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仕事場での出会い→初恋の人の息子さん《後編》

 いつの間にか、紗英の仕事スペースに来て、似顔絵サンプルの猫の絵を穴の空く程見詰めている男の子はとても黒髪に青い目で綺麗な顔立ちをしていた。


 年は4才〜5才くらいだろうか?


 まるで、自分自身が絵から抜け出てきたかのような天使そのものの容姿のその子はうっとりとため息をつき、呟いた。


「猫の絵、可愛い……」


「え?」


「お姉さん、ウチのあんずちゃんの似顔絵描いてくれる?」


 そう言うと、その子が肩掛けバッグから紐付きの財布を取り出し、キラキラした青い瞳で見上げて来たので、紗英は慌ててしまった。


「え、ええっ? 坊や、お家の人は?」


 紗英は辺りを見回したが、この子の親らしき人は見当たらなかった。


「おもちゃ売り場。今、お姉ちゃんがアクアンビーズ買いに行ってる」


「あ、ああ、そうなの?」


 男の子が、エレベーターの向こう側、斜め向かいのおもちゃ売り場を指差したので紗英はホッとした。


 姿は見えないが、すぐ近くに家族がいるらしい。


「それなら、お家の人に聞いていいと言われたら、一緒に来てね?」


「え。でも、お絵かきのところ、行くってママに言ったし……。お金はちゃんとあるよ? ホラッ! 一件2000円でしょ?」


 お財布の中身(北里柴三郎さんが何人かいる)を覗かせ、必死にそう主張する男の子に紗英は弱って頬をポリポリと書いた。


「う〜ん。そう言われてもなぁ……」


 いくらお金を持っているとはいえ、幼児から仕事を受けるわけにもいかない。


「うっ。うぎゅうっ……」

「あ、ああっ。泣かないでぇっ!」


 男の子は青い目を涙で潤ませ始め、紗英は焦った。


 こんなところで、迷子を泣かせてしまっては大変だ。


 服のポッケからメモ帳と鉛筆を取り出すと、泣きそうになっている男の子にできる限り優しく声をかけた。


「あんずちゃんって言ったっけ?どんな子かな?」


「描いてくれるの?」


 目を輝かせる男の子に、紗英は苦笑いをする。


「落書き程度だけどね」


「えっとね……。あんずは、9才で、三毛のトラ猫で、額に黒と茶色の縦縞があって……。足は白くて、尻尾は黒で、賢そうな顔をしていて……」


「ふんふん……」


 男の子に言われた特徴を踏まえて、メモ帳にサラサラとラフ画を描くと、紗英はそれをメモ帳から切り離して男の子に渡した。


「はい。こんな感じかな?」

「わあぁ〜! ✧✧ あんずちゃんだぁ!」


 目を輝かせて喜んでいる男の子に、紗英も胸が温まる思いで声をかけた。


「喜んでくれたのならよかった! ちゃんとした絵は、お家の人と一緒に来てくれたらね?」


「うん! 分かったよ!『肉球倶楽部』のお姉さん!」


「ぇ゙……?」


(い、今なんて……?||||||||


 こんなところで、いたいけな男の子から活動休止中のサークル名で呼ばれるなんてそんな事ある筈ない……よね?)


