97.
やつは結局荷物持ちは見つからず、しかし荷物を捨てることも惜しんで、出来る限り担いでここまで来た。
がめつさと根性は認めるが、旅路の半分を過ぎた頃からもう疲れが見えていて、キャラバンの最後尾にしがみ付くように歩いていた。あと二日歩くのだって辛いのに、一日伸びたら着いて行ける自信がないのだろう。
だが、誰も男の反対意見は相手にしない。もしも俺が嘘を吐いていたとしても一日損するだけだ。盗賊に殺されるかもしれないか、一日無駄にするだけかもしれないか、商人じゃなくてもどっちの方がマシか、わかり切った選択だ。
「別に構いませんよ、お一人で予定通りの道を行けばよろしい、魔物の出没率もそれほど高くない、二日くらいなら一人でなんとかなるでしょう」
キャラバンの代表は冷たく言い放った。商人は取引で嘘を吐くやつを相手にしない。積み荷を誤魔化していたことが発覚しても、ここまでの同行を許しただけ、アボット商会はまだ良心的な方だろう。
「こ、こんなところで見捨てるって言うのですか?!」
馬鹿商人は憐れっぽく尚も叫んでいるが、代表は見向きもせずに護衛隊長と打ち合わせを初めてしまう。仕方なく対応するのは番頭だが、こちらも聞く耳は持っていない。
「馬車に載ってる荷物は運んでやろう、王都に着いてから商会まで取りに来るがいい」
「一人で野宿するなんて無理だ!」
「着いて来るなとは言っとらん、着いてこれんのなら荷物を捨てろ、まったく駄々を捏ねる小僧じゃあるまいに」
番頭もブツブツぼやきながら背を向けた。他の人間たちも誰も男と目を合わせなかった。
ルート変更が決まればグズグズしている暇はない。盗賊たちに勘付かれる前に、できるだけ離れておかなければならない。
数人の冒険者の斥候を残して、他は足早に進路を変える。斥候はデコイだ。盗賊たちにはしばらくの間、俺たちが本道を進んでいると思い込ませる必要がある。ちゃんと斥候の仕事もして、盗賊たちの動向を探ってから森を突っ切って本体と合流する予定だ。
旧道へ抜ける道はかなりの悪路だったが、全員急かされるように歩き続け、旧道に出ても立ち止まらずに只管進む。馬が動けなくなったら元も子もないから、走ることはない。ただ休憩は最低限にして単調に歩き続ける。
古い石橋を渡り、日が暮れるまで歩き、一晩では絶対に盗賊が追いつけないところまで来て、一団はようやく野宿の仕度を始めた。
「盗賊たちは?」
「ついて来ていない」
周囲の見回りをしてきた冒険者が報告する。盗賊の影は冒険者も確認しているから、俺の報せが嘘だと言うやつはもういない。
「街道沿いの村を探してたみたいだ」
俺は索敵範囲が一番広いと認められて、すっかり斥候チームの一員になっている。とは言え、見回りに行っているのはピーパーティンとルビィで、俺は相変わらず道中は荷物持ちだ。
盗賊団は、狙いのキャラバンが街道から姿を消したと気付けば、近くの村に逃げ込んだと考えたらしい。
最初に潜んでいたところから本隊は動かず、あちこちの村に探りを入れるだけに止めていたようだ。ということを、へとへとになって戻ってきたピーパーティンとルビィから報告を受けた。
「あの抜け道を知らなかったとは、若造ですな」
今日通った抜け道は、道と言えないくらいの獣道だった。馬車が通るのもぎりぎりだったし、久しく使われていないのは確かだ。そんな道を知っているとは、ニヤリと笑う番頭のジジイはなかなかのやり手らしい。
「しかし、一晩も経てば旧道に抜けたと知れるでしょう、まだ追ってこないとは限らない」
「明日は日の出とともに出発しよう、盗賊も王都が近くなれば暴れづらくなるはず」
みんな疲れた顔をしていたが文句は出ない。あと二日の辛抱だと思えば耐えられる。
その夜は火も焚かず、どうせ食料を節約しているから、水と硬いパンだけをもそもそ食べて夕飯を済ませる。寝袋も出さない。何が起きてもすぐさま逃げられるように商人たちは荷物を背負ったまま、背負子を背もたれにして座って眠った。
翌日は予定通り東の空が明るくなるころに、みんなひそひそと起き出して出発の準備を始める。
商人だけでなく冒険者も、少しでも身体を休めることに専念して、朝食を作るようなやつはいない。馬にだけはしっかり水と餌をやり、日の出と共に歩き出した。
そういえば、この世界に生まれて初めてちゃんと日の出を見たかもしれない。魔界では寝たいときに寝て起きたいときに起きるという、割とだらしない生活をしていたからな。
「……太陽は東から昇るんだな」
思わず当たり前なことを呟いてしまった。魔王として世界の理はだいたいわかっているけれど、改めて考えるとこの世界の星の運行は地球と同じなのだ。ファンタジーなのになんか不思議だ。
「疲れてる?」
隣を歩いていたリオがキョトンとして、自分が食べていた木の実をくれようとする。今日の朝飯だ。
このルート変更でも“黄金の斧”の当番制は変わらない。今はリオがオリバーの護衛係で、他のメンツは周辺警戒へ行っている。
「平気だ、おまえの方が動くんだからちゃんと食っとけ」
俺は木の実を断って前を向く。朝日は昇るのが早いから、もうすっかり空は明けていた。
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