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音に囚われる街  作者: TOMMY


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5/6

学校

「……」


私と礼子は声を失う。

さっきまで楽しく会話していた人間が忽然と消えた。


その場所には、最初から何もいなかったかのように何もない。


礼子はテーブルを叩き、歯噛みする。


「あたしのせいだ!あたしが雇うなんて言うから!」


キーボードを拳で叩く。


「ふざけんな!出てこいよ」


声だけが虚しく部屋に消えていく。

私は礼子の肩をそっと抱き寄せた。


「何なんだよ……」


礼子の拳は力なく、私の胸に落ちていった。


「まだ、完全に消えたわけじゃない」


空間が確かに歪んでいた。

今もそこだけ、空気が揺れている。


霊が霧散するとどこに行くのかはわからない。

けれど、諦めることだけは違う気がした。


「うん。突き止めなくちゃ。

先輩は廃寺を調べていると連絡がありました。

なので累さんは、学校をお願いします」


私は立ち上がり、前を見つめた。

真希の何を伝えたかったのだろうか。


あのときの私は……


コツン。

乾いた音が足元で鳴った。


テーブルの下をのぞき込み、それを探す。

するとそこには、灰色の骨が落ちていた。


私はそれを拾い上げ、礼子に見せる。


「それって──」


私はその骨をじっくりと観察する。

人の骨に似ているが、関節の突起はない。

先端は少しだけ、半透明に見えた。


木の香りがわずかに鼻をかすめた。


少年にもらったポケットの中の骨が少しだけ、熱を持った気がした。


私は事務所を出た。

確かな決意を胸に、学校に向けて街を歩く。


気がつけば太陽は、雑居ビルに沈もうとしていた。

街の影は静かに伸びていく。


すれ違う人々の足取りは重い。

鬱蒼とした感情が、身体から滲んでいた。

怒りや疲れが、街に溶け出しているようだった。


黒い染みは、人の未練によって生まれる。

そう思っていた。

けれど私は、どこか間違っている気がしていた。


──学校についた頃には、完全な闇があたりを覆っていた。

街灯の明かりすら、校庭の奥には届かない。


ピコン。

スマホが鳴った。


見ると礼子からチャットが入っていた。


”累さん、気をつけてください。

その学校が廃校になってから、行方不明者が何人も出ています”


スマホをポケットにしまう。

それとともに、拳をゆっくりと握りしめた。


私はペンライトを付け、廃校となった校舎に足を踏み入れた。


ぎぃと腐りかけたドアが鳴る。

校舎の玄関には、何台もの下駄箱が口を開いていた。

上履きが、ところどころに入っている。

どれも埃をかぶり、黒くくすんでいた。


ひとつだけ、異様に蜘蛛の巣が張った下駄箱があった。

そこにはひとつだけ、スニーカーが入っていた。


下駄箱を横目に廊下を歩く。

みし、と歪んだ木の廊下は悲鳴を上げた。

急に背中へ鳥肌が這い上がってきた。


……いる。


私は、革靴を踏み込む。

だが、ぎぃと低い音だけが校舎の奥底に吸い込まれていった。


木造の古い校舎は、革靴の音を拒絶していた。


その瞬間、バタリと玄関のドアが閉まった。

ガタガタと下駄箱は音を立てる。


私は教室に逃げ込んだ。

霊と対話するには、姿を見せるしかない。

対話できなければ、浄化もできない。


教室内をペンライトで照らす。

私の目論見は、外れた。


ロッカーや清掃用具入れすら、木製で腐り落ちていた。

等間隔に並んだ机も椅子も、ベコベコに歪んでいる。


ガラララッ。

教室の反対側の扉が開いた。


追ってきている。

その音は、悪意を持って私を威嚇していた。


「仕方ないよな。失礼する!」

私は教卓の前で飛び上がり、黒板を思い切り蹴った。


ガツン!


鈍い音が教室に響く。

一瞬だけ、数人の学生が教室に立っている光景が浮かんだ。

その顔は私を見て、驚いているように見えた。


「…あれ?……人じゃなかっ──」


学生たちの声が少しだけ聞こえた。

やはり綺麗に響かなければ効果が薄い。


ぎぃぎぃと床がなる。

ひりつくような殺気が迫ってくる。

私はその音から遠ざかるように後ずさりした。


すると、ベコンと大きな音とともに目の前の机がひしゃげた。


「おいおい、まじか……」


教室から飛び出し廊下を走った。

暗い廊下が何本も分岐している。


完全に学生たちは私に敵意を持っている。

複数の足音は私を追いかけてきた。


「敵意はない!落ち着いて話そう」


後ろの足音に向けて告げるが、いっこうに殺気が消えることがなかった。


私は校舎を駆け回った。

しかし、どの教室も木製のものばかり。


すると、廊下の正面から足音が鳴った。


廊下がべこりとへこむ。


ぶんっと重い音を耳が捉えた。

とっさに頭を下げる。

凄まじい破裂音とともに壁が砕けた。


ぶんっと上空の空気が唸った。


後ろに飛ぶ。


床がバキバキにへこんだ。


息が苦しい。

このままでは、やられる。


その瞬間、背中がみしと軋み、私は教室の中に吹き飛んだ。


背中が焼けるように熱い。

痛みが視界を塞ぐ。

その間も足音は私に迫っていた。


ペンライトは彼方を照らしている。

すでに、立てる気はしなかった。

私は手探りで足に手を回し、ぐっと力を込めた。


駆け寄る足音は、目の前に迫った。

その瞬間、私は革靴を目の前に放り投げた。


カツーン。


その瞬間、金属バットを持った学生たちは姿を現した。


「やっぱり人だ!みんな止まれ」


金属バットを持った学生は、戸惑った顔を浮かべていた。


……ぎぎぎぎぎ。

床板が軋みながら盛り上がる。


まずい。

教室の隅から黒い染みの気配が漂ってきた。


私は息をひとつ吐き、できることを探した。


身体は教室の床に沈んでいる。

立つことは、できそうもない。

ペンライトも失っている。

革靴の効果も残り少ない。

学生たちは怯えている。


頭の中を絶望が掛け巡る。

だが、まだ口と手だけは動く。


ぬちゃり。


床についた足に鈍い痛みが走った。

太ももに熱がこもる。


頭の中は、白く明滅した。


「お前ら、これを、打て!」


身体の痛みが神経を突き刺す。


私はポケットに痺れだした手を入れ、それを学生に投げた。


コツーン。

骨はバットに打たれた。


コツンコツン。

乾いた骨は木製の校舎でも綺麗な音を奏でた。

腐った木すら、その音を拒めなかった。


痛みが少しだけ引いた。

無理にでも明るい声を紡ぐ。


「ナイスバッティング!やるじゃないか!」


学生たちは、活気を取り戻した。

久しぶりのスポーツの熱気は、不安を打ち消していく。

……あと一押し。


「磯野!野球しようぜ」


数人が笑った。

学生たちは一斉にツッコミを入れた。


「誰がカツオやねん!」


すると、大きな笑いが教室を包み込んだ。


その瞬間──


黒い染みは床の中に消えていった。

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