87.
王都に店を構えているアボット商会が、キャラバンを組んで仕入れの旅をしているそうだ。そいつらがこの町を最後に王都に戻るというから、この町の冒険者ギルドにも護衛の依頼が来ていたそうだ。
リオはキャラバンの護衛の依頼を受けようと考えている。それに大きなキャラバンだから、この町の商人も何人か王都へ相乗りを頼み込むそうだ。
だから、俺も護衛の手伝いでも商人の下働きでもいいから、一団に加われる可能性があるという。
「そんなデカいキャラバンで行くなら俺いらないだろ」
「ええ、でも、知らない人ばっかりだし、僕、村と町の他に行ったことないし、ギルは他の村も見たことあるだろう」
「あー、まあ……」
人間の村は見たことないけど、魔界だったら知っているから、リオより見識が広いというのは嘘ではない。
それにしても、リオは強いくせに寂しん坊らしい。大家族に生まれて村人全員知り合いみたいな環境で育ったせいか、知らん人たちと知らんところに行くのが心細くて仕方がないようだ。
俺とだって別に知り合ってまだ日も浅いというのに、キャラバンは大人ばかりだろうから、同じ年ごろのガキが一緒にいるというのが心強いのかもしれない。
「わかった、俺も王都には興味あったしな」
「やった!」
まだ本当にキャラバンに加われるかもわからないのに、リオは大喜びで片手を出してきたから、俺は渋々その手を叩いた。
しばらく、こいつの相棒を務めるのも悪くない。
「で、なんか収穫あったか?」
「え? なんすか?」
ピーパーティンの返答に、俺は肩に乗っていた鳥を両手で握りしめた。頭も掴んでいるから悲鳴は上がらない。
今は午後の買い出しの最中で、市場のあちこちで食料と日用品を買って、最後に麦を買いに来た。
この町の中では一番大きな商家で、リオが中に入って交渉中、俺は店の前で荷物番だ。
買ってきたのは布や調味料の類が多いから、来た時よりも荷物は小さいが、高価なものも結構あるから窃盗には注意しないといけない。
とは言え、荷物の周りには俺が結界を張っているから、まずそこらの人間は触れることもできない。結界に気付かれたくもないから、なんとなく近付きたくなくなる精神魔法も周囲に張っている。
商家にとっては商売あがったりかもしれないが、俺たちがいる間だけだから勘弁してほしい。
近くに誰もいないし、荷物番は暇だから、ピーパーティンに偵察の報告を求めたのだが、このバカ鳥は本当にただ散歩に行っただけだったらしい。
「おまえの羽は素材として結構良い値になりそうだな」
「あ、あー! そうだそうだすごい噂聞いたっす!」
大慌てで報告できることを思い出したらしい。しかし、魔法のおかげで近くには来ないと言っても往来なのだ。人間が誰もいないわけではないのだから大声を出すな。
握り潰していた鳥を今度は地面に叩きつけて、怪訝な表情で振り返った通行人を素知らぬ顔でやり過ごす。大丈夫、この世界にはまだ動物虐待とかいう概念はない。
ピーパーティンの声を聞いた人間たちが立ち去ったのを確認してから、改めてすごい噂とやらを問い直した。
羽がボサボサになったピーパーティンは、大きな声を出す気力を失くしたのか、俺にだけ聞こえる丁度良い声量になった。
「魔王が誕生したかもって、人間が噂してたっす」
「は?」
そんなもの真実なのだが、俺は人間界に向かって復活宣言なんかしていないから、どうして噂になっているのかわからない。
「どっから出た噂だ?」
「さあ?」
「おい、もしも噂になるとしたら魔界からなんだよ、今のところ魔界から人間界に来てるのは俺以外だとおまえかルビィしかいない、つまり情報漏洩で一番疑わしいのはおまえらなんだぞ、わかってんのか焼き鳥候補」
「俺じゃないっす! 人間の前で喋ってないっす!」
ピーパーティンの返答があまりに投げ遣りだったから、もう一回握り潰してやろうかと思ったが、ピーパーティンが羽で頭を覆って哀れっぽく怯えるから止めた。
可哀想になったのではなく、鳥のくせに飛んで逃げるという選択肢が思いつけないところが、アホ過ぎて怒るのも馬鹿らしくなった。
「つーか俺らが来る前から噂になってたみたいっす、最近魔の森で魔物獲れなくなってるのも、そのせいじゃないかって」
噂の発生源はわからないが、噂の信ぴょう性を補強してしまったのは俺だったらしい。
魔の森の感覚を狂わせる魔力に指向性を与えたせいで、人間界の方に迷い込む魔物が減ったのだ。それが魔王が魔物たちを統率しているせいじゃないかと、人間たちの噂に真実味を与えてしまったようだ。
絶妙に間違っていない噂だ。人間たちは魔界のことを探る何らかの方法を持っているのだろうか。
「それで、なんか魔界にちょっかい出しそうなこと言ってたか」
「それは聞いてねえっす」
だろうな。まだ魔王が誕生したかもしれないという噂だけで、俺は人間界に何もしていない。今後も攻撃的なことをする気はない。
何もないのに、魔王誕生の真意を探るためだけに、魔の森に命がけの探索隊を送り込むようなことはしないだろう。
「人間のお偉いさんたちって、魔界のことどう思ってんのかね~」
「さあ」
ピーパーティンは阿呆な返答しかしないから、相談相手になりゃしない。
ここら辺の村や町の連中は、魔の森のことは危険だが、魔物素材がたくさん獲れるところ程度に思っているらしい。魔の森の向こうは魔物がたくさんいるらしいという、ぼんやりした認識しかない。
ド田舎の村人なんて例え近くに危険があろうとも、今すぐ死ぬ危険がない限り、あまり深く考えたりはしないものなのかもしれない。
エジンの村だって、飢えるほど貧しくはないけれど、日々の生活を送るだけでだいたい手一杯なのだ。地域全体の安全管理なんぞは一村人が考えることではない。もっと地位のある人間が考えることだ。
国の中枢、王族とか貴族とかはどう考えているのだろうか。国の真横に魔物だらけの地域があって、魔王が生まれたとなれば、いつ魔物たちが暴れ出すかわからないという危険がある一方、魔物素材の宝庫がほぼ手付かずで放置されているという状況だ。
藪を突いて蛇を出さない方針でいてくれればいいのだが、先手必勝なんて考えてたらどうしよう。魔物はみんな強いけど、組織立って行動できるわけじゃないから、人間の数の力に絶対勝てるとは言い切れない。
なんにせよ、こんなド田舎にいては何もわからない。王都に行く選択は大正解だったのかもしれない。
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