 紗英がフリーズしているところへ……。


「「きょーちゃーん!!」」

「香二〜!!」


「「!」」

 向こうのおもちゃ売り場から家族連れの客が飛び出して来た。


 銀髪に青い目のとても綺麗な女性と、銀髪に黒い目の女の子と共に、周りを見回し必死に呼びかけている体格のよい男性を目にして、紗英は目を見張った。


「嘘っ……! 石藤……くんっ?!」


 そこに初恋の人そっくりの面差しを見つけ、紗英が驚きの声を漏らすと、目の前の男の子は、飛び出して来たその家族に手を振った。


「あっ。お父さ〜ん、お母さ〜ん、お姉ちゃ〜ん」


「香二!」

「「きょーちゃん!」」


 男の子に気が付いた家族は、すぐにこちらに駆け寄って来て、紗英の目の前で再会を果たした。


 ギュムッ!×2


「香二! よかった!」


「きょーちゃん! 黙っていなくなるから、ビックリしましたよ〜っ」


「きょーちゃん、も〜、心配させないでよね〜?」


 ホッとしたような表情の両親に抱き締められ、姉に呆れたように言われ、男の子はキョトンとした顔で首を傾げた。


「僕、ママにちゃんとお絵描きするところ行きたいって言ったよ?」


「お絵描き……? ああ、似顔絵書き!」

「おもちゃ屋の中のお絵描きスペースじゃなかったのか!」

「紛らわし〜!」


 香二と呼ばれたその男の子の言葉に似顔絵イベントのスペースを目にして、その子の家族一同が脱力したところへ、男の子は猫の絵が描かれたメモを得意げに見せた。


「ホラッ! そこのお姉さんに描いてもらったの。」

「まぁ、あんずちゃん!」

「おおっ」

「そっくり〜」


 そして、一同の視線は所在なげに立っている紗英に注がれた。


「ええと……。素敵な絵をありがとうございます。もしかして、香二がご迷惑をおかけしてしまいましたか? 大変申し訳ありません!」

「ああっ。私が目を離した隙に本当に申し訳ありません!」


「あっ。いえ! とんでもないです!(石藤くんに、料理研究家の財前寺桜さん、うわ、どうしよう。本物だ! ということは、この子と近くのお姉さんらしき女の子は二人のお子さん……! タハーッ!)」


 良二と桜に頭を下げられ、知ってしまった事実に衝撃を受けつつ、紗英はブンブンと手を振った。


 高校時代の優しげな面影を残しつつ、精悍な顔立ちになった初恋の彼、そしてテレビでよく見かける美貌の料理研究家の財前寺桜を前に、紗英がガチガチに緊張していると、更に香二は無邪気な笑顔で爆弾を落とす。


「後、そのお姉さん、家にある「猫ねこ日和」の肉球倶楽部さんなんだよ!」


「「「ええっ! ウチの愛読書の「猫ねこ日和」の作者さんっ?!」」」


「か、かっはぁっ……!!(な、何故、ウチの同人誌が、石藤家の愛読書にっ!?)」


 色々と打ちのめされた紗英は、血の涙を流してその場に崩れ落ちたのだった……。


         ✽


「いやぁ、高校以来だね。そう言えば、佐倉さんから小嶋さんと一緒にサークルやってるって聞いてたっけ……。

 本当に絵が上手だなぁ……」

「線に迷いがない! 絵が上手い方って本当に尊敬しちゃいますぅ!」

「お姉さん、すごーい!」


「え、えへへ。 私ぐらいなら少し練習すれば、すぐ書けるようになるんですけど、ありがとうございます///」


 その後、石藤くんに頼まれ、ご家族の注目も浴びながら私は香二くんの似顔絵を描いていた。


「もう! 今、僕の絵を描いてもらっているんだから、皆、黙って! お姉さん、食べ物は何が好きですか? どんな家に住みたいですか?」


「え? 好きな食べ物は、イチゴかな? どんな家……、う〜ん、猫と一緒に住みやすい環境の家……かな?」


 子供さんの似顔絵を描く時は、普通はこちらから楽しんで貰えるような話題を振っていくのが、香二からは何故か逆に質問攻めに遭い、紗英は目をパチクリとさせた。


         ✽



 そして、紗英がC◯PICで線描きをし、水彩絵の具でふんわり色付けをし、完成した似顔絵は、香二の夢見るような青い目、天使な容貌を際立たせ、石藤家一同にとって満足いく出来栄えのものとなっていた。


