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音に囚われる街  作者: TOMMY


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1/5

笑えば、祓える

その瞬間、転げまわるように少年は笑った。


「あっはっはっは!

ひーぃっひっひ!

それ以上は言わないでください。

お腹がよじれて、死んじゃいます!」


いつの間にか、私もつられて笑っていた。


黒い染みは静かに霧散する。


少年は笑いをこらえながらブランコを漕いだ。


「あはは、前に進んだら、後ろに戻るのが、当たり前ですよ!」


私はブランコの上に立ち上がって思い切り漕いだ。


「ははは。そうだよな、少年。

前に進んだつもりで、後ろに行くことだってあるよな」


少年も立ち上がり、体を大きく逸らすようにブランコを大きく漕いでみせた。


「あはははは。また同じこと言ってる。

どれだけブランコが好きなんですか」


私は夕暮れに染まる空に、革靴を蹴り上げた。


コツン。

固い地面に当たって、革靴は小気味よい音を奏でた。


──太陽の光が鬱蒼とした雑居ビルに沈むまで、少年と全力でブランコを漕いだ。


隣のブランコが、きぃきぃと音を立てながら静まっていく。

夜は、今日も寂しさを連れてきた。


「それでは、またここで!

いい音が、響くといいですね!」


少年はぴょんとブランコから飛び降りる。


……砂の音は、まったくしない。

着地したはずの場所に、足跡がなかった。


「またな」

振った手は重たく、白い息は夜空を漂う。


少年は、脇目も振らず闇の奥へ駆けていった。


静寂が公園に落ちた。

遊具は役目を失い、その影を虚ろにさせていく。


やがて、ジジジっとざらついた音の街灯とともに刹那の静寂は破られた。


ぬるい風が、枯れ葉を宙に浮かべ、砂がゆっくりと渦を巻く。

公園を囲う木々は、さやさやと会話して私を睨んでいた。


「いつになったら、消してくれるんだ?」


捻くれた声が私の背中を冷やした。


「もう少し、時間をください」


そう言いながら腰を折る。


「それ、何回言うつもりだ?

