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音に囚われる街  作者: TOMMY


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2/5

音の届かない場所

私は事務所の扉を開けた。


「ただいま戻りました」


ぎぃぎぃと軋む床。

古い木造の小さな事務所には、個人用の机が三つ。

どれも資料が積み上げられていて、風が吹くたびに宙を舞う。


部屋の隅には、来客用のソファーが二つとその間に机が一つ。

けれど客など来たためしがないため、もっぱら打ち合わせ用になっていた。


そんな埃っぽい事務所の中には、風味の効いた珈琲の香りが漂っていた。


”おかえり”という言葉の代わりのように、キーボードを叩く音が部屋の中に響いた。


「珈琲もらってもいい?」


モニターにかじりつくボサボサ頭は猛スピードで振り返った。


「700円になります」


珈琲ポットを塞ぐように右手が差し出され、眼鏡の奥の目は私をぎっと睨みつける。


「高くない!?さっきまで外で働いてきたんだけど」


彼女は睨む目を強め、差し出した手をひらつかせる。


「あたしも働いてますけど?それにこの珈琲は、スペシャルブレンドです」


どストレートな正論。

仕事の重みや身体的負荷など、彼女の前では意味をなさない。

それに、それを言って得た珈琲は、きっと苦い。


私はしぶしぶ財布から小銭を取り出して、彼女の手に乗せた。


「あはは。本当にくれちゃうんですね。

累さんは騙されやすいので、詐欺には十分に注意しないといけませんよ」


そう言って珈琲を注いでくれた。

ふと、テーブルの下のゴミ箱が目に入った。

そこには、インスタント珈琲の小袋が破れていた。


「あっ。見つかっちゃいました?」


私は隣の自分の席に腰掛けた。


「まぁ、珈琲の提供代としては、安いものか」


私と礼子は静かに笑った。


疲れた身体に温かい珈琲はよく染みる。

たとえインスタントでも、それは格別だった。


礼子はまた、キーボードを小気味よく鳴らしはじめた。

彼女は、この事務所の情報収集係だ。


地域マップや衛星画像、事件記事などからこの街の怪しげな場所を特定している。

彼女がいなければ、私も先輩も今頃、露頭に迷っていたことだろう。


「次の目星はついた?」


礼子は、やけに背もたれの高い椅子でクルクルと回る。


「何点か目星はついているのですが、決め手がないんですよね。これを見てください」


礼子は自分の机の大きなモニターに複数の画像を映し出した。


廃校となった学校

古びた病院

崩壊した寺


「確かに、黒い染みが現れそうではある、か。

どれも怪しげな雰囲気が漂ってる」


すると事務所に小さな風が舞った。

紙が小さく浮かび、さらさらと資料の山が雪崩を起こした。


すると事務所の温度が一瞬だけ下がった。


「お前らは、バカなのか!?

こんなもの、低俗な噂話だ」


礼子は、資料を押さえながら、少し強気に言う。


「先輩!現れるときはゆっくり現れてください。それにちゃんと新聞記事も集めています」


キーボードが跳ね、モニターに複数の記事が表示される。

けれどそれらは、怪談や都市伝説として、ありがちな内容ばかりに見えた。


先輩はそれらをじっくり眺め、眉を潜めた。

私は嫌味が飛び出さないことに驚きながら、その記事を眺めた。


「ふむ、なるほどな。噂話として、うまく隠蔽されている」


先輩は地図を机の上に広げ、ひとつひとつ指で追った。


「──ここだ」


先輩は何もない場所を指差す。

私と礼子は、無表情の顔を見合わせた。


「お前らはそれだから、だめなんだ」


その嫌味は顔の筋肉を脱落させる。


先輩は赤いペンで高校、病院そして廃寺に印を付けた。

するとその印は、大きな三角形を作った。

その中心には、先輩が差した場所。


「あっ!」


礼子が感嘆の声をあげる頃には、先輩は事務所から消えていた。

そこには、事務所を形作る木材の香りだけが、ふわりと漂っていた。


──次の日。私は地図を頼りに目的の場所を探る。

そこは、何の特徴もない空き地だった。


枯れかけた雑草が無造作に生えた広大な土地。

黄色い土と砂利が生き物を拒絶しているように見えた。


全身が異様に強張っている。

けれど、危険という感覚ではなかった。


……ここは、空っぽだ。

鳥の声も、虫の声もない。


私は直感した。

ここには、人も、霊も立ち寄らない。

恐怖も、笑いもない。

棲むべき温度が、欠如していた。


一瞬、ドロリと視線が吸い込まれた。

頭の中に空白が広がる。


雑草の影

灰色の小石

活気も淀みもない空間


すると、虚無感が身体中を覆っていった。


とっさに目を伏せたが、もう遅かった。


”何もできない”


──そう思った瞬間、足が止まっていた。


一歩も、踏み出せない。


ここで何かをしようとすること自体が、

ひどく無意味な気がした。


この街の闇は、まだ笑っていた。


じゃり、じゃりと居心地の悪い音を立てながら、私はその場を後にした。


数日をかけて周辺を調査するも、無力感が募るだけだった。


重い足取りで事務所に戻る途中、きぃきぃと私を手招きするかのような音が聞こえてきた。


私はそこに、飛び乗った。

最初から立ち漕ぎで。


「いい音は奏でられましたか?」


ブランコを漕ぐ少年は、私の顔をのぞき込んだ。


私は言葉を濁して、ただただ漕いだ。


少年は正面に視線を送ると、ゆっくりと大きくブランコを漕いでいった。

やがて、ブランコが一回転するのではないかと心配になるくらいに大きく。


少年のブランコは、ほとんど垂直まで振り上がった。


ガシャン。


落下するように戻ってくる。


「おいおい、大丈夫か?」


少年は、漕ぐのをやめない。


ガシャン。


少年の身体は頂点から落下するように大きく揺れる。


「無茶するな!ブランコは真下に戻るもんじゃない。後ろに戻るもんだ」


その瞬間、少年のブランコはピタリと止まり、笑い声が空に響いた。


「あははは。また当たり前のことを!

真下じゃなくて、後ろに戻るものですよね」


私は、少年につられて足を止め、自分で言ったことに笑った。


「そうそう、後ろに戻るから前に進める……」


──私は何かを掴みかけた。

頭の奥で、歯車が逆回転するような感覚が走った。


あの空き地は、空いているのではない。

空けられている。


「本当にブランコが好きですよね。あははは」


笑う少年は、ゆっくりとブランコを降りた。

その土では音が鳴らない。


けれど、コンクリートの地面ならいい音が奏でられる。

私は小さく呟いた。


「後ろに行くことで、前に進める」


「あははは。

今度はいい音が奏でられるといいですね。」


私は少年を見送ると、事務所に急いだ。

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