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76.

 確かに、ここで俺が登場して狼どもをちょちょいのちょいで倒してしまえば格好良いだろう。リオも俺のことを尊敬するだろうし、獲物を持って帰れば村人も俺のことを見直すはずだ。


「なーんて上手く行くわきゃないよな」

 こんな子供が狼の群を一人で全滅させたら、あの大らかで細かいことを気にしない村の住人達も、流石に恐れ戦くだろう。

 リオはどうかな、バケモノ同士で仲間意識が生まれるかもしれないけど、残念ながら俺は正真正銘のバケモノだ。バケモノっぽい人間とは相いれない。


 ここは巧い具合に罠を仕掛けてたことにして手を貸しておこう。見ているのはリオだけだが、人間界では能ある鷹は爪を隠しておくべきだ。

 幸い、まだ狼たちは木々の影に隠れて襲い掛かる隙を狙っているし、リオも小屋を背にして逃げる機会を伺っている。まだギリギリ草むらに罠を隠していたことにできる。


 じりじりと睨み合うリオと狼たちを、俺も木の上から見つめる。完全に気配を消しているから誰にも気付かれていない。

 即座に俺の服の中に隠れたルビィとピーパーティンも、弱っちいから気配を消すのは大の得意だ。俺の身体の一部になりきって襟首から目だけ出して戦況を見守っている。邪魔だしちょっと擽ったい。


 リーダーの狼が口を開けて合図の声を上げようとした瞬間、俺は周囲の草木を材料にして縄を錬成し、リオの背後の木陰に回り込んでいた三匹を、足を絡めて吊るし上げた。


 きゃんきゃんと情けない悲鳴を聞いて、リオは動揺して背後を振り返ってしまったが、残る狼たちも動揺したおかげで大きな隙を突かれることは免れた。

 先に立ち直ったのは狼のリーダーだった。小さな群れでも流石は頭を張っているだけある。残っている子分たちを吠えたててリオに突撃させつつ、森に潜む謎の敵を警戒する。


 リオも背後の騒動は一旦置いておいて、目の前の敵に集中する。しかし、二匹ならばなんとかなると思ったようだが、後から出てきたリーダーが想定よりも大きくて、ギョッとしながら後ずさっている。


 狼相手にビビるのは悪手だ。相手も群の半分をやられて動揺しているのだから、ハッタリかまして睨むなり吠えるなりすればなんとかなったかもしれないのに、ビビったことを悟られた時点で、狼たちは嘲笑うようにリオに飛び掛かっていく。

 でもまあ、本人の想定の通り二匹くらいならリオの敵ではない。


 俺は地面に下りて小石を拾い上げると、俺に気付いてこっちを向いた狼のリーダー目掛けて投げつけた。こんな小石じゃ巨大な狼を殺すことはできないけれど、左目を潰すことには成功した。


 リーダーの悲痛な唸り声に子分たちが動揺する。その隙を今度こそ逃さず、リオは一匹の脳天にナイフを突き立て、もう一匹に躍りかかって頭を捻り首を折る。力任せのめちゃくちゃな戦い方だ。まるで人間じゃない。


「あいつは魔界の方が似合いかもな」

 俺の独り言は瞳孔かっ開いたリオには聞こえていなかっただろう。


 リオは二匹を倒すと間髪入れず、そこらに落ちていた木の枝を掴み、片目を潰され悶えている巨大な狼に飛び掛かった。

 枝なんかでは魔物の頑丈な皮に傷一つ付けられないけれど、リオは学習能力というか、その場の機転も利くらしい。

 頭にしがみ付いたリオは、高々と振りかざした木の枝を、躊躇いなく狼の潰れていないもう片方の目に突き刺した。それからがむしゃらに頭を殴り続ける。


「ひぇ……」

「こわ……」

 ブチギレモードのリオの姿にルビィもピーパーティンも怯えている。魔界で血みどろの争いなんて見慣れているだろうに、リオの場合は平凡な村人という顔とのギャップがあり過ぎるのかもしれない。


 俺はその隙に吊るしあげた狼どもをさくさく絞めて、証拠隠滅とばかりに縄を切っておく。罠に見せかけるために縄を使ったが、詳しい罠の作り方なんて聞かれても知らんからな。


「もう死んでるぞ」

 俺が声をかけるとリオはピタリと動きを止めた。


 俺を見て、自分の手元を見て、ホッと息を吐く。

「……恐かった」


 恐かったのはおまえだよ、とツッコミを入れたかったけれど、いくら強くても片田舎のガキだ。この森以外は知らないだろうし、この森にいる一番狂暴な魔物といえば熊くらいだ。狼に囲まれるなんて経験そうそうしたことなかったのだろう。

 そこで、恐くてブチギレて暴れるというところが恐いのだが、リオも一応は子供らしく狼に恐がっていたらしい。


 少しは落ち着いたのか、よろよろ立ち上がって顔に付いた返り血を拭う。今の見た目は完全に猟奇殺人犯だ。魔物目線から見れば間違っていない。

「ありがとう、助かった」

 さっきの大乱闘を忘れたような声でリオが言う。ボサボサの前髪に隠れているけど笑っているのはわかる。


「そうだろう俺のおかげだな」

「うん、どうやったの?」


 俺はここぞとばかりにふんぞり返るが、リオは素直に認めるから、あんまり素直過ぎるのも拍子抜けする。

 もっとこう、「すげー」とか「まさかー」とか言ってくれた方が反応しやすいし、純粋なやつを騙しているみたいで魔王の胸でもちょっと痛む。


「罠仕掛けてた」

 狼の足に絡んだままの縄を指さす。詳しいことは言わない。


「ぜんぜん気付かなかった」

 そりゃそうだ。縄引っかけただけだもん。普通はこんな大きな狼の魔物の足止めにもならない、が俺は素知らぬ顔で胸を張っておいた。


「すごいだろ」

「すごいね」


 やっぱりリオは素直過ぎて調子が狂う。前髪のせいで表情もよくわからないけど、たぶん本気で感心している。

 でも、当の本人が狼の魔物くらい素手で軽く倒せてしまう実力があるから、俺の偉業をあんまり理解していない気がする。

リオくんは人間です。そこは間違いない。


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