お前はいいよな。この街を出られて。俺はずっと縛られてる。やってらんないね」


”その陰口も何回目だ”と私は小さく呟いた。


「──調べはついてる。次は向こうのトンネルだ」


先輩は彼方の山を指差した。


「わかりました。

それでは、行ってまいります」


右肩に乾いた痛みが走った。

先輩のその手は、とても冷たい。

けれど、このやり取りだけが私を温めてくれる。


先輩は、この街に縛られたままの霊だ。


私もまた、

この街から離れられない人間だった。


──住宅街を離れた山の中。

静まり返ったトンネルに、コツコツと革靴の音を響かせる。

これを履いている限り、彼らは隠れられない。


ここに、いる。


冷えた空気の中に漂う、濁った気配。

トンネルは溜まりやすい。

空の輝きが届かないから。


等間隔に設置された非常口。

そこは彼らの住処だ。


すると暗がりのドアから、ぬっと人影が出てきた。

ドアは、閉じたまま。


私は歩きながら、声を響かせた。


「こんばんは。少々お話を聞かせていただいても?」


黒い長髪の女性は、ぎこちなく首を回してこちらを向いた。


トンネルのライトが、急に明滅する。


「わ、わたしが、見えるのですか?」


その瞬間、頭上の灯りだけがチカッと強く光った。


私はいつも通り口角をにっと上げる。


「ええ。見えますし、聞こえます。

はじめまして、私は累と言います。お名前を伺っても?」


すると女性は、ギギギギと音が鳴るかのように首を震わせながら、ゆたりと歩み寄ってきた。


革靴が、じりと道路を削る。

女性は、ふっと笑った。


「その靴、心地よい音が響きますね。

私は真希と言います。

──このトンネルに……囚われてるみたいです」


近くで見ると、まだ幼さの残る顔だった。

声も、高校生くらいに聞こえる。


私はバレないようにかかとを道路におろした。


「いつ頃からここにいるか、覚えていますか?」


真希は俯いたまま首を横に振った。

その顔はどこか怯えていた。


「……わからないです。いつの間にか、ここにいたので」


そう言いながら、真希は両手の指を擦り合わせた。


その瞬間、足元にどろりとした風が通り抜けた。

トンネルの奥から、腐敗した臭いがわずかに届く。

私は真希を腕で制して、トンネルの奥に進んだ。


「少しだけ、そこで待っていてください」


頭上のライトがブザーのように鳴り響く。

黄色い光は少しだけ、赤く染まった。


すると黒い染みが端からゆっくりと広がった。

濡れた影のように地面を這い、私の足元へと集まってくる。


黒い染みは、人の未練が固まったもの。

それは人の笑いを奪う。


「──おいていけ」


低い声が、トンネルの奥から滲み出た。


黒い染みは、獣のような速さでこちらへ伸びてくる。


私はトンネルの壁を強く蹴った。


──カツーン。


革靴の硬い音が、トンネルの奥まで突き抜ける。


だが染みは止まらない。

私の足元へと波のように押し寄せる。


「おいて、いけ」


私はその場で足を踏み鳴らした。


カツ、カツ、カツン。


甲高い音が連続して響く。


真希は、不思議そうにこちらを見ていた。


「あれ……累さん?

さっきから、いったい何をしているのですか?」


黒い染みが、私の足首を舐めた。

ぬるりとした感触が、靴の中まで染み込んでくる。


何本もの手の形が、影の中で蠢いていた。

指が、こちらを掴もうと“数を増やしていく”。


私は頭をかきながら、無理やり笑った。


「いやあ、その……最近タップダンスにハマってましてね」


さらに強く踏み鳴らす。


「トンネルって、その……よく響くじゃないですか」


真希は一瞬きょとんとしてから、吹き出した。


「あはっ……」


黒い染みが、私の指に飛びついた。


ぐしゃり。


指先に焼けるような痛みが走る。


私は構わず足を鳴らす。


カツン!


カツン!


──カツン!


「初対面で急にタップダンス!?

トンネルは、よく響く!?

あはは、そんな真面目な顔で当たり前のことを!」


黒い染みは腕まで這い上がってきた。


「──指をくれ」


足が痺れ、靴のリズムが一瞬崩れる。


──まずい。


私は無理やり体を回し、ぎこちないステップを踏んだ。


カツ

カツカツ

カツン!


両手まで使って、大袈裟にポーズを取る。


「ほら、こういうのもあるんですよ」


ついに真希は腹を抱えて笑い出した。


「あはははは!!」


その瞬間だった。


黒い染みが、怯えたように揺れた。

トンネルのライトが一斉に明るくなる。


黒い染みが、じゅっと音を立てて蒸発していく。

腕に絡みついていた影も、煙のように消えていった。


「あははは……!」


真希は涙を拭きながら笑い続けている。


トンネルの黒い染みは完全に消えていた。


私は肩で息をしながら、壁にもたれた。


「はぁ……はぁ……危なかった」


真希は私に向けて手を叩きながら笑っている。


「累さん。とてもよかったです。その、急に始まったタップダンス。ふふふ」


すると彼女は急に目を大きくさせた。

あれっ、と不思議そうに肩を回し、その場で足踏みをした。


「身体が、とても軽い。

──笑っていたら……私、開放されたみたいです」


ライトの明かりは、元の照度に戻っていく。


「真希さん。あなたはもう、自由だ。

地縛を解くこと。それが私の仕事です」


真希は顔の表情を見失ったように見えた。


「この靴はね。生きている人間の音を強く響かせるんです。

“音は境界を作る”。だから、あいつらは近づけない。

笑いこそが生きた証です」


真希は驚きながらつぶやいた。


「私、まだ……笑えたんだ。

ここでずっと、ひとりでした」


真希は、ぺこりと頭を下げると、何かを思い出したようにトンネルを去っていった。


伸縮のない影。鳴らない足音。

それがないだけで、人の存在は虚ろになる。


非常口の表示灯は鈍く光っている。

暗がりは未練を溜めやすい。

これで少しでも明るく、なるといいのだが。


ひんやりとした静寂。

冷たい風がトンネルを駆け抜けた。


その風は私の周りで渦を作る。

少しだけ、トンネルが冷えた。


「まだ、役目を果たさないのか?」


嫌味な声がまた、背中から聞こえた。


「いるなら手伝ってくださいよ。結構危なかったんですから」


背中にバンッという痛みが走った。


「それができりゃ……俺だけで解決してる」


笑えなくなった人ほど、この街に縛られる。


だから私は、笑わせる。


この街は、もう少しだけ明るくなれる。


──先輩はまた、この街に潜む黒い染みを探しに消えた。


街が、淡く輝く。

ビルの隙間から朝日が覗いた。


温かい日差しによって影が伸びていく。

全身に鳥肌が立つ。

ゆっくりと光に溶けていく。

それがとても心地いい。


──コツン。

その音は、まだ終わっていなかった。

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