78.
そもそも、人間界でこれほど道具が進化したのは、人間の腕力では獣の皮膚は裂けないし、酸性の体液には負けるし、内臓や毛皮の加工だって素手ではできないからだ。
それに比べて、魔界でこれほどの道具が生まれなかったのは、道具を作る技術がなかったのもあるが、腕力でどうにでもなったから道具を必要としなかったのだろう。
魔界の魔物たちは石斧一つあれば大型獣の皮膚を裂けるし、体液が酸性だろうと自分の爪で内臓まで開ける。皮を鞣すのだって素手で出来るのだ。
だから、魔界ではこんなに細々した道具は必要ない。加工の方法をだいたい覚えておけばいい。どうせ道具は人間用のままでは魔界の連中には使えないから、技術を輸入するにも道具は魔族用に作るしかない。
あれやこれや教えられながら作業をしていると、全部終わる頃にはすっかり日が暮れていた。
俺は婆ちゃんの手を狩りながら狼一匹解体しただけだ。残りの二匹は村人たちがやってくれた。
人数がいたとはいえ、リオが獲ってきた大量の得物も半日足らずですっかり肉と素材になっているし、いつの間にか大鍋の猪汁まで出来上がっているから、狩猟の村恐るべしだ。
風呂に入る習慣のない村人たちも、流石に血塗れになっているから飯の前に水浴びをする。俺も魔物の体液でドロドロの防護服ごと水をぶっかけられてから、ようやく動きにくい防護服を脱いだ。
それから、村の中心で火を焚いて、村人たちはびしょ濡れのまま猪汁を分け合った。火の傍にいればそのうち渇くという寸法だ。
こうなればもう宴会のようなもので、酒こそないけれど、歌うものや躍るものもいるどんちゃん騒ぎだ。
ピーパーティンとルビィは、解体作業の間もあちこちでくず肉などおこぼれを貰っていたようで、既に腹いっぱいになって火の傍で寝こけている。これなら今晩も村の偵察に放り出してもいいだろう。
宴は火を囲むもの、これは魔界も人間界も変わらないらしい。
翌日は朝の早くから隣の町へ向かった。
移動手段は馬車だ。歩きだと大人の足でも片道二時間かかるが、馬車なら一時間くらいで着く。
馬と馬車は村長の持ち物ということになっているが、ほぼ村の共有財産みたいなものだ。屋根もないただの大きな台車で、三日に一回ほど村と隣町を往復している。村長宅に野菜とか魔物素材を持ち寄れば乗せてくれるそうだ。
今日は山ほどの魔物肉と素材と、少しの野菜と、魔物素材で作った小物類をいくつか満載している。これらを町で売って、小麦など村では生産していないものを買って帰るのだ。
「町までの道に危険はないのか?」
エジンの村は森に囲まれているから、当然のこと隣町まで行くには森を抜ける必要がある。鬱蒼とした森の中は視界は悪く、道と知らなければ馬車道ですら見失いそうだ。
見るからに盗賊や魔物や野獣にエンカウントしそうな森の中、こちらのメンツはといえば、御者は村長の息子だというオッサンで、俺とリオの他にアンとトニーと村の子供が五人ばかり乗っている。町の学校に行くそうだ。
村長の息子は大柄だが、朗らかな顔と腹が出っ張った体形で、どう見ても戦えそうにない。リオは一応戦力に数えられるだろうが、荷物を満載したボロ馬車には戦闘力もなければ逃げ足も期待できない。
俺は別に恐がる必要もないけれど、こういう時はもう少し戦えそうな男どもが動員されるものなのじゃないか。
でも、一行は誰もなんの心配もしていない様子だった。
「前は盗賊が出たけどな、こないだ大きな一味が討伐されてからは、ここらにゃもうほとんどいないな」
オッサンが暢気に手綱を引きながら教えてくれる。道は真っ直ぐで馬に任せていれば問題ないが、なんせ荷物が多いからスピードを出し過ぎると馬車が壊れそうなのだ。ご機嫌に歩く馬を押さえる方に神経を使っているらしい。
「確かに、前は町に行くまでに一度は襲われてたけど、何度か追い払ってたら見なくなったね」
リオは暢気に同意しているが、もしかして、リオが片っ端から盗賊をブッ飛ばして行ったから、盗賊たちもこの辺を通る馬車は襲わなくなったんじゃなかろうか。普通は子供一人で盗賊を軽々追い払えたりはしないはずだ。
「なるほどね」
俺も納得した。
リオとアンとトニーと、ついでに俺も、馬車に乗せてもらうのに特に村長へ乗車賃になる物は渡さなかった。昨日のうちにでも乗車賃分の魔物素材を渡したのかと思っていたが、リオは用心棒替わりなのだ。こいつの労働力が妹と弟とついでの居候の乗車賃を兼ねているらしい。
とりあえず、道中無暗に警戒しなくていいのは何よりだ。町の学校へ行く子供たちも眠っていたり、朝ご飯を食べていたりする。朝早いから朝飯分の弁当も持たされたという。
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