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【短編】私が雨を嫌う理由

 いつからだろう。

 私の所だけ雨が降り続いて、どれぐらい経つのかしら。

 雨が降ってなくても、私には降り落ちていく。


 私は雨に嫌われている。

 だから嫌がらせのように雨を降らすのだ。


 昔は雨が好きだった。

 お気に入りだった草模様が入ったモスグリーンの傘を使わなくなったし、折りたたみ傘を鞄に入れておくこともなくなった。

 適当に買ったビニール傘で十分だ。


 私がいるとそこに雨が降り続ける。

 だから出来るだけ各地に移動して仕事をした。

 フリーランスの仕事を持っていて本当によかった。


 雨が嫌いになった。

 クリーム色のレインコートも、長靴も物置にしまったまま。


 雨が好きだったのに、特に六月はお気に入りだったのに。

 あの人が好きだった紫陽花を見ることも、いつの間にか止めてしまった。

 美しい白と、淡い青と赤紫が綺麗な紫陽花の名所。


 しとしとと降る雨が好きだった。

 傘が雨音を弾く音が好きだった。

 水溜まりがあるからと、あの人が長靴を買ってくれたのに結局一度も使えなかった。


 一緒に紫陽花を見に行こうって約束してくれたのに。

 初めてあの人が約束を破ったのだ。


 猫を助けようとして横断歩道を飛び出して、車に轢かれて即死だった。

 私を置いて逝ってしまった。


 それから私の周りで雨が降り続ける。

 よく「止まない雨はない」なんていうけれど、私に限ってはそんなことなかった。



 ***



「にゃー」と部屋で猫の鳴く声が聞こえた。

 あの人が救った小さな命。

 実家に住んでいる三毛猫(ルー)は、私を見て鳴くと「付いて来い」と踵を返す。


 私を慰めようとしているのか後を付いていくと、小窓が開いていてルーの姿がないことに気付いた。


 鍵は閉めてあったし、外に出て行くはずがないと思っていた。

 それでも外がからルーの声が聞こえて、私は玄関から飛び出す。

 あの人が守った命を、失いたくない。

 奪わないで。


 いつもなら家を出ると雨が降り始めるのに、今日に限っては快晴だった。

 日の陽射しを浴びたのはいつぶりだろう。

 そんなことに気付かずに私は夢中でルーを探して回った。


 辿り着いたのは、雨に濡れた紫陽花の花が咲き誇る名所。

 しかし一カ所だけ雨に濡れていない紫陽花の花がある。花が咲かずにそこだけ何かを待っているかのようにジッと堪えているように思えた。


(ここだけ雨が降っていない?)


「にゃあ」

「ルー!」


 ここまで私を導くのがルーの役割だったと言わんばかりに、私の腕の中にルーは帰ってきた。


「にゃあ」

「ここを教えたかったの?」

「にゃ!」


 まるで私とは正反対に雨が降らない。

 そこは――私とあの人が約束した場所だ。


『また来年、ここで紫陽花を見に行こう』


 忘れていた。

 忘れようとしていた。


 思い出の場所は雨も降らず、紫陽花の葉も弱り切っていた。このままでは花を咲かせることもなく枯れてしまうだろう。

 あの人が好きだった紫陽花も失われてしまう。


『紫陽花って花言葉では『移り気』とか『浮気』とか『無情』って知られているけれど、色ごとの花言葉は結構違うんだよ。青なら『辛抱強い愛情』、ピンクなら『元気な女性』で、白は『寛容』なんだってさ。それに紫陽花は土地のpH値によって花の色が変わる環境や場所に合わせて適応するんだ。……僕はね、それが素敵だなって思うんだ』


 あの人が愛した紫陽花を枯らしたくない。


(どうしてこんな時に雨が降らないの?)


 いつもは鬱陶しくても雨が降り続いていたのに、大事な時に雨が降らない。


「……お願いっ。雨、……降って」


 それは願い。

 ポロリと両頬に涙が零れたその時、ポツポツと雨が降り始めた。

 さあさあ、と私の好きだった雨。


 私はルーがびしゃびしゃにならないように上着を被せた。これでルーは大丈夫だろう。

 ルーは私の腕の中で擦り寄る。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ふとあの人の声が聞こえた気がして振り返った。

 ()()()()()――けれど、先ほど枯れかけていた紫陽花の花が咲き誇っていることに気付く。

 あの紫陽花は待っていたのだろうか。

 そう思うと少しだけ口元が緩んだ。


(次に来るときは、あの人から貰った長靴とお気に入りの傘でこよう)


 雨が嫌いになった。

 もうあの人がいないのに、雨はずっと降り続けるから。


(でも……。私の周りだけ雨が降り続けていても、もう私はそれを厭わない)


 雨よ降れ。

 そう願うだけで、私はあの人との思い出を再現できるのだから――。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

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