END if1:星還
夜は再び訪れる。昨日よりもさらに違和感を増したまま。
いつもと同じように、少年の前に少女が現れた。
「また会えたね」
少年はそう語りかける。
その言葉に、私は胸が温かくなる感覚を覚えた。再会を喜ばれるという感覚を、私は初めて知った。
夜は短い。
私はこれが最後の夜だと知っていた。だから少年へ、いつもより多く話しかける。何でもない世間話から、今日の出来事まで。少年のすべてを心に刻み込むように。
――終わってほしくない。
そう気づいたころには、日付が変わろうとしていた。
歩く距離が近くなる。理由もなく、ただ自然に。沈黙が訪れても怖くない。隣にいることが当たり前になっていく。
少年は少女をじっと見つめた。
「何?」
私は尋ねる。
「君、夜に慣れすぎてない?」
心臓が止まるような感覚が全身を走った。笑ってごまかさなければならない。
「そうかな。みんな一緒だと思うけど……はは」
また嘘をついた。
嘘を重ねるたびに、少しだけ心が軽くなる気がした。
最後の星が欠け始める。音もなく、光に飲み込まれていく。
少年も、その瞬間を見ていた。
「……今の」
私は答えない。答えてしまえば終わってしまう。この夜が終わる前に、関係が壊れてしまう。
だから話題を変える。他愛のない話へ。普通ならどうでもいいような未来の話へ。
――存在しない明日の話へ。
少年は少女を見つめる。
これまで感じていた違和感が、確信へと変わっていく。
「影、なくなってない……?」
私は戸惑った。
「え?」
確かに、影が消えていた。
感づかれてしまった。
もう隠せない。
終わってしまう。
「……怖い?」
少年の一言に、心が揺れる。
私は涙を浮かべながら答えた。
「怖くないよ」
嘘だ。また嘘をついてしまった。
消えるのが怖い。そして、この人に選ばせてしまうことが。
また星が欠ける。空を覆う闇はさらに薄れ、夜は青みを帯び始める。
「聞いてほしい」
私は最後の会話を始めた。
自分の知っているすべてを、嘘偽りなく話す。星が夜を作り出していること。太陽を覆い、闇を生み、そして燃え尽きていくこと。夜が来るたびに星が一つ消えること。
そして――
「私は……その星の残滓から生まれたの」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちた。
少年は何も言わず、ただ話を聞いている。逃げもせず、否定もせず、すべてを受け止めるように。
「夜がなくなれば、このまま私はいなくなる」
初めて口にした。
「でも」
私は続ける。
「君には未来を変える力がある」
「君が次の星になれば、半永久的に夜は続く」
「私も存在できる」
「でも、そのとき君は世界から消えてしまう」
沈黙が落ちる。
夜が軋む音がした。
「本当は伝えるつもりなんてなかった。でも、消えたくなくなってしまった」
「君と話せるこの世界で、初めて色を感じた。初めて感情が生まれた」
「消えたくない。選ばせたくなかった」
――でも。
「気づいてほしかった……」
涙が止まらない。
視界が歪む。
少年が静かに近づいた。
「ずっと、怖かったんだね」
私は小さく頷いた。
最後の星が消えていく。夜の輪郭が崩れ、世界が白く染まり始める。
時間がない。
私は何も言えなかった。
どんな結末も残酷だから。
沈黙。
夜が崩れる音がする。
少年は空を見上げ、考え、そして私を見る。
迷いと恐れを宿していた瞳が、やがて覚悟へと変わる。
「ねえ」
「僕は、夜が好きになったんだ」
「君のおかげだよ」
「だからさ」
「続けよう。この夜を」
意味を理解するより早く、光が世界を包み込んだ。
闇は砕け、私たちを形作っていた輪郭が消えていく。何も見えない。何も聞こえない。ただ温度だけが残る。
手を伸ばした。
けれど触れたのは光だった。
「……ありがとう」
確かに聞こえた気がした。
それが最後だった。
昼の世界は騒がしい。
風の音、車の走る音、人々の声。光に満ちた色彩の中を、私は歩く。
影がついてくる。
それだけで胸が締め付けられる。
夜が来る。
空には、あの星がある。
「……見てる?」
返事はない。
けれど夜は確かに続いている。
思い出は少しずつ曖昧になっていく。彼を形作っていた細部は薄れていく。それでも、夜に並んだ影、意味のない会話、終わるはずだったあの時間だけは消えない。
私は覚えている。
それだけでいい。
世界は巡り続ける。
夜に咲いた花は散った。
散った花は星となり、空へ残る。
闇はもう恐ろしくない。
昼の中でも、私は存在できる。
触れることはできなくても、確かに隣にある光。
夜は続く。
物語は終わる。
けれど――
共に過ごした時間は、これからも世界を照らし続ける。




