義父 財前寺龍人の胸中
「ここは……、本当にお墓……なんですよね?」
「ふふ。僕も初めて来た時は驚いたよ。綺麗なところだろう?」
植物園に来たのかと錯覚する程、周りを色鮮やかな花に囲まれ、俺が目をパチクリしていると、隣を歩く義父の財前寺龍人さんは微笑み、足元に円形状に並ぶ小さなプレートの一つを指差した。
「あれが彼女のものだよ」
「………!」
赤やピンクの花の下にある小さなプレートには「Thank you all. RIKO KANDA」と書かれていた。
とある休日、お義父さんから墓参りに誘われたのだが、目的地が意外にも遠方にあり、樹木葬のお墓である事に驚いた。
墓参りに誘われた時、さくらの母、財前寺フィラさんのお墓は数カ月前に家族全員でお参りしたばかりだったから、他の人のものだろうとは思っていたが、薄々予想していた通りの名前を見つけて俺はお義父さんを見遣った。
「ははっ。まぁ、予想通りって顔だね? さくらや龍馬には内緒だよ?」
さくらと同じ銀髪に青い目のお義父さんは端正な顔を歪めて困ったように笑い、人差し指を口元に当てた。
「リコさん……。確か、学生時代のお義父さんの恋人だった方ですよね?」
「ああ。彼女は僕に色々な事を教えてくれた人だった……」
卒業後、親の決めた相手であるフィラさんと結婚したお義父さんだが、しばらくリコさんの事を忘れられず、更に彼女の死を知った時にはショックで酒浸りになり身体を壊してしまったとか……。
切なそうに目を閉じ、手を合わせているお義父さんの胸中を思いながら、俺も花に囲まれたプレートの前で手を合わせたのだった……。
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お墓参りの後、近くのそば屋に誘われ、向かいの席のお義父さんは神妙な顔を俺に向けて来た。
「君には、恋人を引きずり妻に心労をかけた私の体験から、「元恋人の香織さんがどういう状況に置かれていようとさくらを優先してくれ」なんて言ってしまったものだから、彼女と必要以上に距離を取るようにさせてしまったのではないかと気になっていてね。
彼女が亡くなってから後悔があったのなら、申し訳なかった」
さくらの父であり、RJ(株)に深々と頭を下げられ、俺は慌てた。
「いえ、そんな……! お義父さんは当然の事を言っただけですから何も悪くないです! どうか頭を上げて下さい!」
「しかし……。この一夫多妻制の許された世の中で、君や香織さんの未来の選択肢を狭めてしまったのではないかと……」
「それこそ、有り得ないですよ!」
お義父さんの発言に俺は目を見開いて叫んだ。
いくら香織にしてあげられる事があったかもと言っても、一夫多妻制家庭を取って彼女を保護するなんて、そこまでの想定は俺の中にはなかった。
俺にとって、大切で何を置いても守る覚悟が出来ているのは、今の家族、さくら、スミレ、香二だけだ。
香織もきっと、俺よりも白鳥よりも、仕事やプライベートで関わる周りの人達とかけがえのない絆を持っていた事だろう。
そう考えた時、一抹の寂しさと共に胸につかえていたものがスッと楽になった気がした。
このまま遣り切れない思いを抱えていたら、それこそ、さくらとの間がギクシャクしてしまっていたかもしれない。同じ境遇、同じ想いを抱えるお義父さんと話をしたからこそ、心の整理がついたのだろう。
「お義父さん、ありがとうございます。今日ここに誘って頂けて本当によかったです……」
「良二くん……」
俺が心から礼を言うと、お義父さんは目を潤ませた。
「情けないが、僕もこんな話は家族にはとても出来ないから、今日は君と話せて本当によかったよ。
よかったら、学生時代のリコの写真を見てもらえるかい? 」
「はい。ぜひ……! っ……!!!」
お義父さんから一枚の写真を受け取り、衝撃を受けた。
そこには、アナベベの妻と見紛う程そっくりな強そうな女性(?)が映っていたのだ……!
「ははっ。一目見たら、忘れられない位印象的な女性だろう?// 」
「そそっ、そうですね……? 印象的で素敵なじょ、女性ですね?||||||||」
ポッと頬を赤らめるお義父さんに、俺は写真を持つ手を震わせながら同意するしかなかった。
「そう言って貰えると思っていたよ。さくらから君の女性の好みは、強くて刺激的なタイプらしいと聞いていたんだ。僕とちょっと似ているよね……?」
「ど、どうでしょうね……?」
俺は曖昧な笑みを浮かべつつ、今は一刻も早く家に帰り、さくら、スミレ、香二、あんずの顔が見たいと思ってしまっていたのだった……。