いつも通りの光景
「ねぇねぇ、イノリ」
その不意な声で、目が覚めた。
「ダメだよ、授業中に寝てちゃ」
あたしの横で、女生徒が神妙そうな表情を浮かべている。
どうやらあたし、授業中に寝ていたようだ。
この隣の席に座る、肩まで伸びるサラサラの栗毛の女は“堀川真希”。あたしのクラスメートだ。
「サンキュー真希。夕べ遅かったから、眠くて大変なんだ」
言って両手を空に伸ばして欠伸した。
「ウオッホン」
手前では英語のセンセーが、胡散臭そうに咳払いをしている。
「まったくイノリったら、女の子らしくないんだから」
その様子に、真希が呆れたように苦笑する。
「それより昨日もチームの集会だったの?」
そして問い質す。
「まあな。青春って奴さ」
あたしは答えた。
「青春ね、男みたいな台詞だね」
その台詞は聞き飽きてる。だけど真希が呆れるのにも、自分でも少しばかりは納得する。
あたしが所属するチームってのは、“湘南・狂剣乱舞”と書いて“デュランダル”。
そう世間一般で呼ぶとこの暴走族だ。
そこの総長が鎌田さんで、あたしと龍次、虎太郎なんかもそのチームに所属してるって訳。
ついでに言えば、朝の男達はみんな仲間なんだ。
チームの人数は、二十人とそれ程多くない。
しかも鎌田さんの引退が確定すれば、八人の先輩達が去っていく。
総長が引退したら、同期も引退するのが、ウチのルールだから。
「いつも龍次達とつるんで、楽しいの?」
「そりゃあ楽しいさ。あいつらは馬鹿な奴らだけど、命張れる親友だから。あいつらとつるんで駆け抜ける、夜の風は気持ちいいんだぜ」
「ダチね。龍次とか虎太郎って、ガッコー内じゃ札付きの不良なのに、あっさりと言っちゃうんだ」
「不良って言っても、ただのガキだぜ? いっつも二人でつるんで、馬鹿なことばかりしてるし」
あたしは返した。
「ふうーん。楽しそうなんだ」
真希が笑った。
♢♢♢
家に帰ると、家の前に黒塗りの高級車が横付けされていた。
それはあたしのじいさんの、使いの車だ。
あたしのじいさんは、とんでもない人物らしく、政界にさえ顔の利く人物らしい。
じいさんっても、顔も見たことはない。
じいさんの孫ってのが、あたしを含めて三十人はいるらしいから、あたしなんかに会う余裕はないんだろ。
つまり手っ取り早く言うと、あたしの亡くなったばあちゃんが、じいさんの愛人だったって訳。
じいさんは精力旺盛で、本妻も含めて女が十五人いたそうだから。ホント呆れたじいさんだよ。
思って玄関傍に目を向けた。
「へへっ、今夜もいい音、響かせてよ」
玄関先の細長い倉庫には、赤いバイクが停められている。
“ホンダCBX400F”、あたしの愛車だ。
「ただいま」
こうしてあたしは、玄関の引き戸を開けて、帰宅した。
玄関先では母さんと、黒いスーツの男が話をしていた。
「お帰りイノリ」
母さんが言った。
男の方は、眼鏡を指でつまみ、軽く一礼する。
呼応してあたしも頭を下げた。
この二十歳くらいパーマがかった眼鏡の男が、じいさんの使い、いわゆる執事って奴だ。
月に一度程、こうしてウチに訪れる。
母さんとこの男が、なんの会話をしているのかは知らない。だいたいにして、いつも数分で帰っていく。
だからあたしは、気にもならなかったんだ。