85.
俺は人間界を見学に来ただけで、定住なんてする気はないから、不本意でもただの浮浪児のままでいるのが一番都合が良い。
鑑定魔法がそんなに貴重だったなら教えなきゃよかった。硬貨の見分けだけなら鑑定魔法が無くても出来て不思議ではないのだし、偽硬貨を見たことがあるとかなんとか、テキトウに誤魔化せばよかったのだが、リオに金貨を見たことがないと言ってしまったからその誤魔化しも使えない。
「どなたか魔法の師匠がいるのかい?」
「いない」
「今はエジン村に住んでいるというが、生まれはどこなんだい?」
「遠く」
「ご両親は?」
「知らん」
俺の簡潔過ぎる返答にアレクは考え込んだ。受け答えからして真っ当じゃない浮浪児なんだから放っておいてくれと思ったが、アレクは予想外に、という冒険者ギルド支部長という肩書に相応しく、責任感が強く面倒見の良いまともな大人だったらしい。
「では、うちで冒険者登録しないか? 俺が推薦人になれば身元がわからなくてもFランク冒険者として登録できる」
「え! ほんとうに!」
嬉しそうな声を上げたのはリオだ。さっきからどうして俺を冒険者にしたがっているのか知らないが、冒険者ギルドの支部長が推薦したとなれば、浮浪児としては立派過ぎる後ろ盾ではある。
しかし、この社会福祉だとか子供の人権だとかいう意識がまだ薄そうな世界で、何の見返りも求めずに素性の知れないガキの面倒見ようという大人もいないだろう。
「それはつまり、ここで鑑定士として働けってことか」
「そうだ、うちには一人資格を持った鑑定士がいるからな、君も弟子入りすれば勉強もできるし、勿論仕事をすれば給料も出すし職員寮もあるぞ、悪い話しじゃないだろう」
むしろ親無し家無しのガキには破格の待遇だ。やっぱりアレクは孤児を真面目に保護しようという優しさもあるようだ。ここでも俺のタレ目は憐れっぽく見えるのだろうか。
確かに俺にとっても悪い話しではない。鑑定魔法については真面目に勉強しないと使い物にならないから、いずれは師匠を探すべきだとも思っていた。
衣食住を保証されたうえで鑑定士の勉強もできて、しかもここは魔界からも近いから、俺の力を持ってすれば里帰りも簡単にできる。
だが、鑑定士の勉強がどれくらいかかるかわからないし、魔界のすぐ隣の町を見ただけで人間界を知ったつもりで魔界に戻るのも違う気がする。
人間どもに素性を隠しつつ、魔界と人間界を行き来して鑑定士見習いと魔王業を両立するのも、考えただけで非常に面倒臭い。
「断る、俺は自由にあちこち行きたい」
「別に行動を制限するつもりはないぞ、休日だってある、悪さをしない限り私生活まで監視する気はない」
「悪さなんてしない、面倒見られる必要もない、俺は一人でやっていける」
これじゃあ完全に大人の保護を嫌がる反抗期のガキでしかないのだが、ここでの俺はまさに何も持たない浮浪児でしかない。大人を説得する材料なんて何も持っていないから、とにかくヤダヤダの一点張りで断るしかない。
アレクも完全に駄々っ子を見るような顔をして溜息を吐いた。
「わかった、もしも仕事が欲しかったらいつでも声をかけてくれ」
優し気な声に俺は複雑な思いで頷いた。同情するならギルドカードだけ寄越せ。
想定外に時間がかかったが、ようやく冒険者ギルドでの精算も終わり、俺とリオは外に出てまずは昼飯にした。
アンやトニーは弁当を持たされていたが、俺たちは町で適当に買うと言って何も持ってきていない。昼時になると市場には食べ物の屋台がたくさん出てくるのだ。
この市場の物価は、硬い丸パン一個で銅貨五枚くらい、何の肉かわからない肉の串焼きが銅貨七枚くらい。安いのかどうかわからない。盗賊一人捉まえると銅貨十枚貰えたから、盗賊は一人パン二つ分くらいの価値しかない。これは安い。
でも、大型で肉食の魔物が跋扈する世界だ。それと比べれば人間のチンピラなんて弱いし、素材として売れるところもないし、奴隷にするとしても仕事ができないから盗賊なんかやっているのだ。本当に盗賊なんて害虫くらいにしか思われていないのだろう。
良い匂いに誘われて市場を見て回ったら、いつの間にか両手は串焼きや汁物でいっぱいになっていた。
飯の匂いに誘われたのかピーパーティンもフラフラと戻ってきている。既に嘴が汚れている。可愛い小鳥のふりをしてあちこちの屋台でおこぼれを貰っていたらしい。
公園やベンチというものもないから、テキトウな軒下に座り込んで食べることにした。市場が露店スタイルが多いから、道端に座ったって目立つことはない。
食い終わったら、今度は儲けた金で買い出しをするから、どこの店に行くかを話し合う。また荷物を大量に担ぐことになるので、計画的に回らなければ俺が背負いきれないと思っているらしい。リオはどれだけ荷物が増えても構わない様子だ。俺も実はぜんぜん平気だけど黙っておく。
そうしてのんびり飯を食い終わったころ、リオが意を決したような顔で口を開いた。
「ねえ、一緒に王都に行かない?」
「おーと?」
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