「「わぁ! 香二/きょーちゃんそっくり!」」


「似顔絵、とても素敵だよ。小嶋さん、記念に残る絵をありがとう!」


「こ、こちらこそ、石藤くんありがとう。喜んで貰えて何よりです」


 良二から支払いを受けた後、感嘆したように礼を言われ、紗英も内心複雑なものはあるものの笑顔で礼を返した。


(まさか好きだった人の子供の似顔絵を描く事になるとは思わなかったなぁ……。切ないけど、会えて嬉しかった。後で穂乃香ちゃんに報告しよう)


 そう思っていると、似顔絵を受け取った香二も嬉しそうに礼を伝えて来た。


「お姉さん、ありがとう! 大きくなったら、僕のお嫁さんにしてあげるね?」


「ええ?!」


「「きょーちゃんっ?!」」

「香二っ?!」


 突然のプロポーズにその場にいた全員が驚く中、香二は天使の笑顔を紗英に向けた。


「だって、お姉さん、可愛くて、絵も上手いなんて最高だもん! コレ、僕のキッズケータイの番号です! 登録よろしくお願いします!」


「っ……!??///」


 小さな携帯を差し出されての、30才以上年下の子から告白に紗英は目を白黒させたのだった……。


 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


「ふんふんふ〜ん♪」


 あの後、流石に連絡先は交換できなかったものの、今度はあんずの画像を持って、また似顔絵を描いてもらうと紗英と約束してご機嫌の香二。


「全く、香二は時々思いも寄らない行動を取るからビックリさせられるなぁ……。」


 良二の言葉に桜は尤もらしく頷いた。


「ええ。普段は大人しいのに、一体誰に似たのでしょうか……?」

「「それは、さくら(ママ)かな?」」


「ええっ?」


 良二とスミレから間髪入れず答えが返ってきて、目を剥く桜。


「それはともかく、きょーちゃん、結構たらしだよね? この前幼稚園の由佳ちゃんにもプロポーズしてなかったぁ?」


「うん。今は、一夫多妻制で結婚出来るから、二人共幸せにしてあげんの!」


 スミレから鋭く指摘されるも、なんなくエンジェルスマイルで返す香二。


「いや、香二、簡単に言うけどなぁ……。一夫多妻制って大変なんだぞ?下手をしたら、史上最強のざまぁを……」


「ふふっ。良二さん、いいじゃありませんか」


 白鳥を思い浮かべ諌めようとする良二の肩にポンと手をかける桜。


「一夫多妻制の許されたこの社会で、この先何がいい事か悪い事かなんて誰にも分かりません。

 未来はこの子達が切り開いていくものです。私達は、それを見守ってあげましょう?」


「さくら……!」


 良二は、賢い妻の顔をまじまじと見詰めると……、やがて笑顔になり桜に告げた。


「さくら、一夫多妻制の許されたこの世の中で、君に出会えた事が俺の幸せだと思うよ?」


「良二さん……!」


 良二の言葉を聞いて、桜の頬は朱に染まった。


「一夫多妻制じゃなくてもいいんですか?」


「ああ。他の女性なんかいらない。さくらだけに側にいて欲しいんだよ」

「良二さん……♡」


 チュッ!


「「あっ! お父さんお母さんにチューした!」」


 良二が桜の頬にキスをすると、子供達が色めき立った。


「香二、スミレも行こう?」

「きょーちゃん、スミレちゃんも、行きましょうか?」


 良二と桜は、それぞれ香二とスミレの手を取り、また家族仲良く歩き始めたのだった……。


✽あとがき✽

この話をもって完結とさせて頂きます。

最後まで読んで下さりありがとうございます!


一夫多妻制ルートとは、香織の運命と家族構成が違う一夫一妻制ルート。


香二くんは、このルート限定キャラになります。


本編に出て来る回数は少ないのですが、彼女を第二の妻に一夫多妻制にしては?というご意見もあるぐらい読者様に人気の高かった紗英ちゃんに、少し癒しをと思って彼との話をお届けしましたがどうでしたでしょうか?


面白かった。読んでよかったと思って頂けたら嬉しいです。


展開がお辛くなければですが、一夫多妻制ルートの方もどうかよろしくお願いしますm(_ _)m

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