悪夢の始まり
「おい、イノリ、虎太郎。手荒な真似はよせ」
鎌田さんがそれを制した。
「ダメですよ。そもそもあたしが我慢できない。こんな腐った奴らは」
それでもあたしは許せなかった。
客と店主の立場を利用して、尊大な態度に出る。そんな奴はどうしても許せない。
「イノリの敵は俺の敵だぜ? 一戦交えちゃうか?」
それは虎太郎も同じ気持ちのようだ。
「なんだぁ? 女だてらに威勢が良いな。俺達の顔、知らねーようだな」
「ホントだぜ。後ろにチャラけた男を配置してるからって、いきがってちゃ、可愛い顔も台無しだぞ。それともなにか、あんたここのマスターの女な訳?」
「弱そうなマスターと、馬鹿そうな女。良いカップルだわな」
ヤンキー達は、イスにふんぞり返ってゲラゲラと笑い出す。
卑下たその態度、あたしを女だと思って馬鹿にしてるようだ。
「上等だよ! 祈りな!」
怒りと共に、ガラステーブルに拳を打ち込んだ。ビシッと言う音と共に、テーブルが砕け散った。
「えっ?」
「なんて女だよ?」
その光景に愕然となるヤンキー達。蒼白になり、腰を浮かす。
「あたしの先輩を、馬鹿にするなんて許さないからね!」
勢い良く拳を振りかぶり、茶髪の腹部に拳を打ち込んだ。
「げおっ!」
腰をくの字にして悶える茶髪。
「つ、つえー!」
もうひとりのメッシュの男が、豆鉄砲を喰らったように立ち上がる。
そして入り口目掛けて、走り出した。
「仲間を置いて逃げる気か? そういう奴も嫌いなんだよ!」
あたしはその襟首を掴み取る。
「ひえっ?」
そして困惑するメッシュを、窓ガラスに思い切りぶつけた。
ガシャーン、という音と共に、メッシュの身体が表に転げる。
「悪いんだけど、ここのコーヒーはタダじゃないんだ。きっちり飲食代だけは置いていきな!」
それにあたしは怒鳴りつけた。
ホント、迷惑な客なんだよ。
文句を付けておきながら、あらぬ因縁をつける。
終いにゃ仲間を置いて、逃げ出そうって腐った性根。男らしさの欠片もない。
「す、すみませんでした」
「お釣りは結構なんで、これで」
こうしてヤンキー達は、お金をテーブルに置いて、逃げるように立ち去っていった。
ホント、最初からそうしておけば、痛い目を見なくて済んだのに。呆れの感情しか浮かばなかった。
「まったく困りますよね。ああいう奴らは」
あたしは、そんなことを思いつつ、苦笑しながら振り返った。
「……」
「……」
そこでは鎌田さんと虎太郎が、愕然とした表情で立ち尽くしている。
「どうしたんです? お金はここに。二人で2千円ですって、コーヒー1杯6百円だから、少し儲けましたね」
「イノリ、お前」
呆然と言い放つ虎太郎。
鎌田さんは無言で計算機を弾いている。
「その金はお前にやるさ」
言ってその計算機を、あたしの眼前に押し付けた。
「……? 一、十、百、千、万、十万……少し桁が違わないですか?」
「お前への請求書だよ。テーブルと窓ガラス。少なく見積もってもこれぐらいはするんだよ」
……それがあの悪夢みたいな日々の、始まりの出来事だったんだ。




