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桜咲イノリ 上等です!  作者: 原田真優
第一章 次期総長
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世界で一番、風に近い場所

「馬鹿にしてる訳じゃないだろ。あたしは……」


「問答無用なんだよ!」

 眼前で龍次の拳がひらめいた。


「ぐっ!」

 あたしはそれを、咄嗟に左腕で払い出す。


「仲間じゃんか!」

 そして後方に飛び退く。


「仲間ぁ? そんなんで族、やってる訳か!」

 それでも龍次の攻撃は止まらない。

 クルリと回転し、バックブローを打ち放つ。


 ビシーッ! ガードする腕に痛みが走った。



「先輩らが引退したら、俺達がチームを引っ張るかなめなんだ。仲間とかそんなガキみてーな理屈が、通用する訳ねーんだ!」

 それでも龍次の攻撃は執拗に続く。


 あたしは防戦一方に陥った。



「ヤッぱ龍次だぜ。普段はヘラヘラしてるけど、ケンカにいってのあの冷静さは、並じゃない」


「確かだわな。龍次さえリーダーになれば、俺達、コソコソと134号線、走る必要もねーしな」


「中堅組織くらいになら、上り詰めるかもな」


「だけど俺、姫にも期待してたんだけどな」


 辺りではヒソヒソとした囁きが漏れている。



 確かに女のあたしに、総長の座は無理だ。

 ウチは今でも、弱小の小さな集団。女が総長なんかになれば、他のチームが馬鹿にするだろう。


 ここは素直に負けよう。そう感じた。



「えっ?」

 そのとき突然、胸に違和感を覚えた。



「おっと悪い。腕がすべったぜ」

 眼前では龍次が、ヘラヘラと笑みを浮かべている。


 ……その右手で、あたしの胸を鷲掴みにして。



「悪いねイノリちゃん!」

 そして胸元に巻かれたサラシを、一気に引き千切った。



「てめー龍次! イノリになんてことすんだ!」

 虎太郎の怒号が飛び交う。


「そうっすよ龍次さん、エロいっすよ!」


「鬼だ鬼。鬼畜行為だ!」


「でも、俺も見たいな、姫のおっぱい」


「言えてる。その意見にだけは賛成だ」

 同じく響きだす黄色い声。



「役得って奴だろ。おっぱいだって、サラシなんかでガチガチに固められちゃ、可哀相ってもんだろ? 俺からすれば、ちょうどいい、大きさなんだけどな」

 龍次は千切ったサラシを鼻にあて、クンクンと匂いを嗅いでる。


 幸いに千切られたサラシは少しだけ。さらけけ出すなんて事態には陥らなかった。 



「所詮女か? 俺らと同じ特攻服きて、上等決め込んでるけど、身体は女。そう言うことさ」

 龍次がサラシを捨て、低い軌道で飛び出した。



「勝負を仕掛ける気だぞ!」


「えぐいな、おっぱい触っといて攻撃だぞ」


「龍次の奴、セクハラしながらとどめを刺すなんざ、サラリーマンだって出来ない芸当だぞ」


 仲間達の表情が真顔を帯びる。



 ビシッ! 夜空に凶音が響いた。


 誰もが息を押し殺し、事態を見つめている。



 龍次の拳は、宙を切っていた。逆にあたしの右拳が、龍次の頬をかすめていた。



「上等だよ! 祈りな!」

 ムカつきと共に吐き捨てた。



「へっ、流石は“イノリ姫”、セクハラ攻撃は通用しないか」

 ヘラッと嘲る龍次。

 その頬がパックリと裂け、血が滴った。



「当たり前だ! あたしは、あんたみたいなエロい奴が大嫌いなんだから!」

 あたしはその体勢から左の拳を走らせる。


「おっと、その手には乗らないぜ」

 咄嗟に飛び退く龍次。


「黙れ外道が。あったまきたから、ぶち殺してやるよ!」

 あたしは乱打を繰り出して、その間合いに飛び込んだ。


「怖いなー。そんなんで良く女が務まるな」

 同じく龍次も拳を乱打する。



 こうして一進一退の、激しい攻防が始まった。



「あーあ、龍次の奴、エロさを押し出さなきゃ、勝ってた勝負なのによ」


「ありゃあ、性分だろ。一種の病気だ」


「ああなると桜咲も、手を付けられんからな。こりゃあどっちが勝つかわかんねーな」


「おっし行け龍次!」


「姫も負けないで!」


「俺は姫のファンすよ!」


「ほらそこ。あーッ、違うって!」

 辺りは多くの声援でにぎわい始める。



 既に誰もが、勝負の行方なんか気にしてなかった。

 誰もが食い入るようにのめり込み、声援を送っていた。


 祭りの後の寂しさを、吹き飛ばすように。



 先輩達は巣立っていく。


 それでもあたし達は走り抜ける。

 幾多の男達が、青春という時代と共に駆け抜けて、そして巣立っていったこの道を。


 あたし達はそれを、次代に繋ぐんだ。熱く生きた証として。


 だから寂しくなんかない。多くの仲間が、そこにいるから。




 だってあたしらは、湘南最強デュランダル。


 世界で一番、風に近い存在だから。


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