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音に囚われる街  作者: TOMMY


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4/5

霧散

私は、病院内を調査して手帳にまとめると子どもたちと病院を出た。


地縛が解けた子どもたち。

病院から解放されて、走り回っていた。


私は礼子にチャットを送った。


ピコン。


スマホをポケットへ戻した途端に着信音が鳴る。

チャットを見て、息を飲む。


私の居場所も次の行動も、礼子にはわかっているらしい。

先方への連絡も済ませてくれている。

もはや怖い。


私は礼子の指示に従って、最寄りの寺を訪ねた。


「こんにちは、累と申します。この度はお引き受けいただき、ありがとうございます」


住職は深々と頭を下げた。


私は住職に、子どもたちを預けた。


各地の寺とは、契約している。

子どもの地縛霊を救ったら、近くの寺が引き取ることを。

礼子には子どもたちの名前を伝えていた。


寺の人間は、おりんや木魚などの音を使って、霊を見ているらしい。

私には聞こえないものが、彼らには聞こえるのだろう。


──私は荒廃とした病院を横目に、事務所へと戻った。


「ただいま戻りました」


相変わらずその声は、狭い事務所の埃に消えた。

けれど一拍置いて、聞き慣れない言葉が返ってきた。


「お邪魔してます」


来客用のソファーに座っていた長い黒髪の女性はすっと立ち上がった。

青いワンピースが可愛らしい。

振り向いた顔には、とびっきりの笑顔を浮かべていた。


トンネルで見たあの怯えた顔とは、まるで別人だった。


「真希ちゃんってすごいんですよ!幻の喫茶店を全部知ってるんです!」


礼子は事務所に訪れた真希とすでに打ち解けているようだった。


「で、病院どうでしたか?」


私は真希の正面のソファーに腰を下ろした。


「おいおい、真希さんがいるのに仕事の話か?」


礼子はクルクルと椅子で回りながら右手を上げる。


「真希ちゃん、ここで働いてくれるって。

だから、雇っといた」


ボサボサ頭はまた勝手なことを言ってのける。

私は真希を見つめた。


「本当にいいのか?」


真希は「はいっ!」と快活に答える。


「もう久しぶりの自由は楽しみました。それにここにいないと……ちょっと寂しいんです」


霊は特定の人にしか見えない。

私は口を強く結ぶ。


そして、手を前に出した。


「それじゃあ、よろしく」


真希は、私の手を両手で包んだ。


「よろしくお願いします!」


──私はこの事務所のことと、これまでの経緯を真希に話すと、机の上に手帳を広げた。


じっくりと病院の中を思い出す。

置き去りのカルテ。

散乱した医療報告書。

明らかにそこは移転ではなかった。


抜け殻。


そう表現する方が合っている気がした。

けれど医療器具だけは、見つけられなかった。

聴診器も包帯もハサミすらない。


唯一見つけたもの。

それは子どもたちが転がした、注射器だけ。


真希は手帳を覗き込み、感嘆の声を上げた。


「すごい!詳細に記録しているのですね。写真もついてる」


私は得意げに口を開く。


「後で思い起こしたときに、情景が思い浮かぶようにしているんだ。

私は少し忘れっぽいから……」


そこで言葉が詰まった。

この事務所に入った当時の情景が、頭から抜け落ちている気がした。


……いや。

それにしても、抜け落ち方が不自然だった。


「これ、ちょっとおかしくないですか?」


真希は手帳を指差す。


「医療報告書の名前とカルテの名前が、一人も一致しない」


私は写真をつぶさに見比べる。

確かに、名前が合わなかった。


背中がじわりと冷える。

それは偶然では済まない数だった。


「特定の人が連れてこられていた?」


礼子はキーボードを叩きながら言う。


「真希ちゃん。よく見えてるね」


モニターには医療報告書に書かれた人の情報が表示された。


住所

生年月日

血液型


その住所は、病院とはかけ離れていた。

あまりにも遠い。

礼子の言うとおり、連れてこられた可能性が高い。


「あっ!」


真希はモニターを指差す。


「たぶんこの人たち、みんな中学校が一緒です」


空気がわずかに重くなる。


礼子はこの街の地図を映した。


「確かに、この中学校に住所が近い。

だけど、ここって……」


礼子は私の目を見た。

そこは礼子が目をつけていた学校だった。

5年前に、廃校になっている。


私は疑問を口にした。


「なんで、同じだとわかったの?」


真希は即答する。


「だって、ここ、私の母校ですから」


心臓が低く鳴った。

廃校に通っているはずはない。

私はある疑問を投げかけた。


「真希さん。今、西暦何年だっけ?」


その答えに私と礼子は絶句した。


──五年間の記憶が、失われている。


喉の奥がひどく乾いた。

時計の針がどこか狂っている気がした。


トンネルでの日々は、虚ろで、感覚がなかったという。


廃校になる前の学校は、野球が盛んないたって普通な学校だったらしい。

みな、そこから連れてこられていた。

先生がそこに、いたのだろうか。


「先輩と累さんが追っている、先生って誰ですか?」


──コツン。

事務所に音が鳴った。


一瞬、みんな気に留めたが、礼子は構わずキーボードを叩いた。


モニターには、医師たちの名前が映し出された。

あの病院で働いていた医師を離職した順に。


「特定の誰かではないよ。

黒い染みが発生した場所には”先生”と呼称する人間が関与していることが多いんだ」


真希は急に天井を見つめた。

その視線は、誰かと目を合わせているようだった。


「それじゃあこの中にいるのかも」


礼子は一人一人の情報をつぶさに観察している。

どこから情報を集めているのだろうか。

礼子を怒らせることだけはしないと、心の中で誓った。


「そこには、きっといない。

昔先輩と一つの企業を調べ上げた。

けれど、どこにも”先生”は見当たらなかった。だからきっと──」


コツン。

音が、また鳴った。

事務所の照明はちかちかと瞬く。

冷たい風がどこからか吹き抜けた。


「先生はすでに死んでいる」


真希は「あっ!」と声を上げた。


「私、トンネルでの記憶がほとんどなかったのですが、少しだけ思い出しました」


事務所の資料が宙を舞った。

礼子は顔をしかめる。


「先輩!もっと静かに──」


すると、真希の身体がぐりゃりと歪んだ。


「あのときの累さんは……」


真希の声はそこで途絶えた。


次の瞬間──


真希は何かを掴もうと手を伸ばす。


けれどその身体は、

空間ごと押し潰されるように霧散した。

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