86.
俺にとっては唐突な話しだったが、リオは前々から考えていたらしい。
「うん、王都に行けばもっと色んな仕事があるし、王宮の兵士にでもなれれば家にも仕送りができる」
「出稼ぎか」
肉を齧りながら答える。どれもなんの肉かわからないけど、今齧っているのはブヨブヨして弾力があるから、たぶん内臓系だろう。味付けはどれも塩だけだったから、魔界での食事と大差ない。
スープにはスパイスっぽい味がしたが、やっぱり塩味だ。使い捨て容器なんてないから、木の椀は食い終わったら元の屋台に返さないといけないそうだ。大分薄れているけど、お椀には一応店名も焼き印されていた。
「それもあるけど、僕、もっと色んな世界を見たいんだ、村で狩をするのでも生きていけるけど、僕の力がもっと役に立つ仕事が他にもあるんじゃないかって思えて」
それはそうだろう。むしろリオの並外れた身体能力を片田舎で狩にだけ使うのは勿体ない。魔法だって使えるのだし、兵士どころかAランク冒険者だって王直属の騎士だって実力で狙えるだろう。
「僕が王都に暮らしていれば、アンも大学に行きやすくなるだろうし」
たぶんこれが一番の理由だ。リオはパンを齧りながら言う。こいつは肉よりパンの方が好きらしい。家でもパンばっかり食べている。俺はライ麦パンっぽい黒くて酸味のあるパンはあんまり好きじゃない。
アンの学力は問題ないし、リオの稼ぎを見れば生活費もどうにかできそうだが、どうしたって女の子一人を都会に送ることを親は良しとしないだろう。王都に兄がいるというなら親も安心する。
「でも、なんで俺なんだ」
俺もいずれは王都まで見に行きたいとは思っていたが、リオにそんなことを言った覚えはない。色んな所に行きたいとは言ったけど、人間界ならどこでもよかったし、王都は行けたら行こうくらいに考えていた。
首を傾げる俺に、リオは当然だと言わんばかりの笑顔で答えた。
この時、初めてリオの目を見た気がする。こいつ目青かったのか。
「だってギルは強いから」
それは別に俺が王都に行く理由にはならない。
確かに俺は間違いなく最強だし、リオに対してはあんまり力を隠せていた気がしない。
勿論、本当の実力なんて見せるわけにはいかないけど、なんかリオは会った時から俺の強さを見抜いていた気がする。野生の勘というか、リオも強いから強いやつは感覚でわかるようなところがあるっぽい。
「それに僕を助けてくれたから、初めてだったんだ」
そんなことあったか? と俺の方が怪訝な顔をしてしまう。
リオが言っているのは、狩りで狼に遭遇した時のことだろうか。確かにリオが狼に囲まれた時に手を出したから、リオを助けたことにはなる。
他人に助けられるのは初めてなんてとんでもない話しだが、リオはきっと小さい時から強かったから、人に助けられる必要なんてなかったのだろう。なにせ、狩りでリオに着いてこられる村人すらいなかったのだ。
相変わらず俺が王都に行く理由にはなっていないのだが、出会った時からリオが妙に親切だった理由はなんとなくわかった。
こいつにとって俺は、生まれて初めて遭遇した自分と同じくらい強いやつだったのだ。だから初対面でいきなり家に誘ったり、言葉かわしただけで友達になったわけだ。
強さだけで友達認定するなんて、やはりリオは人間よりも魔物寄りの脳筋バカなところがある。
でも、盗賊を退治して村人は守るし、一応はまともな倫理観は持っているようだから、力こそ全てなんてアホなことは言わないだろう。
俺に対しても、たぶんなんか強さの他にも、友達として認められるところがあったのだと思う。
だから、俺を王都に誘った理由はわかった。いくら強くてもリオは田舎育ちのガキだ。知らない土地に行くのは恐いもんだから、旅の仲間が欲しかったのだ。
「まあ、いいけど、どうやって行くつもりだ?」
俺の答えにリオはぺっかぺかの笑顔になった。顔は半分も見えないのに表情がわかりやすいやつだ。
「ギルが冒険者ギルドに登録できたら、二人でも行けたんだけど」
だから俺を頻りに冒険者にしたがっていたのか。それでいて、冒険者ギルドの支部長が推薦してくれる話には、この町のギルドで働くという条件が出た途端に黙り込んでいた。俺が冒険者になっても自由に旅をできなければ、リオにとっても意味がなかったわけだ。
リオの話しだと、王都までは大人の足で急いでも七日ほどかかるそうだ。
一応街道はあるけれど山や森を越えるし、獣や盗賊を警戒すると夜は移動できない。途中の村々で休むことを考えれば十日以上かかるだろう。
俺とリオだけなら魔物や盗賊を恐がる必要はないし、体力もある。夜も移動して五日あれば辿り着くだろう。
でも、子供だけだと宿に泊めてもらえないし、関所も通れないし、王都に着いても入れてもらえない可能性がある。忍び込んでも、その後に真っ当な職に就けない。
その点、冒険者ギルドに登録してあれば、子供だろうと宿に泊めてもらえるし、王都への通行証にもなる。王都でも定職が見つかるまで、冒険者として生活費を稼ぐことだってできる。
だが、リオはいいとして、俺は冒険者ギルドに登録できなかった。いくらCランク冒険者とは言え、十五のガキが俺を助手だの弟子だの言い張るのは無理がある。
「それでね、十日後に商家のキャラバンがこの町に来るんだって、さっきギルドで聞いたんだ」
リオが知り合いの冒険者と話していたのはこのことだった。
少しでも面白いと思ったら是非ブックマークお願いします。
リアクションや★付けていただけると嬉しいです。
感想やレビューも待ってます!