乙女ゲームが始まりそう――主役不在で
なんだか以前書いた「乙女ゲームが始まらない」を読んでくださってるかたがちらちらいるようなので
お礼を兼ねて。
企んだ側のお話をば。
「なぜ消えたんですの!?」
「逃げたのではないですかね?」
お嬢様の叫びに答える。
俺は公爵家の侍従兼護衛。侍従といっても、御年11歳のお嬢様つき。養い親が家令なんで将来的にはそっち。
……のはずなんだが、お嬢様付きから外されないので、少し雲行きが怪しい。俺は来年成人、本来ならもうお嬢様の弟――次代の公爵付きにかわるか、父の補佐をしながら仕事をいくつか引き継ぐ準備をしている時期だ。
まあ、変わったお嬢様なんで、規模は小さいが家令がするような仕事はやる羽目になっている。旦那様と父にそれで良しと判断されているといいのだが。
同じく侍女兼護衛のアンナが俺を見てくる。構うと面倒くさいわよ? の顔だ。
お嬢様の「なぜ」が、俺への問いかけではないことは分かっている。でも、今日この言葉を聞いた回数は両手であまる。
「なぜ!?」
「売り払われると思ったのでは?」
「原作どうりならそうね。お金を積まれた神殿経由で、聖女の力目当てのスクラブ伯爵に養女に出されるわ」
それが何? みたいな顔で見てくるんだよなー。うちのポンコツお嬢様。
「神託なし、魔力無しの判定が出た厄介者。裕福でない家が子を売ることはよくあるが、大抵十の歳に神殿で神託を確認した後です」
有用な神託がでれば手元に置く、もしくは売り飛ばす相手にさらに金貨を積ませる。嫌な言い方だが、子供の価値が決まる時なのだ。
「だから原作と変わるように、聖女を人扱いしないスクラブ伯爵ではなく、人の良いアルンス伯爵の養女になるよう手配したんじゃない」
お嬢様が変わっているのは、この世界の先と別な世界の文化を知っているから。お嬢様曰く、ここは物語の中の世界らしい。
お嬢様が朝っぱらからずっとなぜなぜ言っている消えた子供が、物語の主人公だそうだ。
肉親に恵まれず、類稀な聖属性を持つという神託を得るものの、その力を利用するスクラブ伯爵に売り払われ、山あり谷ありな末に聖女として魔王討伐に向かい、苦楽を共にした勇者である第一王子と結ばれる――
荒唐無稽な話だが、お嬢様が幾つか先のことを言い当てたことで、公爵家としては予知の信託を賜ったとして存分に利用している。別な世界の知識とやらも、同じくだ。侍女のアンナがお嬢様の何気ない言葉も書き留め、旦那様に報告している。
お嬢様のアイディアを取捨選択し、利用し、利益を出す。お嬢様が直接乗り出すよりも、旦那様は遥かに効率良く使っている。
経験と、考え方の違いだな。この国で利益を出すには、いや、生きていくにはお嬢様は甘すぎる。優しいという意味じゃない、経験不足と、人の悪意と欲を深く考えていない。
公爵家の後継から早々に外されたのも、そういうところからだろう。11歳にしては大人びてる、大人の記憶を持ち、人格が出来上がっていると判断され、矯正は不可とみなされた。
「その聖女様とやらに、良い悪いはわからないでしょう。スクラブ伯爵もアルンス伯爵も等しく人買いですよ」
だから先に顔合わせをさせろと言ったのに。
「そんな……」
衝撃を受けた顔をするお嬢様。
「聖女がいないと、魔王どころか魔物が倒せないわ……」
「準備してるでしょう?」
聖女とやら、たった一人にこっちの生殺与奪を与えるわけにはいかない。調査の結果、魔王復活の兆しは確かにあるとして王家に働きかけ、軍備を整えると共に公爵家では聖人並みの能力者を揃え育成している。有事となれば能力者を他家に派遣して、恩を売る算段だ。
今現在魔王はいないが、魔物のいる世界。もし魔物の大氾濫が起きようとも押し止められる程度には体制を整えている。
聖女とやらも公爵家の派閥であるアルンス伯爵の養女として囲い込むつもりでいたが、一人くらい取りこぼしても問題はない。ぶっちゃけお嬢様の気が済むなら、と準備した養女の話である。
物語の中で、お嬢様は主人公と敵対する悪役だそうで、主人公となる少女を心配しながらも恐れていた。
だから、神殿に金を積み判定を無効にした。こちらに抱き込んでから少女の神殿での判定をやり直す計画だった。ある程度恩を売って、伯爵家の暮らし――義理と金で縛る。
甘い、甘いお嬢様には甘く対応して機嫌良く色々喋ってもらう。重要な局面で嘘を混ぜられるようなことのないように、というのが旦那様の方針だ。
お嬢様は『物語と違って、家族仲が改善された』と喜んでらしたが。まあ、うん、ちょっとは親の情もあるのかもしれない。知らんが。
ちなみに、お嬢様は聖女と言っているが、性別に関わらず治癒や魔物に対する結界能力を持つ者を、一般的には聖人と呼ぶ。
「ダメよ。魔王がいる状態では魔物は倒しても数日で復活するの。復活を阻止するには聖女の祈りが必要なのよ! 魔王を倒す聖剣も、聖女がいないと……」
半泣きで言い淀む。
「は?」
おい、今、このポンコツお嬢様、準備の段階で抜けちゃいけないことを言わなかったか?
「聞いていません」
アンナが参加してくる。
「聖女はうちで保護する予定だったのに!!」
「何で代替えがきかないことを先に言わないんですか!」
知っていたら監視なりなんなりつけたのに。
「え? 聖女といえば唯一無二でしょう!?」
「はあぁ?」
思わず声が裏返る。
「何故そうなるのです!?」
沈着冷静、いつも無表情なアンナが、お嬢様の首を締め上げそうな顔をしている。
アンナの感情をむき出しにさせるのって、お嬢様だけなんだよな……。
その後、聖女の顔を知っているお嬢様と俺とアンナが、極秘の聖女探しを命じられましたとさ。うちのポンコツお嬢様、11歳にして貴族の義務範囲の学業はすでに修めている上、国随一の魔法使いだったりするんだよ……ポンコツだけど。