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音に囚われる街  作者: TOMMY


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3/5

喫茶店

事務所のドアを開けるなり、私は礼子に聞いた。


「空き地を囲む三ヶ所はいつ、役目を終えた?」


キーボードがカタカタと返事をする。

モニターには記事が次々と開かれていく。

礼子の調査は、相変わらず早い。


「あたし、カスタードプリンと抹茶ラテが欲しいのですが」


礼子は唐突に告げる。

目線はモニターに向けたまま。

私は礼子が座る、背もたれの高い椅子に手を乗せた。


「記事をまとめたらな」


すると突然、モニターは黒に染まった。

私の足は小さく持ち上がった。

けれど、これは違う。

──もっとやっかいなやつだ。


「あー、もう少しなんだけど、甘いものないと調子でないなー」


礼子のおねだりは、やりあっても会話にならないことは私も先輩もよく知っている。


私は背もたれを叩き、コンビニに足を向けた。


「完璧にまとめておけよ!」


椅子越しにふらりと手が上がる。

モニターはふっと、色を取り戻した。


──コンビニに入ると、背中が少しだけ冷えた。

けれど、嫌な感じはしない。


構わずデザートコーナーへ向かう。


だが、カスタードプリンも抹茶ラテも見当たらない。


冷蔵ショーケースが、ぶーん、と低く唸った。

そのガラス越しの空間は、どこか冷たく澄んでいる。


私は革靴を小さく鳴らした。


すると、隣に人影が立っていることに気づいた。


見覚えのある高校生くらいの顔。

頬に手を当て、ショーケースのケーキを眺めている。


「こんにちは。真希さん、ですよね」


声をかけると、ぱっとこちらを向いた。


「あっ!累さん。先日はどうもありがとうございました。おかげ様で自由を満喫しています」


その笑顔は、店内の冷たさをふっと和らげた。


「元気そうでなにより」


私は用事を思い出し、軽く頭を掻いた。


「この近くで、カスタードプリンと抹茶ラテを売っている店、知りませんか?」


真希は小さく笑った。


「あはは。いつも急ですね。また事情があるんですか?」


私は革靴を鳴らして頷く。


「うーん……駅前の喫茶店がテイクアウトをやっていたと思います。

ただ、こうなる前の記憶なので、まだあるかは分かりませんけど」


「助かった。ありがとう」


私は名刺を差し出した。


「何か困ったことがあったら、ここへ」


真希はそれを受け取り、小さく会釈した。


私はそのままコンビニを出て、駅前へ向かった。


駅前でその喫茶店を探すと、その店は裏道に潜むように佇んでいた。

錆付いた看板に、かろうじて店名が見えた。


喫茶店「ポマード」


レトロなショーケースには、メロンクリームとショートケーキが飾られている。

軋んだ木造の建物は長年の歴史を物語っていた。


中に入ると、腰の曲がった年配の女性が「いらっしゃい」と視線を向けた。

紫の洋服を違和感なく着こなしている。

店内には四つのテーブル席があるが、私の他に客はいないようだった。


レジ下のショーケースには色とりどりのケーキと瓶に詰められたプリンが置かれている。


私はその年配の女性に、礼子ご要望の品を告げ、それを受け取った。

上品な見た目と比例するように、とても値段が張る。


店を出ようとすると、年配の女性は私に向けて告げた。


「その革靴、いい音を出しますね」


私は、会釈して店を出た。


──事務所に戻ると、嫌味な声が降ってきた。


「遅い。いつまで待たせるつもりだ?」


先輩も礼子のおねだりの被害にあっていたようだ。


「ふふ。すごいでしょ。累さんも見てください」


礼子はモニターに人々が行き交う街の映像を映した。


「これ、お天気カメラの映像なんです。今の時代、足を使わなくても調査できるんですよ」


礼子は得意げに語るが、先輩はひどく顔をしかめていた。


私は、礼子に買ってきたものを渡す。


「えっ、これ!どうやって手に入れたの?

……幻の逸品だよ!」


私は得意げに語った。


「ふふ、企業秘密さ。

それより早く、資料を映せ。

それ、高かったんだ。下手な資料だったら取り上げるからな」


礼子はカスタードプリンに羨望の眼差しを送りながら、モニターを明るくさせた。


「遅いからさ、ついでに役所のデータベースも覗いといたよ」


「おい」


先輩は冷たい風を吹かせる。


「はは、ちょっとだけだから」


モニターには、整然とまとめられた記事が映った。


「累さんの推測、当たり。

三ヶ所とも五年前から崩れてる。ドミノみたいにね。


最初が病院、その次が廃寺、最後が高校の順」


先輩は訝しげな表情でモニターを見つめた。


「病院の院長は変わったか?」


礼子はピンと背筋を伸ばした。


「はい、五年前に変わってます」


「やはりな。

累。病院を当たれ!

そこに──彼はいる」


先輩は資料を巻き上げながら、消えていく。

私と礼子は資料を押さえながらハモった。


「もっとゆっくり移動してください!」


先輩の返事も姿もそこになかった。


私は病院へ出かける支度をした。


病院は特に危ない。

人々の未練が溜まる場所は、黒い染みが強くなる。


「はぁー、めちゃくちゃ美味しい!

この甘みと苦味の絶妙なバランスと香ばしい香り。

こりゃー、仕事が捗る捗る。

身体の中が溶けちゃいそう!

累さん、今度お店の場所を教えてくださいね」


スプーンを掲げた礼子は、とびっきりの笑顔を浮かべていた。


「あっ。もしかしたら、客が来るかもしれないから、そのときは頼む」


礼子は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「その客は、その店の場所を知っている」


礼子は立ち上がり、親指を立てた。


「まかせなさい。

……そうだ!これを持っていってください。美味しいプリンのお返しです」


礼子はテーブルに、灰色の小さな骨のようなものを置いた。


「これは……なんだ?」


礼子は首を傾げる。


「よくわからないんです。素材は動物由来ですが、調べた限り何の動物の骨でもないです。

ただ、どこかで役に立つかもって、小さな少年が事務所に置いていきました」


それを聞いた瞬間、私は骨をポケットにしまった。

前に進むにはまず、後ろからだ。


──私は電車を乗り継ぎ、目的の病院に着いた。


その建物は、想像以上に荒廃していた。

黄色いつるが外壁に張り付き、どす黒い影をそこに落としている。

コンクリートは剥げ、ところどころ鉄骨が見えていた。


今はもう、診察も診療もやっていない。

五年前の事件によって、大きくて立派だったはずの病院は、完全に傾いていた。


私は、正面のドアを押し開けた。

ドアの隙間に砂が挟まり、動作はとても重い。

ぎぎぎっという鈍い音は、病院内へ響きわたっていた。

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