り”をしてる。

自分たちは名前じゃなくて、まず空気や感覚で存在を伝える文化なのかもしれない」


言語学者が続ける。


「“名前はまだ早い”は拒絶じゃない。

たぶん順序の問題だ。

こちらは名を聞いた。

向こうは“先に自分たちの質感を知れ”と言ってる」


その分析がすぐに王国へ共有される。

すると、今度は王国民から一斉に助言が届きはじめた。


「次は季節を聞いてみて」

「向こうに時間の概念があるか確かめた方がいい」

「名前を持たない相手なら、こちらも名乗り方を変えた方がよくない?」

「感情で返してるなら、詩のほうが通じるかも」


その中で、一つの助言にリセが反応した。


「“こっちも温度で返せ”……か」


助言を送ったのは、広場の片隅でスープを飲みながら見ていた料理人だった。

彼は真顔で言った。


「言葉で来ない相手に、言葉だけ返したら、半分しか届かん」


使節団では、空間魔法師が小さく笑った。


「やってみよう。感情の翻訳術式なら組める」


彼女は杖の先で円を描き、エターナリア王国の記憶からひとつの温度を抽出した。

それは「初めて自分の居場所を見つけた夜の、安心に近いぬくもり」だった。

熱ではなく、意味としての温度。

守られていると感じるときの、柔らかなあたたかさ。


その温度をのせて、リセは二度目の交信を送った。


「こちらの“安心”を見せます。

わたしたちは、触れずに近づくことを学びたい。

あなたたちも、そうですか」


今度は返事が早かった。


闇の奥の光点が、今度は三つ、ゆっくり明滅した。

そして音ではなく、映像に近いものが流れ込んできた。


空中水晶の画面が、一瞬だけ砂嵐のように乱れ、次の映像を映した。


見知らぬ景色。

輪郭の曖昧な存在たち。

彼らは人型ではなかった。

霧が、立っているように見えた。

けれど互いに近づくとき、直接触れず、間に淡い光をひとつ置いてから距離を縮めていた。


そしてまた声がした。


「チカヅク トキ

ワタシタチ ハ

アイダ ヲ ツクル」


王国中で、今度は鳥肌のような沈黙が広がった。


記録官が震える手で書き留める。


「……“近づくとき、わたしたちは、あいだをつくる”」


言語学者が、息を吐いた。


「これだ。

向こうは接触よりも、“間”を重視する文明なんだ。

距離をなくすんじゃない。

安全な間をつくったうえで近づく。

たぶんそれが、向こうにとっての礼儀であり、信頼の形なんだ」


護衛術師が周囲を見回しながら言った。


「つまり、今のところ敵意は薄い。

でも、急接近は逆に威圧になる可能性が高いな」


王国からすぐに助言が飛ぶ。


「こっちの“アドバイス制度”も、その思想に近いかも」

「無理に命令しないで、間を保ったまま支援してる」

「エターナリア王国の第一条とも相性がいい」

「これ、文化交流の入口になるぞ」


交信役のリセは、その助言を見て、小さく笑った。


「見えてるよ、みんな。ありがとう」


その言葉に、中央広場のあちこちで、ちょっとだけ嬉しそうな空気が広がった。

中継を見ているだけなのに、自分たちも使節団の一部になっているような気がしたのだ。


だが、その直後だった。


気配解析者が顔を上げた。


「待って。返事、まだ終わってない」


闇のさらに奥。

最初の応答地点よりももっと遠くで、巨大な輪郭がゆっくり動いた。


星だと思っていた点のいくつかが、実は“目”ではなく“窓”だったことがわかる。

その向こうに、さらに大きな存在がこちらを見ていた。


そして最後の返事が届いた。


今度は、はっきりと言葉だった。


「チイサナ コエ ハ トドイタ

デハ

オオキナ イミ ヲ キク

キミタチ ハ

ナゼ ソトヘ キタ」


その問いが響いた瞬間、使節団の全員が黙った。


これは確認ではない。

試験だ。


名前でも、挨拶でもない。

目的を問われたのだ。

しかも、ただの目的ではない。

“なぜ外へ来たのか”という、王国そのものの意味を。


中央広場でも、誰もが言葉を失った。

軽い返事では届かない。

下手な答えでは、ここで対話が閉じるかもしれない。


しかし同時に、それは向こう側が本気でこちらを見はじめたという証でもあった。


使節団の前で、ワープ印が青く静かに光る。

帰ることはできる。

けれど、まだ誰も帰ろうとはしなかった。


リセが、王国から届き始めた膨大な助言を見つめる。

「自由のため」

「境界を知るため」

「友達を作るため」

「自分たちが閉じた国にならないため」

「ただ好奇心で来た、でもそれは悪ではない」

「守護力を外へ向けて試すため」

「世界に“あいだ”を作る方法を学ぶため」


その全部が、少しずつ、一つの答えに集まりはじめていた。


使節団の三台のビデオカメラは、その沈黙さえも、鮮明に王国へ届け続けていた。


そしてリセは、息を吸った。

向こう側へ返すべき、次の言葉を選ぶために。


1. 使節団は王国民から集まった助言を整理し、「なぜ外へ来たのか」への正式な返答を共同で作る

2. 返答の前に、向こう側の「大きな存在」が何者かを観測し、その姿や性質をさらに詳しく分析する

3. いったん短く「対話のために来た」とだけ返し、相手の反応を先に見てから本答を考える


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