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94.

「家に置いてくれば、そのうちまた王都に運べる機会があったかもしれんのに、ズルをしても損するだけだな」

 ダンが呆れたように溜息を吐く。彼は冒険者だが、親が商人だから商売でズルをするようなやつには冷たい。


 鍋からは良い匂いがしている。そろそろ肉も麦も煮えたころだろう。料理名は特にない。魔物肉とそこらの葉っぱと麦を煮込んだ粥だが、スパイスになる草がたくさん入っているから、カレーみたいな食欲をそそる匂いがする。

 まだオリバーは戻っていないが、待っていろとも言われていないから先に食べることにする。野宿だとお湯を沸かすくらいがせいぜいだったから、硬いパンや干し肉しか食べていなかった。


 久しぶりに温かい飯にありつける、と思った時、後ろから声が上がった。

「おいそこの奴隷」


 知らんやつの声だから気にもしなかった。この村には奴隷なんかいるのか、物騒だな。


「そこの真っ黒いガキ、聞こえねえのか」

 もう一度声が上がる。周りを見ても黒い服を着た子供は俺しかいない。


 飯を邪魔されたのがムカつくので剣呑な顔で振り返ったが、後ろにいたのは知らんオッサンだった。

 いや、キャラバンと合流した時の挨拶にいたが、名前なんか憶えていない。オリバーと同じように、キャラバンに相乗りしてきた一商人だったはずだ。


「ギルは奴隷じゃない」

 何故か答えたのはリオだった。珍しく怒った顔で俺を背に庇う。こいつは俺のことを強いと言いながら、故郷の弟妹と同じだと思っている節もある。自分より小さい子を庇うのは長男の性なのだろうか。


「荷物持ちしてんだろ、俺の荷物も運んだら銀貨五枚やるぞ」

 どうやら、こいつが量を誤魔化して荷物を載せていた馬鹿な商人らしい。村で雇える人間がいないから、キャラバンの中で雇えそうなやつを探しているようだ。


 しかし、そんな端金じゃ誰も雇えないだろう。

 俺はオリバーのところで荷物持ちをして、王都まで銀貨二十枚の報酬だ。ついでに“黄金の斧”の斥候の手伝いとして銀貨十枚だ。これでも安い方だ。三食飯付きじゃなかったら他を当たっていた。

 別に金が必要なわけじゃないが、人間に安く遣われるのは癪だからな。


「どうゆうつもりだ、ギルはうちのメンバーだぜ」

 ダンがリーダーらしく前に出る。身長こそ馬鹿商人の方が高いけれど、戦い慣れた身体つきと眼光に商人は怯む。


 だが、その眼には明らかな侮蔑の色があった。

「ハンッ、チンピラが孤児拾って慈善のつもりかよ」


 わかりやすい見下しに、ダンはキレそうだし、セイラはブチギレて既に顔が般若面のようだ。ミラはセイラを押さえるのに忙しそうだが、可愛らしい顔が剣呑になっている。

 そして、リオは静かに殺気立っている。こいつだけ殺気の質が一段高いのだ。目を離した瞬間に、馬鹿商人の頭と身体が泣き別れになってそうだ。


 この人数の冒険者を前に、商人一人でよくもあんな罵倒を言えたもんだ。


 商人や農民など平穏な暮らしをしているやつの中には、冒険者のことを、野蛮だとか怠け者だとか言って軽蔑してるやつが一定数いる。

 確かに、冒険者は戦うことが多いし、稼ぎにもムラがある。依頼がなければ昼間っからブラブラしていることもあるから、毎日時間通りに働くやつらから見れば、地に足のつかない職業に見えるのだろう。

 でも、冒険者だってギルドに登録して、悪いこともせず、自力で稼いで生活して、家族を養っているやつだっているのだから、軽んじられる謂れはない。


 そもそも、商人は今は冒険者に護衛されている身なのだ。旅の途中で冒険者に唾を吐くようなことを言うなんて、死にたがりの馬鹿でしかない。


 俺は動かない。というか動けない。

 服の中にいるルビィとピーパーティンが、相手が弱そうだと見るや否や飛び掛かりそうな勢いだから、押さえつけるのに両手が塞がっているのだ。こっちから手を出して変な難癖をつけられても面倒だ。


「何をしておる」

 一足触発の空気の中、割って入ったのはオリバーだった。馬鹿な商人があからさまに挙動不審になる。


「い、いや~、なんでもねえよ……」

「ギルを荷物持ちとして引き抜きたいんだと」

 誤魔化しにもなっていない声を、ダンがバッサリと断ち切った。


「なんだと、それならまず雇い主のワシに話しを通すのが筋だろうが」

 オリバーに睨まれると、馬鹿は「冗談だって~」なんてもごもご言いながら去っていった。


 学のないガキだけなら騙して安く雇えると考えていたのだろう。冒険者のこともチンピラだと思っているから、一発でも殴られれば、無法者に乱暴されたと騒いで自分が被害者で押し通すつもりだったのか。

 それが同じ商人相手では、当然ながら荷物持ちの適正価格を請求されるし、下手を打てば今後の商売にも支障が出る。だからオリバーには強く出られなかったのだ。


 なんにしろ、まだこれからも一緒に旅をするのに、今だけ騙せたって今後の旅路をどうするつもりだったのだろうか。馬鹿はやっぱり馬鹿だ。


「ムカつくやつだ、あんなやつ森に置いて行けばいいんだ」

 ニコルは語気を荒らげているが、あの商人がいた時はミラの後ろに隠れていた。隠れ切れていなかったけど。


「気にすんなよギル!」

「気にしてない」

 セイラが励ますように背中を叩いてくれたが、俺は本当に気にしていない。親もなく生まれているから孤児であることに何ら思うところはないし、人が多ければ嫌なやつの一人や二人いるもんだ。


 オリバーも戻って来たので、改めてみんなで鍋を囲んで飯にした。できる女ミラが、あんなごたごたの最中もちゃんと鍋を混ぜていたから、粥は温かいまま焦げてもいなかった。


 ちなみに、この国は奴隷を禁止している。唯一、犯罪者を刑罰として働かせるのを犯罪奴隷と呼んでいるだけだ。人身売買は重罪である。

 だが、借金を労働で返すとか、家が貧しくて子供を働きに出すとか、実質的に奴隷労働のようなものはある。さっきの商人みたいに、浮浪児を騙して扱き使おうという輩も少なくない。

 人権なんて意識も薄いから、過労死するほどの労働を規制する法もない。あんまり酷いことをしていると役場に訴えられることもあるけれど、必ずしも行政が助けてくれるわけではない。


「まったく、あんな態度では王都に行っても碌な商売はできん、しかし王都に行けばああいう輩はゴロゴロいるからな、騙されたらいかんぞ」

「あんなのに騙されるか」


 やっぱり俺は心配な孤児だと思われている。解せないが、いっぱい食べろよと誰よりも飯を盛られるから俺は黙っていた。カレーみたいな匂いの粥は美味かった。

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