世界で一番、風に近い場所
「馬鹿にしてる訳じゃないだろ。あたしは……」
「問答無用なんだよ!」
眼前で龍次の拳が閃いた。
「ぐっ!」
あたしはそれを、咄嗟に左腕で払い出す。
「仲間じゃんか!」
そして後方に飛び退く。
「仲間ぁ? そんなんで族、やってる訳か!」
それでも龍次の攻撃は止まらない。
クルリと回転し、バックブローを打ち放つ。
ビシーッ! ガードする腕に痛みが走った。
「先輩らが引退したら、俺達がチームを引っ張る要なんだ。仲間とかそんなガキみてーな理屈が、通用する訳ねーんだ!」
それでも龍次の攻撃は執拗に続く。
あたしは防戦一方に陥った。
「ヤッぱ龍次だぜ。普段はヘラヘラしてるけど、ケンカにいってのあの冷静さは、並じゃない」
「確かだわな。龍次さえ頭になれば、俺達、コソコソと134号線、走る必要もねーしな」
「中堅組織くらいになら、上り詰めるかもな」
「だけど俺、姫にも期待してたんだけどな」
辺りではヒソヒソとした囁きが漏れている。
確かに女のあたしに、総長の座は無理だ。
ウチは今でも、弱小の小さな集団。女が総長なんかになれば、他のチームが馬鹿にするだろう。
ここは素直に負けよう。そう感じた。
「えっ?」
そのとき突然、胸に違和感を覚えた。
「おっと悪い。腕がすべったぜ」
眼前では龍次が、ヘラヘラと笑みを浮かべている。
……その右手で、あたしの胸を鷲掴みにして。
「悪いねイノリちゃん!」
そして胸元に巻かれたサラシを、一気に引き千切った。
「てめー龍次! イノリになんてことすんだ!」
虎太郎の怒号が飛び交う。
「そうっすよ龍次さん、エロいっすよ!」
「鬼だ鬼。鬼畜行為だ!」
「でも、俺も見たいな、姫のおっぱい」
「言えてる。その意見にだけは賛成だ」
同じく響きだす黄色い声。
「役得って奴だろ。おっぱいだって、サラシなんかでガチガチに固められちゃ、可哀相ってもんだろ? 俺からすれば、ちょうどいい、大きさなんだけどな」
龍次は千切ったサラシを鼻にあて、クンクンと匂いを嗅いでる。
幸いに千切られたサラシは少しだけ。曝け出すなんて事態には陥らなかった。
「所詮女か? 俺らと同じ特攻服きて、上等決め込んでるけど、身体は女。そう言うことさ」
龍次がサラシを捨て、低い軌道で飛び出した。
「勝負を仕掛ける気だぞ!」
「えぐいな、おっぱい触っといて攻撃だぞ」
「龍次の奴、セクハラしながらとどめを刺すなんざ、サラリーマンだって出来ない芸当だぞ」
仲間達の表情が真顔を帯びる。
ビシッ! 夜空に凶音が響いた。
誰もが息を押し殺し、事態を見つめている。
龍次の拳は、宙を切っていた。逆にあたしの右拳が、龍次の頬を掠めていた。
「上等だよ! 祈りな!」
ムカつきと共に吐き捨てた。
「へっ、流石は“イノリ姫”、セクハラ攻撃は通用しないか」
ヘラッと嘲る龍次。
その頬がパックリと裂け、血が滴った。
「当たり前だ! あたしは、あんたみたいなエロい奴が大嫌いなんだから!」
あたしはその体勢から左の拳を走らせる。
「おっと、その手には乗らないぜ」
咄嗟に飛び退く龍次。
「黙れ外道が。あったまきたから、ぶち殺してやるよ!」
あたしは乱打を繰り出して、その間合いに飛び込んだ。
「怖いなー。そんなんで良く女が務まるな」
同じく龍次も拳を乱打する。
こうして一進一退の、激しい攻防が始まった。
「あーあ、龍次の奴、エロさを押し出さなきゃ、勝ってた勝負なのによ」
「ありゃあ、性分だろ。一種の病気だ」
「ああなると桜咲も、手を付けられんからな。こりゃあどっちが勝つかわかんねーな」
「おっし行け龍次!」
「姫も負けないで!」
「俺は姫のファンすよ!」
「ほらそこ。あーッ、違うって!」
辺りは多くの声援でにぎわい始める。
既に誰もが、勝負の行方なんか気にしてなかった。
誰もが食い入るようにのめり込み、声援を送っていた。
祭りの後の寂しさを、吹き飛ばすように。
先輩達は巣立っていく。
それでもあたし達は走り抜ける。
幾多の男達が、青春という時代と共に駆け抜けて、そして巣立っていったこの道を。
あたし達はそれを、次代に繋ぐんだ。熱く生きた証として。
だから寂しくなんかない。多くの仲間が、そこにいるから。
だってあたしらは、湘南最強デュランダル。
世界で一番、風に近い存在だから。




