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71.

「そろそろ寝ようか、メイはお祖母ちゃんとこ行きな」

「はーい」


 リオの一声でお喋りは終わった。流石は長男、末っ子のメイは素直に子供部屋を出ていくし、他の子供たちも自分の布団の用意を始める。


「田舎の村って、もっと閉鎖的だと思ってた」

 ようやく解放された俺は、用意された一番隅、というか机の下の布団に胡坐をかいて溜息を吐く。机の下に潜っても頭をぶつけることもない。


 人間界に来てわかったが、俺は自分のことを人間なら十二歳くらいの見た目だと思っていたが、十一歳のトニーよりも背が低かった。流石に九歳のジムよりは少し大きかったけれど、もしかすると俺の外見年齢は自分が思うよりも幼いのかもしれない。

 だから、この家の人間も警戒心なく受け入れたのかもしれない。俺は気軽なペット連れの一人旅と思っていたが、傍から見ればただの浮浪児だ。同情されて寝床を提供された可能性が高い。魔王としては大変遺憾である。


「ここは魔の森が近いから、他所から人が来るのも珍しくないんだ」

 魔界では樹海と呼ばれていた場所は、人間界では魔の森と呼ばれているそうだ。名前の通り魔物がうじゃうじゃいて危険な場所だから、一番近くにあるこの村の住人も滅多に近付くことはないという。

 しかし、魔物や珍しい植物がたくさん生息しているから、冒険者など素材を求めてやってくるものは結構いるらしい。


 この村は森から近すぎて危険だから宿場にはならなかったけれど、近くの町には宿は多いし、冒険者ギルドの支部もある。森の向こうにまともな国がないことは知れているが、国境警備隊の駐在所もあるそうだ。

 だから、余所者が来ても誰も珍しがらなかった。でも、冒険者は物騒な連中ではあるから、ガキどもは他所者に近付くことはあまりないそうだ。


 それにしても、この村は結構な危険地帯というからには、ここの村人はもしかして猛者ばかりなのだろうか。本当にリオくらいの強者がこの村の平均だったら、俺も魔王としての態度を改めなければなるまい。


「ギルは村長の犬たちにも懐かれてたから、村の人たちに警戒されることはないよ」

 ランプの火を消しながらリオが言う。窓も木戸を下ろしているから子供部屋は真っ暗だ。さっきまで元気に喋っていたのに、既に寝息も聞こえている。

 いつの間にか俺は入村テストに合格していたらしい。そんな危険地帯だから番犬たちが放し飼いにされていたのか。


「それにリオ兄ちゃんは村で一番強いもん、もしもギルが悪いやつでもすぐやっつけちゃうさ」

「こら、悪いやつだなんて失礼でしょ」

 我がことのように自慢げに胸を張ったトニーだったが、アンに叱られてすぐさま小さくなった。俺はこの程度の無礼は気にしない。むしろトニーの勘の良さに感心する。


 とりあえず、リオが村で一番強いというなら、実は村人全員猛者でしたなんてドッキリはなさそうだ。

 子供の言うことだし、兄弟の贔屓目もあるだろうが、他の家のことは明日のルビィとピーパーティンの報告を聞いてから考えよう。




 翌朝になるとピーパーティンとルビィは逃げ出しもせずにのこのこ帰ってきた。これは俺への忠誠心を認めるよりも、自立する度胸もないことを呆れるところだろう。


 本当に昨夜はそこらへんの虫を食べたり、眠っている村人の枕元に忍び寄って精力をつまみ食いしようとしたそうだ。

 今はリオの祖父さんがくれたクズ野菜を嬉々として食べている。プライドよりも食うことを選ぶ根性は褒めてやるべきかもしれない。


 俺はと言えば、なんかすっかりここんちの子供と一緒になって朝食を食べて、今は畑の雑草抜きの手伝いをしている。俺も今や魔王としての威厳もないけれど、一宿一飯の恩もあるし、農作業の勉強にもなる。


 畑で育てているのは野菜ばかりだ。イモやマメも少しはあるが、この村というか、たぶんこの地域の主食は麦だ。朝食は美味くも不味くもない麦粥だったし、昨日の晩飯はパンとスープだった。

 麦畑はもっと広い村にあって、ここエジン村の主な収入源は魔物素材で、定期的にまとめて町に売りに行き村全体の麦を買って帰ってくるそうだ。


「村人どうだった?」

「玉無しばっかりでしたわ」

 黒猫のルビィが不機嫌に答える。村人の精力をつまみ食いしようとしてできなかったそうだ。そのため一晩中ネズミの交尾を眺めて飢えを凌いでいたという。憐れだが絵面がシュール過ぎる。


「淫夢の魔法が利かなかったのか?」


 ルビィが使えるのは変身魔法か淫夢の魔法だけだ。

 昨晩はこの村に盛っている男女はいなかったそうだし、村の中で問題を起こすなと言いつけておいたから、謎の美女に変身して不順異性交遊を迫ることもできなかっただろう。あとは淫夢の魔法でエロい夢を見せるしか方法はない。


 それはつまり魔法耐性があるということではないか。やっぱりこの村の連中は隠れ猛者なんじゃないか、と俺はちょっとだけ不安になったが、ルビィはケッとやさぐれた顔で唾を吐いた。可愛い黒猫の顔が台無しだ。

「魔法は充分効いてたのに、どれだけの美人になってもみんな逃げ出すんですもの、臆病で枯れた男ばっかりよ」


 ルビィの魔法の腕前は俺も知っている。俺の好みではなかったけれど、淫夢の魔法で見せられた少女たちは本物の人間と見紛うばかりのリアルさだった。

 やはり、この村の人間は特殊な精神訓練でも受けているのだろうか。

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