95.
飯が終われば焚火を片付けてみんな宿に入る。
俺たちの寝る部屋は一番大きな部屋だが、他の商人とも相部屋で、二段ベッドが三つもあるし床にも布団を敷いてギュウギュウ詰めだ。
俺とリオはチビだからって同じ布団に寝ることになった。でも、今までもリオの家の子供部屋でギュウギュウ詰めで眠っていたから、机の下じゃないだけでも解放感がある。
俺たちの仲間でベッドを使っているのはオリバーとダンで、ニコルも床の布団で寝るが、こいつの場合はベッドが小さくて足がはみ出すせいだ。
女たちは別の部屋に眠っている。男女で完全に部屋が別れているのだ。キャラバンみたいに団体の旅ではよくあるが、旅の間は恋愛禁止だしワンナイト禁止令も出ている。
旅の間で一番面倒なのは人間関係がこじれることだ。商人はイメージが大事だから、立ち寄った村で娘が襲われたなんて噂が立つようなことも避けたい。夜頑張ったせいで翌日歩けないなんてことになるわけにもいかない。
だから、俺もルビィにキャラバンの連中には手を出さないよう言いつけている。夜な夜な夢精して体力を削られて旅の進捗に支障が出たら、俺にとっても迷惑だ。ルビィは死んだ目でクワガタの交尾などを眺めて夜を過ごしているそうだ。
長いと言っても十日程度我慢できないこともないし、王都に行けば管理された安全な風俗店があるのだから、田舎の何があるかわからない宿で女を買うやつもいないだろう。それでも、決まり事として契約事項に明記するのがちゃんとした商人だ。
屋根の下の安全な場所だからって浮かれて夜更かしするやつもいないが、たまたま同室になったよしみで寝る前にお喋りくらいする。
商人でも冒険者でも人付き合いは重要だ。ここで仲良くなっておけば王都でも何かの助けになるかもしらん。
「おまえのとこにも来たのか」
「銀貨五枚ぽっちで何考えてんだか」
話題はやっぱりあの馬鹿な商人のことだ。俺だけじゃなく他の商人の下働きにも声をかけていたらしい。
そしてみんなに断られて白い目を向けられている。馬鹿商人は別の部屋だが、そこできっと肩身の狭い思いをしていることだろう。
「親父さんは良い人だったし、兄の方も頑張ってるんだがな」
「だからだろう、出来の良い兄貴よりもデカくなってやろうって野心が見え見えなんだ」
「兄貴だって別に商才があるわけじゃない、弟よりは身の丈をわかってるだけなのによ」
別の街からキャラバンに相乗りしてきていたから、オリバーたちはあまり知らなかったようだが、馬鹿商人はそこそこ大きな商家の次男坊だった。だから、商人のくせに態度がデカいし世間知らずっぽかったのか。
「実家から誰も着いてこなかった時点で、もう駄目だよな」
「王都に行けば捕虜奴隷が安く買えるなんて嘯いてたらしいぜ」
「そんなこと堂々と言ってんのか、いよいよ駄目だな」
「捕虜奴隷って何?」
馬鹿のことはどうでもいいが、俺は気になる単語を聞いて口を挟んでみた。この国にいるのは犯罪奴隷だけじゃないのか。
「この前の大戦で結構な人数の捕虜が入ってきてるんだと、そいつらを安く働かせて儲けてる連中がいるって噂だ」
この国は戦争なんかしているのか。エジンの村は言わずもがな、隣町に行っても新聞すらなかったから、国全体の現状なんてぜんぜん知らなかった。
戦争の勃発した原因は商人のオッサンたちも知らなかった。彼らも大人だとは言え、結局は田舎の一般人でしかない。国の偉いやつらが何をしているのかなんて知るわけなかった。
「捕虜は奴隷にしていいのか?」
「まさか、駄目だよ、我が国に入った時点でどんなやつも人身売買は許されん」
捕虜の扱いについては一応国同士で決まりはあるらしい。でも真っ当な扱いを受けられるのは階級持ちの貴族出身者くらいで、庶民出の下っ端は何の保証もなく国に帰されるだけだし、傭兵なんぞは犯罪奴隷と同じような扱いを受けるそうだ。他国では奴隷制の残るところもあるから、傭兵なんて大抵は奴隷だと思われている。
「捕虜だけじゃなく難民も大分流れてきてるから、お国も管理しきれてねーのさ、そのごたごたに乗じて甘い汁吸ってるやつらがいるんだ」
「ま、噂だけどな、戦があったのは南の方だから、こっちまでは難民も捕虜も流れて来ねえ」
商人にとっては所詮他人事だ。移動手段も通信手段も限られるこの世界では、同じ国のことでも、北の端と南の端じゃほとんど別世界と言っても過言じゃない。
大戦だと言っていたが、もう既に決着はついているようだし、全国から徴兵が行われていないのなら、そこまで大きな戦ではなかったのかもしれない。
それにしても、この国の規模がどれほどかも俺は知らないし、他人事と言っても隣国がキナ臭いのは魔王として由々しき事態だ。と言ったって、政治的にどうすりゃいいのかなんてさっぱりわからんが。
「他人を扱き使って儲けようなんて考えのやつは大成しない、そんなやつぁ財産なくすか犯罪者になるだけだ」
この部屋じゃ一番年長のオリバーの声で噂話はお開きになった。国がどうあろうが、一般市民にとっては遠くの戦争より隣の嫌なやつの方が頭が痛い問題だ。
「大丈夫、そんなに心配しなくていいよ」
何故かリオに励まされた。もしかして、俺は戦争孤児か脱走奴隷とでも思われているのだろうか。
この眉間に皺を寄せている理由が、国家運営に悩んでいるせいだ、なんて話したらリオはどんな顔をするだろうか。まあ、話せないけど。実際にそんな悩んでもいないしな。
魔界の現状を考えると、人間の国と交易を始めるのは何十年か先になる。現在の人間の国家情勢なんて心配したところで無駄だ。
もしも、この国の全土が戦場になるようなことがあっても、俺のすることは魔の森の結界を強くして、魔界に戦火が飛んでこないようにするだけだ。
でもまあ、エジンの村くらいは、飯も貰ったし、本も貰ったから、助けてやってもいいとは思う。
「おまえは自分の将来を心配しろ」
俺が言い返せばリオは困ったように笑う。強がっているガキを心配している顔だ。
言い返したかったが、灯りを消されてしまったから、仕方なく俺も横になった。半分の布団は狭くてかなわん。
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