祭りのあと
あたしは風が大好きなんだ。
毎月第一第三土曜日の夜は、チームの仲間とバイクに跨り、海沿いの道を駆け抜ける。
フルスロットルで駆け抜けると、辺りの光景が風の向うに飛んでいく。
潮風が頬にあたり、妙に心地いい。
そして周りには、気の合う仲間がいつもいる。それだけで充分だった。
「今夜はサイコーだな。別のチームも、鎌田さんの引退を知ってるから、襲ってもこないし。なにより風が気持ちいい」
龍次が言った。跨がるバイクは“ヤマハXJ400”。
「そうだな。今夜は特別な夜だ。思い切り楽しもうぜ」
あたしは並走して返した。
「そうだな。俺達の青春はサイコーに楽しいからな」
龍次の後ろには、虎太郎が乗っている。
虎太郎はまだ、自分のバイクを持ってない。だからいつも、龍次の後ろの席だ。
因みにウチのガッコーは、バイク通学は禁止だ。
かろうじてスクーターでの登校は認められていて、この二人、朝は逆のポジションにいるって訳。
あたしたちは、チームの白い特攻服で武装していた。
背中に輝く刺繍文字は、狂剣乱舞。騎士団の如く、熱い集団の意味だ。
あたしは前をはだけさせ、胸をサラシで巻いている。最近また大きくなって、少しだけしんどいけど。
「ほら、龍次。ちゃんとついて来いよ!」
「馬鹿、イノリ、俺らは“ニケツ”だぜ!」
「龍次、負けるなって!」
こうしてあたしらは、いつも通りのスピードバトルと相成る。
だけど楽しい時間は、長くは続かない。
「今夜は楽しかったぜ。俺達は今日のことを、いつまでも忘れない」
薄暗い街頭の灯る駐車場。総長の鎌田さんが言い放つ。
祭りの後の寂しさだった。
今夜で三年生は卒業。特攻服を脱いで引退する。
鎌田さんは、同時に高校も引退だ。
「先輩……」
「寂しくなるなー」
「仕方ねーさ」
辺りからは、すすり泣くような嗚咽が漏れる。
鎌田さんは気のよいリーダーだったから、想いもひとしおなんだろう。少しスケベなとこが、玉に瑕だったが。
「チームを抜けたからって、俺達は走りを止めた訳じゃない。いつまでもお前らと一緒。古臭くても結構。俺達はデュランダルだからな」
「そうっすよ鎌田さん。俺達はいつまでも仲間だ!」
「時代なんか、笑って吹き飛ばそうぜ!」
「俺達はチームデュランダル、134号線の狂剣士だ!」
鎌田さんの激に応え、辺りが活気付いた。
そうさあたし達は、チームデュランダル。
族なんて時代遅れだとか、特攻服なんかダサいとか、呼ばれてるけど、これがあたしら。熱い生き様なんだ。
「それと、次の新体制なんだが」
その鎌田さんの台詞が、みんなのざわめきを奪った。
「……誰だ。龍次か?」
「姫だろ。ケンカじゃ、男にも負けないし」
「……だけど女じゃん。別のチームに舐められる」
「案外、虎太郎だったりして。あの判断力は総長にうってつけだ」
「でも、龍次が一番、妥当じゃねぇ?」
辺りからヒソヒソと囁かれる声。
多分龍次が適任だろう。
龍次はケンカも強いし、みんなからも慕われている。なにより、チームを背負って立つリーダーには相応しい。
「江原龍次……」
鎌田さんが言った。
辺りからどよめきが起きる。
多くの仲間が納得したような、満足そうなどよめきだ。
龍次が真顔で前に歩みだす。
それを見つめる鎌田さんも真顔だ。
「……それと、桜咲イノリ」
それは思いもしない台詞だった。
多くの仲間が、愕然とした表情をあたしに向ける。
龍次は無言だ。その場で振り返り、あたしを睨んでいた。
「次の総長は、この二人で勝負してもらい、その勝者がなってもらう」
龍次と勝負? なんでそんなことに? あたしは意味が判らなかった。
「そう言えば、桜咲と江原ってどっちが強いんだ?」
「知らねー。見たことねーしな」
「だけど姫は女だぜ? 流石に男の龍次さんにはな」
「でも面白いよな。この勝負」
辺りは既に対決ムードだ。
「あたしはいいですよ。ヤッパ龍次の方が、ハクがあるし」
あたしは困惑して投げ掛けた。
「なんだよイノリ、いつもは男なんか腑抜けだって、馬鹿にしてるくせにさ」
だが龍次は真面目だった。
剣呑な雰囲気で、あたしに歩み寄る。
それに併せ、仲間が後ずさる。
いつの間にか大きな輪が出来ていて、あたし達はその中心に置かれていた。
こうしてリングに引き上げられる格好になったんだ。